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2013.08.30

"WEB GOETHE"でフジコ・ヘミング・インタビュー・・・に関連してフジコ・ヘミング批判批判

WEB GOETHEでオリンピック招致の最終兵器と言われている滝川クリステルがフジコ・ヘミングにインタビューを行っている。これはこれで面白い記事だが,関連して思い出したのが,フジコ・ヘミングには強烈なアンチが多いということ。とくに技巧について。

次のブログ記事は"La Campanella"の弾き比べによってフジコ・ヘミングの技量を検証したものであり,もはや異論をはさむ余地もない:

「【音楽】ラ・カンパネラ大特集。7人による演奏。最後が、フジ子・ヘミングさんです:JIROの独断的日記ココログ版」

だが,フジコ・ヘミングに対する批判に対し,さらに批判を加えた記事があって,これがなかなか良い:

『「フジ子・ヘミング現象」の何が問題なのか?』(プリンストン発日本/アメリカ新時代 by 冷泉彰彦,Newsweek)

コアになる主張を引用する:

私はこの妙な対立の背後には深刻な問題があるように思うのです。それは、結局のところ専門家や音楽ファンは「フジ子・ヘミングの演奏に感動している人」をバカにしているという問題です。(同記事)
「アノ人の演奏はダメ。例えばショパンなら、ポリーニとか、ピレシュとか、ブレハッチを聞きなさい」という言い方では、折角ヘミング女史の演奏を聞いて「初めてピアノの音楽で感動した」人に対して、その感動の体験を否定してしまうことになります。(同記事)

つまり,単純に演奏者の批判を繰り返すだけでは,クラシックに開眼した人々を落胆させ,クラシック愛好家の裾野を拡大できないということである。

フジコ・ヘミングに関しては,技量に対する批判だけでなく,音楽と無関係のエピソードで飾りたてられていることに対する批判も寄せられている。

しかし,これについても冷泉氏は「人生物語のファンタジー」ということでは,通好みのピアニストについて音楽愛好家・専門家が評価するときの言い回しにも同じものがあると主張している。


  ◆   ◆   ◆


さて,ここからは商売としての芸術活動という話。調子を変えて丁寧語で書きます。

もはや古典的ともいえる考え方ですが,マーケティングというのは,買い手が欲しいと思うものを売り手が作って売る,というのが基本です。

「いいものを作ったから売れるはず」というのは作り手・売り手の思い込み。ある自信作が売れなかった場合,「客が理解していない」と,作り手・売り手が買い手に責任転嫁する場合がありますが,これはいけません。

これはビジネスとして間違いです。

フジコ・ヘミングに対するアンチの主張は「あの技量でプロか?!」ということなのだろうと思うのですが,これは高性能製品を開発したのに売れないと嘆くメーカーの人々と同じ物の考え方であるわけです。

プロの芸術活動というのは感動を売る商売。超絶技巧で感動させてコンサートチケットを売るのも,そう高くない技量と人生のエピソードとをセットにして感動させてお金をいただくのも,どちらも立派な商売です。

・・・という観点で見ると,フジコ・ヘミングは作り手・売り手視点では×なのでしょうが,マーケティング視点では○ということになります。

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2013.08.28

NHKスペシャル「亡き人との"再会" ~被災地 三度目の夏に~」を見た

放送当日は出張していたので,録画しておいて今日見た:

NHKスペシャル「亡き人との"再会" ~被災地 三度目の夏に~」(8月23日22:00~放送)

被災地では,震災時に生き残った人々が逝ってしまった家族と再会するという現象が起こっているらしい。

この番組では4つのエピソードが紹介されている。

  • 再会その1「おばあちゃん ごめんね」 宮城県女川町の木村信子さん(54)は震災から半年後のある日の未明,濁流に飲み込まれ死んでいった義母きみ子さん(82)に再会した
  • 再会その2「お父さんと白い花」 岩手県の須藤文音さん(25)は震災から2週間後,父・勉さん(54)の遺体に対面した。棺に添えられていた白い花は,数日前,靴箱にしまわれていた文音さんのブーツの中に何故か入っていた白い花と同じものだった。
  • 再会その3「ママ もう一度笑わせて」 石巻市の遠藤由理さん(39)は震災から3か月後,夢の中で笑顔で見つめる長男康生君(3歳9か月)に再会した。さらに家族で食事中に,康生君のアンパンマンのおもちゃが動作するのを目撃した。
  • 再会その4「ずっと一緒だからね」 岩手県山田町の会社員・川村裕也さん(29)は盛岡に出張中に震災で妻と二人の幼い息子を失った。震災後2年が経過した頃,謎の女の子と一緒に,突然成長した息子たちが川村さんの前に現れた。

被災者のケアにあたっている佐々木清志医師が番組中で語っているのだが,被災者の中には亡くなっていた人と再会し,これによって生きる力を得ていく人たちがいるのだそうだ。これを佐々木医師は「死者の力」,すなわち死者が家族をケアする能力であると語っている。

何とも不思議な現象だが,実際に起こっているわけである。

番組冒頭で登場した僧侶・金田諦應氏がわりと合理的な解釈をしている:

「突然いなくなってしまった。その人たちに対してすごく強い思いがあるでしょ。あるっていう。おそらくそれが引き付け合って,いろいろなものを見てしまうのかな」(金田諦應氏談)

生者の思いが死者の姿を見せている/気配を感じさせている,という可能性。これを幻影として片づけるのはあまりにも単純すぎる。小職としては,なぜ,人間にそういうメカニズムが働くのかという根源的なことが知りたい。

関連して思い出すのが「来迎」である。死に臨んだとき,阿弥陀様が来迎することもあるが,およそ三分の一の人々は家族が迎えに来るのを見るという。

今回のNHKスペシャルを通して理解できるのは,我々は誰かにそして互いに見守られながら生きて死ぬ存在である,ということである。

これは,グレッグ・イーガンが『万物理論』の中で描いた,互いに認識し合い肯定し合うことによってこの世界が成立している理論に通じている(主観的宇宙論)。

また,死に臨んでも,親しい者の存在は重要である。生涯の最終局面においても,我々は,来迎する親しい人々とともに光を目指して進もうとする。我々がそんな存在であることは,島崎敏樹が『生きるとは何か』(岩波新書 C78)の最終章で語ったことでもある。


メカニズムはわからないままだが,我々は誰かの気配を感じずに生きることも死ぬこともできない存在であるらしい。

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【蛇足】

朝日新聞のテレビ欄で田玉恵美という人が,この番組に対して「語りによる説明が多いのは,おせっかいが過ぎる」と論評しているが,宮本信子の語りがうるさいようには思えなかった。語りによる説明がなければ,難解な番組になったことだろう。単に,田玉恵美という人の好みの問題。

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2013.08.27

『カンニング・スタンツ』,第22話「儒都にて」始まる

先日(2013年8月22日),『カンニング・スタンツ』が更新された。第22話「儒都にて」という新章が始まったわけである。

後の漢帝国丞相・陳平(ちんぺい)が登場し,季布の副官となる。季布はこれから魯に赴くらしい。魯といえば,孔子のいた国である。だから「儒都」なんだな。

ちなみに野末陳平という放送作家から経済評論家を経て政治家になった人がいるが,この人の陳平というのはペンネームで,上に述べた漢の功臣である陳平からとられたものである。


それはそうと,前回第21話「共闘」に出てきた灌嬰(かんえい)のモデルは機動戦士ガンダムF91のシーブック・アノーだったことが判明(著者ブログ参照)。十段先生の元ネタはプロ野球,プロレス,ガンダムだったりするわけで。

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連日のように坂本龍一が

土曜日というか日曜日の深夜,NHK-BSプレミアムで「坂本龍一 Playing the Orchestra 2013」というのをやっていた。正確な放送日時は8月25日(日)00:10AM~01:39AMだった。

その晩は出張中だったので録画して,日曜日,帰宅後に見たのだが,とてもよかった。キョージュとしては久しぶり(16年ぶり?)のフルオーケストラ・コンサートということである。

で,月曜日(8月26日,11:00PM~11:45PM)にはNHK Eテレ「スーパープレゼンテーションSP 伊藤穰一x坂本龍一 未来を語る」で再びキョージュを見ることとなったわけで,連日のように拝顔の栄に浴している次第である。まあ,本当に拝顔したのは2011年12月16日にYCAMで開催された「ダイアローグ&コンサート: 2050年から見る環境と芸術の未来」に行った時だけなのだが(参照:YCAMで坂本龍一を見てきた)。

さて,本記事で話題にしたいのは「坂本龍一 Playing the Orchestra 2013」の感想である。これは5/9(木)サントリーホールで行ったコンサートの録画番組で,東京フィルハーモニー交響楽団が演奏(もちろんキョージュもピアノとチェンバロを弾いていた),栗田博文が指揮をした。

「八重のテーマ」や「八重の桜 メインテーマ」も良かったが,小生としては映画「ラストエンペラー」で使われた"Rain"や"The Last Emperor - Theme",そして"The Sheltering Sky Theme"が聞けたので,心の中でガッツポーズ。よく考えたらどちらもベルトルッチ映画。

"Rian"は映画「ラストエンペラー」において,淑姫(第二皇妃)文繍溥儀との離別を決意した時に流れる曲である。

文繍は溥儀や第一皇妃婉容と一緒の車中で"I want a divorce"と離婚の意思を示したものの,溥儀からは"No one can divorce me"と拒絶される。

その直後,文繍は溥儀との離別を決意し,烈しい雨の中,家を飛び出す。雨の中に飛び出した文繍に対し,家僕が"Your ladyship!"と声をかけ,傘を渡したものの,文繍はこれを捨てる。そして文繍は雨空を見上げるのだが,その顔には「これで自由になったのだわ」という表情が浮かんでいる。この一連の動きの中で文繍の気持ちを代弁するかのように"Rain"が流れるわけである。Wikipedia記事によるとイタリア人スタッフが最高!と熱狂したとのことだが,激しく同意。

ちなみに,"Rain"を聞くと千住明「鉄人28号 蘇る無敵の兵士」が想起されるのだが,いかがでしょうか。あと,加古隆の曲も思い出したりする。

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2013.08.20

レイモンド・マンゴー『就職しないで生きるには』を読む

カンボジア出張中に読んでいた本がこれ:

レイモンド・マンゴー著(中山容訳)『就職しないで生きるには』(晶文社)

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原著は

Raymond Mungo: "Cosmic Profit: How to Make Money Without Doing Time" (Atlantic Little Brown, Boston, 1980)

というのだが,絶版になっているようだ。

日本語版のタイトルだけ見ると,働かずに社会に寄生して生きるためのハウツー本のように見えるのだが,そんな内容ではない。

本書は

「やって楽しいことをやりつつ,心の奥底で自由に生きていられるようにしてくれるなにか。そんなことをやりながら,なおかつ生計がたつ道をひらいてくれるなにか」(11ページ)

を追及する旅の記録である。。

舞台は1970年代終わりのアメリカ。その10年ほど前にベトナム戦争反対運動やらパリ五月革命やら世界にカウンターカルチャーが広がっていた。その後を受けてニューエイジ運動が盛り上がっていたのがこの本で描かれている時代である。

レイモンド・マンゴーは誰かに従って働くということを嫌い,友達と一緒に本屋兼出版社:モンタナ・ブックスをシアトルで始めた。経営は良かったり悪かったりだったが,『乾燥しよう,気に入りますよ』とか『みることの技術』とか,ベストセラーを送り出すのに成功したこともある。その顛末が描かれているのが第1章「小さな本屋さんをはじめた」

ストーリーじみたものがあるのは第1章だけで,第2章以降は,ニューエイジっぽい様々な新興企業を訪ね歩く旅が描かれている。

自然食品や天然石鹸や東洋宗教やラジオ局や週刊新聞社。それまでにはなかった新たなビジネスが誕生している。いずれも既存企業に就職するという道を選ばず,自らの信念に従ってニュービジネスを立ち上げたという事例である。

有名どころでは「ビルケンシュトック」が出てくる。

レイモンド・マンゴーはこの靴によって救われたと公言している。

そういえば,小生もこれを履いている↓。ほんとにいい靴である:

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…それはともかく,嫌な仕事を唯々諾々としてこなすのが嫌だったら,そして生きがい,つまり根源的利益を追求したいのなら,起業しよう! こういう姿勢はホントに大事だと思う。

今や終身雇用制も崩れたし,みんな一事業主として生きていくのがいいんじゃないかと思う。好きなことだけやってて世の中渡りきれないとは思うが,チャレンジしなければ余計ひどい目に遭う世の中になってきた。昔よりも今の日本人の方が,この本のメッセージを受け止めることができる状況に置かれているのではないだろうか?

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カンボジア2013年中間年人口調査の暫定結果:カンボジアの人口は14,676,591人

カンボジアから帰国してからも仕事が続いていて休みなしの状況である。

さて,先日,カンボジア2013年中間年人口調査(Cambodia Inter-censal Population Survey, CIPS)の暫定結果の発表会に出席した(於:ホテルカンボジアーナ,2013年8月15日)。

Flag_of_cambodia_svg

中間年人口調査(CIPS)というのは,10年ごとに実施される人口センサスの中間年に行われる人口調査(サンプル調査)である。

なぜ,小生が出席したかと言うと関係者だからである。

気楽に出席したら,チャイ・タン上級相兼計画相閣下(H.E. Mr. Chhay Than, Senior Minister, Minister of Planning)もご臨席あそばすぐらいの重大発表会だった。

下の写真のど真ん中におられるのがチャイ・タン閣下である。後ろに控えている女性が中間年人口調査の実施責任者である,ハン・リナ統計局長閣下(H.E. Ms. Hang Lina, Director General of National Institute of Statistics)。

Cips01

カンボジアにこんなにマスコミがいたのかよ,と言うぐらい大勢のカメラマンがいた。

Cips02

↑マスコミや政府関係者に囲まれるチャイ・タン大臣閣下とハン・リナ局長閣下。

Cips03

↑マスコミからインタビューを受けるハン・リナ局長閣下。

さて,肝心の人口調査結果だが,推計では2013年3月3日のカンボジアの人口は

14,676,591人

となった。うち7,121,508人が男性7,555,083人が女性である。男性が少ないのはかつてのクメール・ルージュの恐怖政治や内戦のせい。

カンボジアの人口は次のグラフに示すように推移している。

Cambodianpopulation

このデータから算出された2008年から2013年までの人口増加率は年1.83%である。しかし,2008年の人口調査後の追跡調査によれば,2008年の人口は1377万人だったという。この値から計算しなおすと,人口増加率は年1.28%ということになる。

今回の中間年人口調査(CIPS)は日本の総務省統計局,統計研修所,(独)統計センター,(公財)統計情報研究開発センター,(株)日本経済研究所,国際協力機構(JICA)の支援によるもので,詳しいことを知りたい人は

カンボジア政府統計能力向上プロジェクト・フェーズ3

をご覧ください。

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2013.08.16

海外旅行に慣れてくると

何回も海外旅行を繰り返しながら周囲の日本人旅行客を観察した結果わかったこと:

「海外旅行に慣れて来ると,鈍感力が付き,挙動が雑になる」

イメージ的にはホリエモン氏? 白人(ファラン)の行動が感染するんだと思う。日本人らしい気遣いなど,品格が失われてくる。これをグローバル化と言う。

とか言いながら小生も感染しつつあるかも。

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イオンモールができます,プノンペンに

プノンペン在住の日本人はみな知っているが,ロシア大使館とソフィテルに挟まれた一帯,ダイアモンドアイランドを臨むあたりにイオンモールが誕生する。

Aeon01

今,絶賛建設中である。

Aeon02

場所はこの地図の真ん中あたりである。


大きな地図で見る

ちなみにイオンモールのすぐそばには東横インもできる。

日本ではビジネスホテルの位置づけの東横インだが,この国ではどういう位置づけになるのか? 開店当初の宿泊費は3950(サンキューゴメンね)円になるのか?

それはともかく,イオンモールができて,この辺が便利になると,今までリーズナブルな値段で設備も良かったアーモンドホテルが値上がりするんじゃないかという懸念も。

下の写真は,アーモンドホテルの5階から建設中のイオンモールの遠景を撮ったもの。手前のうっそうとした森はロシア大使館である。

Aeon03


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2013.08.15

プノンペン・レポート

先日,「プノンペン,一波乱の予感」という記事を書いたが,今のところ,平穏無事な毎日が続いている。

小生はその間,仕事の合間に焼肉料理「浦江亭」に行ったり,中華料理「魚生(Yi Sang)」の新しい店舗に行ったり,フレンチの"TOPAZ"に行ったり,食べ歩いてばかりである。

だが,一緒に食事をしたクメール人諸氏によると表向き平穏に見えるその裏では選挙結果についていろいろな情報が錯綜しているとのこと。

以下はあくまでも噂である。

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  • 野党救国党(CNRP),辛勝説: 与野党接戦の末,東部諸州では野党救国党が,西部諸州では与党人民党(CPP)が勝ち,全体としては野党が辛勝したという説
  • 野党救国党,地滑り的勝利説: 投票者名簿の改ざん・身代わり投票などが実施されたにもかかわらず,与党人民党の選挙地盤の地域ですら救国党が勝利し,全土で救国党の地滑り的勝利が起こったという説

公式には人民党68議席,救国党55議席という7月28日の速報値と同じ暫定結果を選挙管理委員会(NEC)が8月12日に発表しているが,救国党はもちろん,市民の間でも暫定結果を疑う声があり,上のような説が流布されているわけである。

傍証としては「選挙終盤戦の救国党支持者集会の盛り上がりが凄かった」とか「開票のテレビ中継が途中で終わった」とか「開票結果が出てないのにタイのインラック首相から与党勝利の祝福があった」とかいろいろな話が上がっているが,小生は直接見たわけではないのでよくわからない。

街にはピリピリしたムードはないが,与野党の主張は食い違ったままの状態が続き,国会も開かれず,だらだらとはっきりしない状況が続くだろうという話もある。

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2013.08.09

プノンペン,一波乱の予感

昨晩からプノンペンに来ているのだが,選挙結果を巡って一波乱の予感。予感がするだけで何も起きないかもしれない。

Flag_of_cambodia_svg

去る7月28日,カンボジアでは総選挙(第5回カンボジア国民議会議員選挙:123議席)があった。

フン・セン首相の与党・人民党(CPP)と野党・救国党(CNRP)の戦いだったが,選挙前は人民党が安泰かと思われていた。

ところが,救国党・党首サム・レンシーがシハモニ国王の恩赦を受けて亡命先のフランスから帰国し,情勢が一変。救国党が29議席から55議席(与党発表)へと大躍進した。

これで終わらないのがカンボジアの総選挙。野党は選挙に不正があったことや独自集計では過半数の議席を獲得していることなどを表明し,不正調査合同委員会の設置を求めた。

一時は与野党と選挙管理委員会(NEC)で話し合いが成立するに見えたが,不正調査合同委員会に国際機関を加えるか否かで対立が再燃した。

救国党の不服申し立てを踏まえた上での暫定結果は,明日・8月10日に選挙管理委員会より発表される予定である。

もし,救国党の申し立てが何も反映されず,7月28日発表と同様の結果(人民党68議席,救国党55議席)が発表されれば,土日にかけて救国党による抗議デモが発生する可能性がある。

もちろん,人民党政権も黙ってはいない。人民党のSar Kheng内務大臣はデモ隊が暴力や破壊に走れば,法的措置を取ることを表明している。

現地報道によれば,地方の軍警察基地から装甲車および有刺鉄線を乗せたトラックがプノンペン近郊に移動したということである。

さて,一波乱あるかどうか?

というわけで,土日はホテルから出ないことにしようかと。

個人的には,政争よりもこちらのニュースが気になった。不憫でしょうがない:

カンボジアで焼き鳥屋開いたばかり―無念事故死(2013年8月9日,読売新聞)

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2013.08.07

スケジューリングができない性質

この記事が面白い:

奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第36回】:学校でたった一つ好きなのが「時間割」(現代ビジネス,2013年8月3日)

ASD(自閉症スペクトラム障害)についてはよく知らないが,その結果としてスケジュール魔になってしまい,予定通りに物事が進まないときにえらいことになる,ということである。

著者は経験と忍耐と訓練によってある程度,この障害を乗り越えることができたそうである。


世の中,いろいろな障害があるが,それは障害というよりも性質,あるいは能力としてとらえることができる。

そういう視点を持つことができたのは何年か前にこういう本を読んだからである:

なぜADHDのある人が成功するのかなぜADHDのある人が成功するのか
トム ハートマン 田中 康雄

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この本で扱われているのは先の記事に出ていたASDではなく,ADHDであるが・・・。

この本によると,ADHDというのは,人間が狩猟生活をしていた頃に必要だった能力なのだろうという話である。

周囲のことすべてに神経を張り巡らし,何事かあればすぐに反応する。そういう能力がなければ獲物を捕らえられないし,猛獣に対処できない。農耕生活が主流になると,ハンターとしての能力はむしろ邪魔になり,障害として扱われるようになる・・・。


さて,小生は,というとスケジューリングができない性質である。

明日からカンボジアであるにもかかわらず,フライトスケジュール以外の予定は固めていない。まだ荷物も詰めていない。よそ見ばかりしている。帰国後,いろいろな仕事が待っているような気がする・・・。

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2013.08.05

【生誕100年】桂ゆき,その60年におよぶ画業

下関市立美術館で,桂ゆきの画業60年を振り返る展覧会をやっていた。8月4日は最終日だったので,あわててツマと共に長府まで行ってきた。

Katsura


桂ゆき(1913年10月10日~1991年2月5日)については知識ゼロだった。ツマに教えられて,今回の展覧会を知ったのである。

見てきた感想・・・魂が揺さぶられる思いがした。

戯画的な,おどけた感じの絵に見えるものが多いが,自らの作品への対峙の仕方がいいと思った。

感覚から直截的に作品を制作するのではなく,自らの作品を見直しながら作品を練り上げ仕上げていく姿勢が良い。

今回の展覧会のカタログ『桂ゆき ある寓話』の解説記事「桂ゆきの眼差し―その批評家精神をめぐって」(濱本聰・下関市立美術館館長)に引用されている桂ゆきの発言:

「たしかな近代人なら,批評家精神はかならず持っているはずで,(中略)感覚だけを頼りに絵を描かない態度があるはずではないでしょうか。」(カタログ17ページ)

同解説記事は桂ゆきの批評家精神を簡潔にまとめている:

桂ゆきの批評精神は,真っ向からの批評という方法や深刻そうな表情を表すことはなく,いつも風刺や茶化しのような,見るものの視点を既定の位置からずらす方法で発揮された。自作や自分自身も含め,常に対象から少し距離を置き,醒めた視線で見直すのがこの画家の基本的な態度だった。コラージュという方法,そのコラージュを描きなおすこと,さらにはコラージュ風に描くことなども,表現そのものを観察対象にするための必然的な方法だったといえるだろう。(濱本聰・下関市立美術館館長,カタログ18ページ)

先に述べておくべきだったが,桂ゆきの作品群は,細密描写コラージュ戯画的表現の3本柱で支えられている。

桂ゆきのコラージュ作品はそれ自体,素晴らしい出来なのだが,それで終わらないのがすごいところである。そのコラージュ作品を油彩で再表現してみる。そうすることによって作成作業自体や作品自体がさらに相対化されるわけである。

実例としてはカタログナンバー5-1-3,1978年の作品がある。たて116.5cm×よこ91.0cmの板に茶色いコルク状の,ちぎった紙の小片がびっしりと張り付けられている作品である。ただし作品の中央からやや下,横長の部分だけ,油絵で紙の小片の細密描写となってしている。そしてその油彩部分の中央に白い卵状の物体が描かれている。

昔の作品に新たに手を加えてしまうというのもすごいところである。1964年,花田清輝の『俳優修業』の装丁のために描かれた絵がある(カタログナンバー4-2-M-5)。石垣を描いたかのような青い絵である。桂ゆきは1982年にその絵の向きを変え,目玉を加筆した。

絶えず自作に立ち向かい,あらたな表現を加えることで,以前の作品と以前の制作活動を相対化してしまう,螺旋運動のような制作活動。これはなかなかすごいことですよ。

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2013.08.04

WEB漫画『覇記』,ついに第158話掲載。今後の執筆速度は?

以前,紹介した(参考)WEB漫画『覇記』だが,8月4日,ついに新作,第158話が掲載された。

今回の話は,高根が仙台を攻囲する貞山青葉の説得にあたるところであるが,その結果は・・・?

さて,前回も検討した執筆速度についてだが,最新データをもとに検討し直してみる。

下のグラフで横軸は初掲載からの経過日数。縦軸は累積ページ数。

赤丸は掲載されたタイミングと累積ページ数を表す。曲線は回帰式である。

Haki03

今度は4次式で回帰してみた。前回の3次式による予測ではこれからスパートがかかりそうな感じだったが,そんなことはないようだ。今年中に1800ページに達するかどうかというところである。

ここ数年の著者の執筆の傾向として,5~6回,毎月のようにコンスタントに執筆して,長休止がある,というパターンが続いている。

具体的には,142話から146話までの5話が2011年5月から8月に書かれ,そのあと半年休憩。

つぎに147話から152話までの6話が2012年2月から6月にかけて書かれ,そのあと,4か月休止。

そして153話から157話までの5話が2012年11月から3月にかけて書かれ,5か月休止。

このパターンで行けば,158話から先,計5~6話が毎月のように書かれると考えられるが,さて?

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近所の夏祭りに行ってみた

8月3日(土),うちからちょっと離れたところで自治会主催の夏祭り(盆踊り的なもの)があったので見に行ってみた:

「第33回 小羽山夏祭り」
会場: 小羽山中央公園
主催: 校区コミュニティ推進協議会

Natsumatsuri01

入口の提灯だけ見ると寂しげな感じだが・・・。

Natsumatsuri02

踊っている人も少ない?

夜も更け,8時に近くなり,

Natsumatsuri03

総踊りが始まり,抽選会の時間が近づいてくると,人が増えてきた感じである。

Natsumatsuri04

これで,夏祭りらしくなってきた。


この夏祭り,今回が第33回ということは,途中途切れていなければ,1981年に始まった祭りということになる。

宇部マニアックス」の「蛇瀬池」に関する記事に従えば,小羽山地区は1970年代後半に開発が始まり,1980年頃に整備が完了した模様である。

この地区の小学校,小羽山小学校は1981年に創立されたわけであり,これを機に南・北・東小羽山ニュータウン住民の交流を図るべく「夏祭り」が始まったのだろうと思う。

上述の「蛇瀬池」で紹介されているが,1974年,小羽山ニュータウン造成中の様子を航空写真からうかがうことができる:

国土画像情報閲覧システム:宇部東部

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2013.08.01

『カンニング・スタンツ』,第21話「共闘」完了

ソックサバーイ,チアテー? 今月はカンボジアに行きます。

海外出張の準備が全然進んでいないのに,Web漫画の話をする。

7月29日に『カンニング・スタンツ』が更新されていた。

覇記』亡き後(?),戦記物Web漫画で面白いのはこれだけ。

今回追加されたのは第21話「共闘」である。

この話では,豊をめぐって劉邦雍歯が戦っている(元ヤクザ同士の戦い)。劉邦にはから季布(この物語の主人公)の騎兵隊が援軍として加わり,雍歯は敗退した。しかし,その直後に雍歯への援軍としての騎兵隊が到着し,季布の騎兵隊との間に戦端が開かれる…。

騎兵同士の乱戦の中,突如登場して大活躍するのが灌嬰(かんえい)である。「やれた」とか「パイロットは」とか言っているサンライズっぽいキャラクター。後の潁陰侯。漢帝国丞相。

最後の4頁に突如,霍去病の匈奴遠征の話が入るので混乱するが,今回も面白い。

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