美しき昭和文体:『すてきなあなたに』
雑誌「暮しの手帖」に連載されてきた小さなエッセーをまとめた一冊である。
編著者は大橋鎭子(おおはし・しずこ)。装丁や飾絵は花森安治が担当している。
毎日の生活の中で幸せに感じたこと,生活の知恵,美味しい料理のレシピなどが綴られている。
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どれもこれも読者を幸せにさせてくれるような話題ばかりだが,何よりも素晴らしいと思うのは,これらのエッセーの語り口である。
順不同でいくつか紹介しよう。
12月の章「スケーターワルツ」の冒頭部分
とても素敵なご報告を一つ。私が,あこがれのスケーターワルツにあわせて,スケートがすべれるようになったのです。
スケートをするということはこのあいだまでは,想像もしていなかったことでした。冬季オリンピックのとき,氷の上で花のように踊ったスケーターの人たちを見て,同じ人間なのに,どうして,あんなすばらしいことが出来るのかしら,と思いました…(289頁)
7月の章「台所の冒険」の冒頭部分
使いそびれたり,半端だったり,多く作りすぎて残ってしまったその残りもので,わたくしは料理のテストをいたします。
残りものだ,という気やすさもあって,このテストはとても大胆にやれます…(187頁)
4月の章「自分の作った服」の冒頭部分
このワンピース,そんなにステキでしょうか,私が作ったんです。信じて下さらないでしょうけど,本当なんです…(110~111頁)
6月の章「わが家のじまん料理」の冒頭部分
ご自分の好きなものを一つ,あなたのご自慢料理になさっては,いかがでしょうか…(147頁)
目の前の人に親しく語りかけるようなスタイルで,読み手は一瞬のうちに文章に引き込まれていく。
読む者によってはずいぶんと気取った文体のように感じるかもしれないが,このような上品な日本語の文章は最近は目にしなくなった。
独特な言い回しもある。例えば来客のあることを「お客さまをする」と言う。
かつては品格というものに価値が見出されていた。そんな時代の極上の文章がここにある。
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コメント
かた苦しくなく不自然なへりくだりもない、ていねいで美しい文章と申しますと、幸田文さんを思い出しますが、大橋鎭子さんの文章もとても素敵なものですね。
幸田さんのキリと引きしまった清らかさも、大橋さんの親しみのこもった優しいあたたかさもくり返し読んで、その都度心地よく思われるのです。
「スケーターワルツ」では漢字とかなの使いわけの巧みさがとても愛らしく、わたくしも上記文章でまねをさせていただきました。
ところで「自分の作った服」を読んで、あたし、なんだか宇能鴻一郎さんの文章を思い出しちゃったんです。いけないこととは思ったけれど、でもそう感じちゃったんです・・・
投稿: 拾伍谷 | 2013.07.15 21:40