藻谷浩介+NHK広島取材班『里山資本主義』を読む
7月15日…だと思うが,生パスタの店「TRATTORIA SUNMARUNO(トラットリア サンマルノ)」で食事をした後,宮脇書店に寄って買ったのが,この本,『里山資本主義』(角川Oneテーマ21)である。
ものすごく売れているようで,宮脇書店でも平積みの山が無くなる寸前で,小生が手にしたのは最後の一冊だった。
里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21) 藻谷 浩介 NHK広島取材班 角川書店 2013-07-10 売り上げランキング : 206 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
NHK広島放送局が中国地方5県限定で「フェイス」という番組を作っている。
その拡大版である「フェイス グランデ 『里山資本主義』神様をいかせ 」(2012年11月2日)や「フェイス グランデ 里山資本主義 若者は"放棄地"を目指す 」(2012年6月22日)という特集で放送されていた内容を再編集し,『デフレの正体』でおなじみの藻谷浩介氏の論考を加えたのが本書である。
ちなみに藻谷浩介氏には2度ほどお目にかかったことがある。当時は日本政策投資銀行・地域企画部の参事役でいらした。全国津々浦々,あちこちを回っておられ,日本のどこのことでもご存知という方である。各地を回るついでに家族旅行もされていたそうで,仕事と家族サービスの一石二鳥と言っておられた。
本の帯に書かれていた定義らしきものを引用してみる:
さとやましほんしゅぎ【里山資本主義】[名] かつて人間が手を入れてきた休眠資産を再利用することで,原価0円からの経済再生,コミュニティー復活を果たす現象。安全保障と地域経済の自立をもたらし,不安・不満・不信のスパイラルを超える。
現在主流の資本主義,すなわち,全てのものを市場に送り込み,お金という唯一の尺度で測る「マネー資本主義」とは全く異なる概念である。
「国内で生産するよりも安い」という理由で,食糧やエネルギーを輸入し消費するのではなく,手間がかかるのを承知で食糧やエネルギーの地産地消を図る,という考え方である。
こういうように書くと,江戸時代に戻るのか,という疑問が生じるかもしれないが,「マネー資本主義」の恩恵を完全に否定するものでもない。「里山資本主義」を「マネー資本主義」のサブシステムあるいはバックアップシステムとして組み込み,「マネー資本主義」への依存度を下げようというのが本書の主張である。
地方衰亡の原因
本書で紹介されている「域際収支」(176~177頁)を見ると,地方が衰えている原因がわかる。
「域際収支」というのはある地方自治体が製品やサービスを域外に売った分と域外から製品・サービスを購入した分の差額である。
本書では高知県が例に挙げられている。これを見ると,高知県は農業,漁業などの一次産品で収益を上げている一方,エネルギーや食料品など,大量の二次産品を購入することによって,域際収支を大赤字にしている。
地方自治体によって違いはあるが,地方が衰亡している原因はエネルギーや食料品などを域外に依存していることによる赤字であるということがわかる。
この赤字を埋める方法として実施されてきたのが,公共事業,工場誘致,補助金分配といった手法である。だが,何十年間もこれらの政策を実施してきたのにもかかわらず,地方の衰退は止まらない。
赤字を埋めるための新たな手は,域内の富を域外に出さない,という手である。例えば,一次産品を域内で加工して二次産品とし,域内で消費するという手である。つまり地産地消。地産地消には,さらに雇用を生み出すという効果もある。
真庭モデル,庄原モデル
「里山資本主義」の具体例として紹介されているのが,真庭モデルと庄原モデルである。
真庭モデルというのは,岡山県真庭市の林業復活モデルで,本書の第1章で取り上げられている木材の徹底利用の事例である。
真庭には西日本最大規模の製材所「銘建工業」がある。ここでは年間4万トンの木屑が出るが,これをペレット化し,ボイラーの燃料としている。その結果,真庭市では域内の消費エネルギーの11パーセントを木屑(バイオマス)で賄うことに成功している。
参考動画:里山に眠る“エネルギー”(2)
建材としての木材自体にも革命が起きつつある。すでにオーストリアで利用されているのだが,Cross Laminated Timber (CLT, 直行積層材)という,木を組み合わせて接着した高強度の建材が登場しているのである。オーストリアではこの建材を利用した木造高層建築が登場している。
日本ではまだ導入されていないが,CLTは日本の林業の救いとなる可能性が高い。銘建工業ではCLTの普及を図っている。これが成功すれば,建材+バイオマスエネルギーという木材の徹底利用によって真庭の林業は勢いを取り戻し,地域経済が活性化する。
庄原モデルというのは,小生が勝手につけた名前だが,広島県庄原市で行われている福祉事業の実験である(第4章)。
庄原では社会福祉法人が,空家を地域のお年寄りが集まるデイサービスセンターとして活用している。デイサービス拠点ができることで,地元に雇用が生まれた。
また,デイサービスセンターに集まってくるお年寄りから,自作の野菜を地域通貨で購入することにより,食材費を削ることに成功した。
さらに,デイサービスセンターの隣に保育園を併設することにより,デイサービスセンターの従業者が子供を保育園に預けられるようにした。さらに,日中はデイサービスセンターに通うお年寄りが子供の相手をする仕組みも作った。
お金が無ければ知恵と手間で
真庭モデルと庄原モデルを見てわかるのは,お金が無い分を,地元の産品とマンパワーを利用しながら知恵と手間で補っている,ということである。
ある商品Xを手に入れたいとき,どうすれば良いか。一つの解決策は仕事を見つけてお金を稼ぎ,そのお金で商品Xを買うこと。もう一つの解決策は手間をかけて商品Xと同等のものを自作すること。前者は「マネー資本主義」的解決策,後者は「里山資本主義」的解決策。どちらか一方だけが正しい解決策ということはない。状況によってどちらかを選択すれば良い。
さて,その状況であるが,日本では「マネー資本主義」的解決策を選択することは難しくなりつつある。グローバル化が進み国際競争が激化している中,第1次産業ないし第2次産業でお金を稼ぐことは難しい。ものづくりの拠点はどんどん海外に移動している。第3次産業でも給与水準が低下しており,さらにTPPの結果次第では海外からの労働力が流入して,日本人が職を得られなくなる可能性もある。
とすれば,後者の「里山資本主義」的解決策を選ぶ方向にならざるを得ないだろう。ただ,やむを得ずこれを選ぶのではなく,金銭以外の新しい価値を見出し,進んでこれを選び取ることが望ましい。
実際,山口県の周防大島ではそのような傾向が,Iターン,Jターンという形で表れてきているという。ここ10年余りで周防大島の人口流出が止まった。20代から40代の人々が過疎の島に移住し始めている。都市部から周防大島に移住し,「原料を高く買って」「人手をかけて」,食品を生産・販売し,ヒットさせている事例がある。
日本の未来は「里山資本主義」に
里山資本主義を推進すると,市場に出てこない,つまり値段のつかない製品やサービスが増え,GDPを下げることになるだろう。それでは国際競争に勝てないのでは?という疑問が出てくるはずである。しかし,その考え方自体,お金を唯一の豊かさの指標とするマネー資本主義にとらわれているのに過ぎない。
国債を大量発行して,お金を市場に流し,インフレを興し,経済を活性化し・・・,というよく聞く経済政策はマネー資本主義を大前提とした解決策の一つに過ぎない。こうした従来型経済政策について藻谷氏は「近代経済学のマルクス経済学化」と揶揄しているが,詳しいことは本書の「最終総括」を読んでいただきたい。とにかく,お金を大量かつ高速回転させないと日本が衰退する,という考え方そのものが錯覚であると藻谷氏らは言っているのである。
「里山資本主義」を「マネー資本主義」のサブシステム/バックアップシステムとして静かにひそかに組み込むこと。それがやがて,例えば50年後に日本の新しい姿として結実するだろう。本書は2060年の明るい未来を描き出して終わっている。
追記
『里山資本主義』を読むとバラ色の未来が広がるような気持ちになるが,都市部の人間が田舎に入ることの難しさも忘れてはいけない。先日から報道されている山口県周南市の連続殺人放火事件なんかはその例。ただ,その例を以て,『里山資本主義』は絵空事,とするのも偏った意見である。
関連情報
「里山のチカラ」
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