新春企画・『中国は東アジアをどう変えるか』を読む (前編:『海の帝国』から12年)
あけましておめでとうございます(誰に言ってんの?)。
年末年始にかけて,白石隆,ハウ・カロライン『中国は東アジアをどう変えるか』(中公新書2172,2012年)を読んだ。著者が言う東アジアとは日本からASEAN諸国までを含む広い領域を指すのだが,この広い領域における政治経済システムの現状と,興隆する中国の影響力についてまとめたのが,本書である。
この本を読んでいるといろいろなことが頭に浮かんでくるので,3つに分けて記事を書くこととした。
前編:『海の帝国』から12年 何か変わったか?
中編:アングロ・チャイニーズとは何か?
後編:言語への着目
今回は白石隆の前著,『海の帝国』で主張されていたこととの違いを考える。
◆ ◆ ◆
以前,EU3に嵌っていた2009年夏,白石隆『海の帝国 アジアをどう考えるか』(中公新書1551,2000年)を読んだわけである(参考)。同書から,東南アジアの社会経済システムの成立過程,将来の見通し,そして日本の立ち位置について知見を得ることができた。
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同書が書かれてから干支が一回り。新たに出たのが白石隆・ハウ・カロライン『中国は東アジアをどう変えるか』(中公新書2172,2012年)である。
「中国が経済大国として台頭し,世界中に影響力を行使し始める中,著者の東アジア(日本からASEAN諸国まで)の将来に対する見通し,とくに東アジアにおける米中の影響力に関する見通しは前著から変化したのだろうか?」という疑問を持ちながら同書を読んだ。
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結論から言えば,前著からほぼ変わっていない。
前著においては(参考:『海の帝国』第8章「アジアをどう考えるか」),「アメリカのヘゲモニー」について,このように語っていた:
- アジアがアメリカのヘゲモニーの下にあるかぎり,アメリカをナンバー1,日本をナンバー2とするアジアの地域的な政治経済秩序が崩壊することはありえない(『海の帝国』,191ページ)
- アメリカのアジア政策にあっては,アジアにおいて(アメリカに代わる)いかなるヘゲモンの存在も許さない,ということがその基本となっている(同192ページ)
- アメリカがアジアにおけるヘゲモニーを放棄する,あるいはヘゲモニー維持の能力を喪失する,といった事態はまだ当分,考えなくてよいだろう(同ページ)
- (東アジアにいうて中国がヘゲモニーを掌握すること)はまったくないとは言わない。しかし,これも当分は考えなくともよいだろう(同ページ)
本書においてはこのように語っている:
中国がいかに台頭しても,中国がこの地域において圧倒的な力をもつヘゲモンとして登場することはなかなか考えられない。これから10~20年で,中国の経済規模は購買力平価で見れば,米国を凌駕するだろう。しかし,それでも,米国とその同盟国,パートナー国が連携すれば,力の均衡が圧倒的に中国に有利になることはありえないし,まして,中国が東アジアにおいてみずから新しいルールと制度を作り,それを周辺の国々に押しつけることができるとは思えない。(『中国は東アジアをどう変えるか』,219ページ)
つまり前著においても本書においても,当分は米国主導の東アジア政治経済秩序が維持され,中国がヘゲモニーを掌握することはないだろうという見通しを示している。
しかし,本書においては上述の文章の後に,次のような「但し書き」が加えられていることには注意するべきだろう:
そこで注目すべきは,米国が長期的にヘゲモンとして東アジアの平和と安定と繁栄に関与する意思と能力を持ち続けるかどうか。またそのリーダーシップの下,この地域の国々が「動的均衡」維持のために連携できるかどうかにある。(『中国は東アジアをどう変えるか』,219ページ)
前著における「アメリカがアジアにおけるヘゲモニーを放棄する,あるいはヘゲモニー維持の能力を喪失する,といった事態はまだ当分,考えなくてよいだろう」という主張からは幾分弱気になっているように見える。
昨年からオバマ政権は中国の軍事的台頭への対処を強調している(参考)ので,少なくとも第二期オバマ政権の間は米国がアジアにおけるヘゲモニーを放棄することは無いと思われる。しかし,前著からの12年の間に急速に進行した,中国の経済・軍事大国化は,著者の予測を凌駕するものであり,米国のヘゲモニー放棄の可能性をぼんやりと予感させるほどのものだったのかもしれない。
◆ ◆ ◆
前著との相違をもう一つ。
前著の最終章「アジアをどう考えるか」では日本の立ち位置に触れていたが,本著ではそういったことに関する記述がない。
前著では「アメリカをナンバー1,日本をナンバー2とするアジアの地域的な政治経済秩序」の安定をはかり,その下で日本の行動の自由を拡大していくことを目指すべきである,という提言を行っていた(参考:『海の帝国』,198ページ)。
しかし,本書ではこういった提言は無い。12年の間に,日本の国際的プレゼンスの相対的な没落,また鳩山政権における日米同盟の危機などがあった。これらの状況から,著者たちは日本をアジアの政治経済秩序における重要なプレーヤーとは見なせなくなってきたのかもしれない(日本に対する失望?)。
もし,日本が,もはやアジアの政治経済秩序における重要な役割を担えないとすれば,誰が,その役割を担うことができるのだろうか?
その疑問に対する答えとして浮上してくるのが「アングロ・チャイニーズ」である。
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