内田康夫『萩殺人事件』読了
約二週間前に,内田康夫『汚れちまった道』(祥伝社)を読み終わったが,今度はその姉妹編である『萩殺人事件』(光文社)を読み終わった。
『汚れちまった道』ではご存じ名探偵の浅見光彦が主人公であるのに対し,『萩殺人事件』ではその友人,好燦社(こうさんしゃ)の編集者,松田将明(まつだ・まさあき)が主人公である。
松田(33歳)は編集長の紹介で,宇部に住む八木康子(やぎ・やすこ,32歳)という女性と見合いをすることになる。見合いついでに観光旅行を,ということで,松田は島根県の萩・石見空港から萩を経由して宇部に向かうことにする。萩の反射炉の付近でネックレスを拾い,持ち主に郵送したことから,松田は事件に巻き込まれる。
羽田からまっすぐ山口宇部空港に向かえばよいものを,遠回りするからこんなことになるわけである。
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松田が巻き込まれる事件というのは元美祢市議の生島一憲(いくしま・かずのり)が殺害されたという事件である。松田が親切心でネックレスを送り届けた相手が生島だったため,松田は重要参考人となってしまう。
松田が元美祢市議殺人事件に巻き込まれている頃,浅見は失踪した山口毎朝新聞記者・奥田伸二の行方を追っていた。そのことが描かれているのが姉妹篇の『汚れちまった道』である。
両事件は表面上関係がないが,根底では交錯している。成松利香(なりまつ・りか)や山口毎朝新聞主筆の岡山という人物が両者の接点になるのだが,ネタバレになるので,これ以上は書かない。
◆ ◆ ◆
『汚れちまった道』と『萩殺人事件』とを比べてみて思うのは,前者は,頭脳明晰で生真面目な浅見が主人公となっているため,社会派の,割と硬い語り口のミステリーとなっているのに対し,後者は,見合い相手の魅力に魅かれ,そのことばかり考えている松田が主人公となっているため,とぼけた語り口のミステリーとなっているという違いである。
あと,松田の見合い相手である八木康子が宇部市岬町在住ということもあって,事件現場ではないのにもかかわらず,宇部が舞台となる場面が非常に多いというのも面白いところである。
松田は八木康子とやたらに宇部新川近辺の割烹「明徳(みょうとく)」に行くのだが,その他にも宇部新川駅の近くの「龍丸(たつまる)」というイタリアンレストランに行っている(298ページ)。
実際には「龍丸」というレストランは無いので,おそらく宇部新川駅付近の居酒屋「虎丸(とらまる)」から名前を採り,他のイタリアンレストランをモデルとした,架空のレストランなのだと思う。
この他にも松田と八木康子は,西岡由姫(にしおか・ゆき)も交えて某イタリアン・レストランで食事をとったりしている(121ページ)。このレストランは名前が出ていないが,ANAホテルからタクシーで5,6分のところだというので,小生などは真面目川沿いにあるフレンチの「ノエル」がモデルではなかろうかと勝手に想像している。
◆ ◆ ◆
松田は見合い相手が宇部の人だということもあって,わりと宇部に好印象を持っている。初めに訪れた時の印象はこんな感じである:
宇部市は宇部興産の「企業城下町」だと聞いた。そのイメージから煤けた工場地帯を想像していたのだが,街は明るく,清潔そうな雰囲気であった。街路のところどころにユーモラスな像が立ち,人々の目を楽しませる。
よほど,街のあちこちに置かれたブロンズ像が印象的だったらしい。帰り際にもこんな風に情景が描かれている:
これでお別れかと思い,あらためて眺めると,宇部の街はなかなか風情がある。とりわけ街角のそこかしこに置かれたブロンズのオブジェには感心する。真っ青な秋空にそびえ立つ宇部興産の大煙突から,白い蒸気がモクモクと昇るのも美しい。
まあ,お見合いがうまくいって,バラ色の心境だからこんな風に見えるのだろう。その頃,浅見は深刻な面持ちで推理を続けているのだが。
本書で一番大事なのは元美祢市議殺人事件の解決だが,本書は山口県の観光案内としての側面も強い。水曜劇場だの,土曜ワイドだの,金曜プレステージだの,テレビでドラマ化されたら面白そうやね。
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