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2013.06.18

東百官:西郷頼母

大河ドラマ「八重の桜」に出てくる会津藩の家老,西郷頼母(さいごう・たのも)

西田敏行(探偵局長)が演じておりますが,「頼母」という名前は東百官(あずまひゃっかん)と呼ばれる,官職風の人名です。

「官職風」というのは「なんちゃって官職名」ということ。

鎌倉時代以降,「百官名(ひゃっかんな)」というのがあって,武士が,本人や先祖の官職を通称として用いることがあった。

「へうげもの」の主人公,古田織部なんか良い例。古田織部は従五位下織部正(織部助)に任ぜられたことがあるので,これを通称とした。

「百官名」は由来がはっきりしているのに対し,「東百官」は「なんちゃって官職名」なので,江戸時代の学者からはダメ出しされることがあった。でもなんとなくカッコいいと武士たちは思っていたので,ついつい使ってしまったわけである。

東百官:「頼母(たのも)」のモデルとなった百官名は,おそらく「主殿(とのも)」である。

主殿は宮内省主殿寮(とのもりのつかさ)のことで,内裏における消耗品の管理・供給が主たる仕事。長官は主殿頭(とのもりのかみ)で従五位下相当職。


さて。

西郷頼母は,会津若松城落城前に,城内での意見対立が原因で離脱。その後は旧幕府軍の一員として箱館戦争を戦い抜いた。

明治になって,藩主だった松平容保が日光東照宮の宮司となった際,西郷頼母は禰宜となった。

西郷頼母は四郎という甥を養子に迎えたが,この西郷四郎は後に,講道館四天王のひとりとなった。

なお,西郷頼母の妻子など一族21名は,頼母の最後の会津若松城登城時に自刃して果てたという。

八重役は綾瀬はるかよりも,歴史秘話ヒストリアで新島八重を演じた宝生舞の方が適役のような気がするのは小生だけだろうか?

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コメント

西郷頼母と言う人戊辰戦争ものではもちろん幕末明治の武侠ものでも必ず名前が出てきて、とにかく凄い大人物として描かれるのですが(合気道開祖の植芝盛平の師匠の武田惣角の師匠なのだから神様みたいなものなのでしょうか)、どうも何をやった人なのか詳しく知ることができず気になる人物ではあります。

何か良い頼母伝はないものでしょうか。

投稿: 拾伍谷 | 2013.06.19 00:55

良い頼母伝ですか。残念ながら,小生は存じ上げません。

それはそうと,八重の兄,山本覚馬の方が西郷頼母よりも年長であることを最近知りました。頼母は戊辰戦争時,38歳ですから,西田探偵局長が演じていていいのか?という疑問が生じました。

投稿: fukunan | 2013.06.19 17:42

 西郷頼母研究家は牧野登氏と堀田節夫氏の二人が有名です。悲劇の家老のままで、明治になってからは漂白の人生。
 名家の生まれで頭は良く、藩主はぼんぼんに見えた。ただ、三尺ダルマのあだ名があり、実際は140センチ程度で武術の達人ではない。立った写真があるのですが公開されない。学者で日光東照宮では「晃山叢書」という編纂事情をやっているのですが、やっと公開された。
 合気の達人は作り話です。武田惣角に頼まれて大東流の名前をつけただけです。実際は藩主護衛役の御供番が護身術を教え、隣村の易者から合気の理論を学び、気を導入して合気を創始した。西郷頼母研究家もようやく史実を修正しました。

投稿: 池月映 | 2013.07.11 16:22

池月様

武田惣角と西郷頼母についてご教示くださりありがとうございました。

維新の頃の人々については,よく研究されているように見えて,実際には不正確な情報が巷に広がっているということを認識いたしました。

西郷頼母研究はまだこれからという印象を受けました。

投稿: fukunan | 2013.07.11 17:26

池月さま

遅まきながら、ご教示ありがとうございました!

投稿: 拾伍谷 | 2013.07.20 00:38

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