『オルグ学入門』を読む(終)
オルグと言うのは,労働組合でも政党でも何でもよいのだが,ある組織に,人々を引き込むための活動である。そしてまた,そういう活動を展開する人のこともオルグと称する。
活動と活動をする人の両方をオルグというので混乱が生じやすい。
そこで,以前の記事でも述べたが,本ブログではオルグ活動をする人をオーガナイザと呼ぶことにして,活動としてのオルグと区別することにしたい。
オルグ活動という言葉も左翼っぽい感じがするので言い換えたいのだが,なかなか難しいので,やむを得ず,オルグ活動という言葉のまま使用する。
さて,『オルグ学入門』について書くのも4回目となったが,今回は最終回である。残りの4章分,
第7章 感情オルグの技術
第8章 個人オルグとその技術
第9章 行動オルグの方法と文化オルグ
第10章 理論闘争の技術
を簡単に紹介する。
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第7章 感情オルグの技術
第4章~第6章では,正統派のオルグ活動である「理論オルグ」について詳細な説明があったが,本章では,オーガナイザが,ターゲット(対象者)の感情を揺さぶることによって,組織に引き込む技術を紹介している。
感情オルグを行う場合の話し方のモデルが紹介されている:
- 挨拶
- 「われわれは何をするべきか」という問題提起
- 問題提起の答えとして,現実目標とそれ達成するための実践目標を提示
- 実践目標の達成のためには組織拡大・団結強化が必須であると述べる
- 現状分析によりターゲットが何によって抑圧されているか(阻害要因)を述べる
- 阻害要因を打破することで実践目標が達成できることを強調
- 帰結。「われわれがなすべきことは明白である」と宣言し,実践目標を再提示。また実践目標達成のため組織拡大・団結強化が必須であると再強調
あとは話し方のテクニックとして
- 札かくし
- ハーフ・トゥルース
- 価値付与
- 価値剥奪
- 焦燥感
というようなものがあるということが紹介されている。
このほか,聴衆(ターゲット)を興奮させるためには,
- ハンド・クラッパー(サクラ)の投入
- 成極化
- 威光暗示
- 省略
などという演出技術を,また,問題提起の際,聴衆(ターゲット)の心を揺さぶるために,
- 恐怖喚起
- スケープゴート設定
などという危機強調の技術を駆使することを,著者は勧めている。
◆ ◆ ◆
第8章 個人オルグとその技術
オルグ活動の基本は個人を説得すること,すなわち個人オルグである。理論オルグという手を使うにせよ,感情オルグという手を使うにせよ,個人オルグというのはパーソナル・コミュニケーションの一種である。
パーソナル・コミュニケーションでは,言葉だけでなく身振り手振りなど,音声以外の言語も重要な役割を持っている。
また,パーソナル・コミュニケーションでは第一印象が重要である。ここで,ターゲットに対し,良い印象を与えることの重要性を,著者は「一期一会」「一座建立」という茶道の用語を用いて説明している。
「一期一会」というのは「相手とのその一回の出会いで,生涯を通じての親交ができるよう全力投球を行うこと」,そして「一座建立」とは,ターゲットがオーガナイザに対し好感と信頼を寄せるような人間関係を,わずかな時間の間に作り上げることを意味している。
「一座建立」のための話の進め方は,次の通りである:
- アイス・ブレーク: オーガナイザとターゲットの間でリラックスした関係を作る
- オーガナイザがターゲットにとって良い聞き役になる
- ターゲットが悩み事などを語るようにする
オーガナイザが良い聞き役となる,というのは,カウンセリングと類似している。しかし,オルグ活動とカウンセリングとでは,ターゲットの悩み事を解決する方向に大きな違いがある。
カウンセリングの場合は,ターゲットがターゲット自身の内面を見つめなおすという方向で悩みの解決を図る。
しかし,オルグ活動では,ターゲットの悩みを外部,すなわち社会などの改変によって解決することを目指す。そうすることによって,オーガナイザはターゲットの興味を組織活動に向けさせるわけである。
◆ ◆ ◆
第9章 行動オルグの方法と文化オルグ
理論オルグにせよ,感情オルグにせよ,ターゲットとの出会いの場がなければ機能しない。
そこで,オーガナイザとターゲットとの出会いの場を作るのが,行動オルグや文化オルグである。
文化オルグはオーガナイザの組織が開催する文化活動であり,この文化活動自体は中立的なものである。しかし,この文化活動を通して,次に行動オルグへとターゲットを誘導する。
行動オルグはオーガナイザの組織が主導する行動のことであり,集会やデモなどがこれにあたる。
行動オルグにはある種のカッコよさ,そして正当性が必要である。また,行動オルグには旗やスローガンのような,行動オルグを象徴するシンボルが必要である。
もし,ターゲットがこの行動オルグに参加すれば,やがて,ターゲットは行動の理由を求めるようになる。これを認知不協和という。このときが,オーガナイザにとって理論オルグや感情オルグを実施するチャンスとなる。
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第10章 理論闘争の技術
オーガナイザはターゲットとの間で論戦になった場合,理論闘争に勝たなくてはならない。また,組織の一員が他の組織からのオルグ攻撃を受けた場合,理論闘争によって,その身を守らなくてはならない。
というわけで理論闘争に勝つための技術が紹介されているのが本章である。
理論闘争では,まず,相手(ターゲットや他の組織の一員)にしゃべらせておくことが大事である。
相手の理論が,「風が吹けば桶屋が儲かる」といった類のこじつけ(ダーク・ロジックと呼ぶ)にすぎない場合,議論の各段階の妥当性,客観性をつつけば,相手の理論は崩壊する。
相手の理論が三段論法のようなしっかりしたものである場合には,相手の理論の根拠や相手の現状認識の妥当性や矛盾点について攻撃を加えることで,相手の理論を崩壊に導く。
理論闘争では,最初に相手(ターゲットや他の組織の一員)にしゃべらせておいて,あとからオーガナイザが質問して相手の理論を崩すのが鉄則だが,逆に相手からオーガナイザに質問が来る場合がある。
この場合には次のような回答テクニックが挙げられている:
- 認識操作: 認識に相違があるので,回答できないとつっぱねる
- 争点操作: 相手の質問をすり替えて,的外れの回答を行う
- 前提操作: 相手の知らない事実や理論を持ち出して,それらを勉強してから質問するように,とつっぱねる
- 次元操作: 相手と自分とでは問題の次元が違うので回答できないとつっぱねる
- 立場操作: 相手と自分とでは立場が異なる。自分と同じ立場に立つ人物からはそんな質問は出ない,とつっぱねる
- 戻し質問・リレー質問: 相手が自分の立場ならどう考えるか,と質問を返す
- 本心操作: 否定的態度をとる人に対しては何を応えても無駄だと述べる
あとは,理論闘争に備えて,常日頃から組織内で模擬的な理論闘争を繰り返しましょう,という話で,本書は終わる。
◆ ◆ ◆
というわけで,4回にわたって『オルグ学入門』を紹介してきたわけである。
結局のところ,組織形成のための説得術だというのが大まかな感想。
組織(組合とか党派とか)形成という目的を外してみれば,本書で紹介されているテクニックは,マーケティング,セールス,交渉術など,ビジネスに役立ちそうなものばかりである。
「オルグ」という左翼っぽい名前に対する嫌悪感・警戒感を一時保留にすれば,本書はビジネスマンにとって宝の山なのではないか,と思う。
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コメント
お疲れ様でしたw
政治結社に限らず企業や宗教団体やネズミ講など広範囲に応用できる技術ですね。
ただしこの技術は一元的な組織化のためのものと解しました。
ゆえに他者(他社)との取引というビジネスの現場ではどこまで適用できるでしょうか疑問にも思います。言い換えれば主権国家間でこの技術が使えるかどうか。
その場合の相手は別の組織に忠誠を誓い別の論理で行動しているわけですから・・・
他社(他国)の人間を籠絡してこちら側に寝返らせるというケースでは大いにありと思いますが、これは商取引とは言い難いですよね。
おそらく商取引(ないし他国との協議)でもっとも重視されるのは「クレジット」なのだと思います。「オルグ学入門」の著者には笑われそうな気もしますが・・・
投稿: 拾伍谷 | 2013.06.19 00:42
「この技術は一元的な組織化のためのもの」というご指摘はまさにその通りだと思います。
オルグ技術は一方的な主張の押し付けであり,相手との議論によってより高次の成果を得ようとするものではありません。
経営学で言えば,顧客と企業との間のコミュニケーションであるマーケティングではなく,出来合いのものを顧客に売り込むセールスにあたるのだろうと思います。
ドラッカーは,マーケティングの究極の目的はセールスを不要にすることだ,と述べたのですが,オルグ学入門が目指すところは真逆です。
とはいえ,世の中はマーケティングの重要性を標榜しつつも,セールスばかりやっている企業が多いので,そういった企業にはとても役に立つ技術だろうと思います。
投稿: fukunan | 2013.06.19 12:52