花田清輝『随筆三国志』「良禽は木を選ぶ」は,なかなか良い
前記事に引き続き,花田清輝『随筆三国志』の話。
「良禽は木を選ぶ」という随筆を読んだが,なかなか良い。劉備と孔明はそれぞれ従来の儒教秩序から脱して,新たな君臣の仕組みを作った,と指摘している。卓見だと思う。
どういう儒教秩序から脱したのかと言うのを以下,述べてみる:
儒教秩序(1)「鳥が木を選ぶ」=賢臣が主君を選ぶ
曹操は広く才人を集めたが,木(主君=曹操自身)が鳥(賢臣)が集まるのを待つ,という姿勢であった。これでは儒教秩序のまま。
劉備は曹操に比べ才は劣っていたが,乱世において儒教秩序が崩壊していることは肌身に感じていた。そこで,三顧の礼を以て,孔明を得ることに成功した。これは「木(主君)が鳥(賢臣)を選ぶ」という,新発明である。文武の才は無いとはいえ,劉備はこの点では明君である。
儒教秩序(2)「三諌して聞かれざればすなわち退く」
=賢臣が主君を三回諌めたのにもかかわらず,諫言が受け入れられなければ,賢臣は主君の下を去って良い。
->さらに言えば,主君がだめなら賢臣は去って良い。「三諌」は立ち去るための儀式にすぎない。
燕の昭王に仕えた楽毅は,昭王の子・恵王の代になるや,恵王と対立し,燕を去った。その後,楽毅は燕が斉に敗れるのを喜んで見ていたという。
孔明の場合,劉備の死後,劉備の子・劉禅に仕えた。劉禅は好人物であるが愚鈍であった。儒教秩序に従えば,孔明は劉禅のもと,すなわち蜀の国を去って良い。しかし孔明は蜀を去らなかった。
なぜか?
蜀は孔明と劉備とその他大勢の人々の協力によって築き上げてきた国=組織である。孔明は自ら築いた組織に忠誠を貫くことにした。木(=君主)ではなく森(=組織)に尽くすことに決めたのである。
「鳥が木を選ぶ」のではなく「鳥が森を選ぶ」という新しい秩序の形を示した。この点で孔明は新しい。
ということで,花田清輝の説によれば,劉備も孔明も新思想の持ち主だったといえる。
新時代を切り開いたかのように言われる曹操の方が,儒教秩序の枠内に収まった旧い人物だったといえそうだ。
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