関裕二『卑弥呼はふたりいた』(晋遊舎新書 S10): 邪馬台国のヒミコはヤマトの神功皇后によって殺された!
近頃すっかりご無沙汰になっていたが,久々に日本神話関連の本を読んだ。それがこの本,『卑弥呼はふたりいた』(関裕二著,晋遊舎新書 S10)である。
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神功皇后と卑弥呼がお互いに舌を出し合っている表紙画が気になって購入したわけである。
実はこの本,2001年にKKベストセラーズ・ワニ文庫から出ていた。さらに言えば,もっと前の1993年11月にも『ヒミコは二人いた 古代九州王朝の陰謀』というタイトルで新人物往来社から出版されていた。
晋遊舎新書版のあとがきに書かれているが,最初に出版されてから20年ほど経過しているので,晋遊舎新書版ではその間の新たな知見に基づいて修正が加えられている。
◆ ◆ ◆
さて,内容だが,「な… なんだって――――!!」の連続である。
九州のとある国による「邪馬台国」僭称
まず,倭国と日本は別の国だという。
な… なんだって――――!!
これは旧唐書東夷伝の記述
「日本国者倭国之別種也……日本旧小国併倭国之地」(日本は倭国の別種であり,小国だった日本が倭国を併合した)
を基にした説である。
本当の邪馬台国は畿内にあった国で,出雲,吉備,東国の各勢力の連合体だった。同じころ,九州北部にも有力な国があった。この国は魏の使者に対し意図的に「邪馬台国」と僭称した……というのが本書の説である。
ヒミコというのは職業名
ヒミコというのは人名ではなく,職業名(あるいは地位・称号)である,という。
これは「な… なんだって――――!!」ではなく,なるほど,と思った。日の巫女でヒミコなのである。
ここで,直ぐに思い出すのが,筑紫申真『アマテラスの誕生』(講談社学術文庫)である。同書では「アマテラスは神の妻・巫女だった」という折口信夫の説から始まり,持統女帝によるアマテラスの祖先神化説に至る論考,いわゆる「アマテラスの神格三転説」が展開されていた。
本書ではアマテラスについては深く立ち入っていないが,アマテラスの別名オオヒルメノムチが太陽神の妻・巫女を指すことを述べており,この点では折口・筑紫と同じ主張をしている。そこからさらに日の巫女すなわちヒミコを連想し,皇祖神アマテラス=ヒミコ同一人物説を導き出している。
また,本書では神功皇后(おきながたらしひめのみこと)が巫女王/シャーマンクイーン=ヒミコという地位にあることを強調している。
日本書紀仲哀天皇九年三月の記事には,神功皇后が巫女となり神託を受けた際,武内宿禰のみが近侍していたことが記述されている。これは,魏志倭人伝に見られる,卑弥呼がシャーマンとして神託を受ける際,卑弥呼の弟だけが審神者として近侍していたという記述と同じである。
つまり,神功皇后は巫女王=ヒミコという立場にあった,というわけである。
もう一人のヒミコ
これだけだと,畿内の邪馬台国の巫女王である神功皇后が唯一のヒミコになるのだが,日本書紀のある記述によって,もう一人のヒミコが九州北部にいた可能性が浮かび上がってくる。
仲哀天皇崩御後,神功皇后は九州の山門郡(やまとのあがた。現在の福岡県柳川市・みやま市の市域)に向かい,同地の住民(土蜘蛛と称される)の女首長である田油津媛(たぶらつひめ)を討ったという。この田油津媛こそ,魏志倭人伝に出てくる卑弥呼では?というのである。
ということで,「邪馬台国のヒミコはヤマトの神功皇后によって殺された!」と本書は訴える。
◆ ◆ ◆
もう上述しただけで,お腹一杯,頭一杯なのだが,著者はこのあとも『宗像大菩薩御縁起』や『住吉大社神代記』のような各地の神社に伝わる古文書,『奈良県高市郡神社誌』のような各地域の文献,平田篤胤の『古史伝』のような古来の研究書などを大量導入して,読者を溺れさせるような推理を次々に炸裂させる。「な… なんだって――――!!」連発。
「宗像三女神はもともと一体の宗像神だった」
「宇佐神宮に祭られている出自不明の女神,比売大神(ひめおおかみ)は宗像神だった」
「宗像神は伽耶(加羅)の国から来た女神だった」
「忘れ去られた出雲の女神カヤナルミはオオクニヌシと宗像神の間の娘,下照姫だった」
「カヤナルミ=下照姫は神功皇后だった」
「結局,カヤナルミ=下照姫=神功皇后とは,出雲・伽耶両勢力の婚姻で生まれた人物だった」
「武内宿禰=事代主神(ことしろぬし)=住吉大神=サルタヒコ=塩土老翁だった」
「応神天皇はカヤナルミ=神功皇后と事代主神=武内宿禰の子だった」
「北部九州平定後,ヤマト内部の政変によりカヤナルミ=神功皇后と事代主神=武内宿祢は政権の座から追われ,歴史から抹殺されていった」
もう,星野之宣『宗像教授異考録』を何冊も続けて読んでいるような感じである。
登場人物の関係を整理するため,著者の説と,古事記・日本書紀における仲哀天皇,神功皇后,応神天皇の系図を重ね合わせて表示してみた。
あと,宇佐神宮に祭られている神々(比売大神,神功皇后,応神天皇)を緑の線で囲んでみた。こうすると,親子三代の人物/神々が祭られているという構造が見えてくる。
◆ ◆ ◆
非常に面白い本だったと思う。記紀だけでなく,各神社の伝承などを読み込み,伝説上の人物・神々の名前や親子関係を手掛かりに古代史,とくに3世紀の日本の歴史を明らかにしようという試みは,素晴らしい。
しかし,「卑弥呼はふたりいた」と言いつつ,畿内(ヤマト)のヒミコ=神功皇后のみに焦点を当て,もうひとりのヒミコ=魏志倭人伝の卑弥呼,北部九州の女首長についてはほとんど触れていないのはバランスを欠いているように思った。本書では「土蜘蛛田油津媛」という名前すら出てこなかったのは残念である。「田油津媛」という名を基に論考すれば何か得られたのではないかと思う。
あと,名前に関する論考といえば,神功皇后の名,気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)に対して検討する必要もあったのではないかと思う。例えば,星野之宣『宗像教授異考録』第九集第3話「女帝星座」のような推理が…。
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コメント
はじめまして。
比売大神と書いておいて、天照大神はアマテラスと書くのはなぜですか?
どちらもナントカの神や、ナントカの命という表記とは違った名前ですよね。
神社とかだと、あまてらしますすめおおみかみって言ってるんでいつも気になります。
投稿: フィジャ | 2013.04.01 21:10
神社などで神職が畏敬の念をもって祭るときは尊称で呼ぶのが正しいと思います。神職が天照大神を呼ぶときはご指摘の通り「あまてらしますすめおおみかみ」ですね。
伊勢神宮では一般向けには古事記通りの「あまてらすおおみかみ」,あるいは「あまてらすすめおおかみ」と呼んでいます。神社であっても通常時と祭るときとで使い分けていますね。
研究対象として取り上げるときは,とくに呼び方のルールは無いと思いますが,メジャーになるほど略して呼ぶことが多いです。天照大神は非常にメジャーなので,アマテラスとのみ呼ばれることが多いです(そして大方,カナ表記)。どの神様なのかわからなくならない限り短く呼ぶということでしょう。
比売大神の場合は,ヒメだとどなたなのかわからないので,そのまま比売大神と書いた方が良いと思います。
投稿: fukunan | 2013.04.02 00:03