日本の農耕文化の起源:ニジェール河畔からのはるかな旅
さて,1001回目の記事である。
先日のインドネシア出張の移動中に読んでいたのが,この本,中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』(岩波新書)である。
栽培植物と農耕の起源 (岩波新書 青版 G-103) 中尾 佐助 岩波書店 1966-01-25 売り上げランキング : 52833 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
この本は1966年に書かれ,いまだに売れ続けているロングセラーである。一万年を超えるだろう農耕の歴史を短くわかりやすくまとめた名著である。
もちろん,この本で主張されていることのいくつかは,現在,議論の対象となっている。後でも述べるが,稲作の起源などもその一つ。
だが,ここでは,中尾説に沿って,いろいろと書いてみたい。
◆ ◆ ◆
この本によれば,農耕文化は高々4つである。
- 根栽農耕文化 (東南アジア起源: バナナ,ヤムイモ,タロイモ,サトウキビ)
- サバンナ農耕文化 (西アフリカ起源: 雑穀中心: シコクビエ,ササゲ,ゴマ,ヒョウタン)
- 地中海農耕文化 (地中海東岸起源: オオムギ,コムギ,ビート,エンドウ)
- 新大陸農耕文化 (多様な起源,根栽農耕+種子農耕: ジャガイモ,トウモロコシ,カボチャ等)
有史以前の日本農耕に関係あるのはこのうちの2つ,根菜農耕文化とサバンナ農耕文化である。
根栽農耕文化
根栽農耕文化というのは,東南アジアに起源をもつ栽培植物を育てる文化である。この文化では種子で植物を繁殖させるのではなく,根分け・株分け・さし木のような,「栄養繁殖」のみで植物を栽培する。
代表的な栽培植物は,上に挙げたように,バナナ,ヤムイモ,タロイモ,サトウキビ等である。
下の図に示すように,バナナ(赤)はマレーシアで5000年以上前に生じたようである。その後,熱帯の各地に広がった。
サトウキビ(青)はニューギニアで生まれた。これも起源は非常に古い。紀元前15000年前からあったという説もある。
上の図で「D.何とか」という緑の丸はヤムイモの起源を表している。D. alataは熱帯種,D.batatas(ナガイモ)は温帯種である。東南アジアや中国雲南省あたりで生まれたこれらの品種はやがて東西に広がっていった。
D.batatas(ナガイモ)自体は17世紀に中国から日本に移入されたものであり,根栽農耕文化としては遅い。しかし,本書には書いていないが,それ以前に日本に自生している「ヤマノイモ(自然薯,ヤムイモの一種)」を掘り出して食する文化は伝わっていたのかもしれない。
タロイモの伝播ルートについては詳しく書いていなかったが,タロイモの一種である日本のサトイモもまた,東南アジアからはるばる日本までやってきたもののようだ。
サバンナ農耕文化
サバンナ農耕文化というのは雑穀を栽培する文化であり,種子農耕文化である。この文化の指標となるのは「シコクビエ」であり,サバンナ農耕文化圏にはかならず「シコクビエ」が見いだされる。
サバンナ農耕文化が誕生したのは,紀元前5000年~4000年の頃のニジェール河畔だったようである。植物の種子を集めて食べる,という文化はエチオピア,南北インドへと広がり,さらに照葉樹林地帯や東南アジアへと広がる(下図)。
雑穀栽培は照葉樹林地帯を通って日本にも伝わり,ヒエやアワの栽培がおこなわれるようになった。
ここで大事なのは,日本文化の柱ともいえる「稲作」というのは,サバンナ農耕文化の一部である,という主張である。
イネはただ湿地に生ずるだけで,農耕文化の基本複合タイプとしては,簡単に他の雑穀と同じカテゴリーにはいるものだ。
<中略>
イネは湿性の雑穀だ。
<中略>
つまり"稲作文化"などという,日本からインドまでにひろがる複合は存在しない。
(中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』,116~117ページ)
◆ ◆ ◆
世界の農耕文化を概観するのが本書の目的なので,本書では日本の農耕文化に関する詳細な記述はない。
しかし,第三章「照葉樹林文化」と第五章「イネのはじまり」に依拠する限り,中尾佐助は日本の農耕文化を,根栽農耕文化の上にサバンナ農耕文化が乗っかったものとして見ている。
この主張が詳しく展開されるのが,中尾佐助,佐々木高明,上山春平による「照葉樹林文化論」である。
実は,wikipediaの記述にもあるように,この論には近年では反論が加えられている。たとえば,稲作は種子繁殖を基盤とするサバンナ農耕文化から発生したのではなく,水田で栄養繁殖された水稲から始まったという池橋説がそれである。
とはいえ,まず,世界の農耕文化を大きくまとめ,そして世界史の大きな流れから,稲作を位置づけようとする試みは中尾によって始められたといってよく,その意味では『栽培植物と農耕の起源』は偉大な書物であるといえる。
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