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2012.10.16

工藤隆『古事記誕生』を読む

先日紹介した工藤隆『古事記の起源』(中公新書)に続き,同じ著者の『古事記誕生』を読んでいる。

これもまた「古事記誕生1300年」を記念して出版された書籍の一つである。

前著『古事記の起源』では「口誦表現モデルによる古事記の古層推測」という新しいアプローチによって,古事記の内容,成立過程に迫っていたが,それから数年を経て本書では何か新しい展開が示されているのだろうか?

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工藤 隆

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前著との共通部分

結論から言えば,本書は,前著の強化増補版である。古代を

 古代の古代: 縄文・弥生・古墳時代(無文字)
 古代の近代: 飛鳥・奈良時代(漢字文化)

に分け,古事記を「古代の古代」にあった「生きている神話」(古層)の部分と「古代の近代」に書かれた部分(表層)とに腑分けしながら,古事記の成立過程を把握しようと試みるという姿勢は揺るぎない。

本書ではこのアプローチを「ホログラフィー的手法」と呼んでいるが,呼び名が新しくなっただけで,前著と本書のアプローチに差はない。また,このアプローチがなぜ必要なのかという意識や背景にも違いはない。

それ故に,前著と本書の内容は似ざるを得なくなる。前著とほぼ完全に重複する記述も多々見られる。例えば,第1章第3節の「政治的リアリズムの強化」の項(33~36ページ)や,「『記序』全文を解読する」の項(45~56ページ)は,前著の該当箇所とほぼ同じ文章である。

手抜きのような気がしないでもないが,前著『古事記の起源』を読んでいない者に対する親切として受け止めておく。

前著との違い

前著と違うのは,「古事記の誕生」を「点としての誕生」と「線としての誕生」に分け,本文の約三分の一を前者の議論に充てているところである。

点としての誕生」とは,古事記が和銅5年正月28日(712年3月13日)に誕生したというのは本当かどうかという「時点」を限定した議論である。

線としての誕生」とは著者が前著から展開しているような,古事記が無文字時代から漢字文化の時代にかけてどのように成立していったのかという「過程」の議論である。

著者の本領が発揮されるのは「線としての誕生」に関する議論である。

しかし,近年「古事記偽書説」や「少なくとも序文は偽書」説などを唱える書籍が登場していることに対して,反論を加える必要があると著者は考え,第1章ほぼ70頁を割いて「点としての誕生」について議論している。

著者・工藤隆が論争相手として選んでいるのは三浦佑之『古事記のひみつ』(吉川弘文館)・『古事記を読みなおす』(ちくま新書)である。

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三浦佑之は古事記の序文,すなわち太安万侶が書いたとされる『記序』の偽書説をとっている。『記序』偽書説の論拠として

  • 『記序』が全く出雲神話に触れていないこと
  • 古事記本文中の取るに足りない事跡が『記序』の中で重要な事跡として取り上げられているという齟齬
  • 『記序』の記述を信じるとすると,天武天皇が古事記と日本書紀という方向性の全く異なる史書の編纂事業を同時に行おうとしていたことになるという問題

等を示しているが,工藤隆はそれぞれについて反駁している。どちらの理が通っているか,については読者諸氏が判断するべきことだが,こういう議論があるから,古事記の話は面白い。

アメノイワヤト神話に対する集中的考察

前著『古事記の起源』では古事記の様々な部分に対して「口誦表現モデルによる古事記の古層推測」という手法(本書では「ホログラフィー的手法」と呼んでいる)を適用していた。

これに対し,本書では「点としての誕生」の議論を終えたのち,第3章から第5章に渡ってアメノイワヤト神話を対象に,集中的にこの手法を適用して議論を展開している。

アメノイワヤト神話というのは,イザナギの両目と鼻から三貴子(アマテラス,ツクヨミ,スサノオ)が誕生する場面から,アマテラスが「天岩戸」に隠れてしまうという事件に至るまでの神話である。

著者は「ホログラフィー的手法」によってアメノイワヤト神話を詳細に分析し,縄文・弥生・古墳各時代の文化を含んだ古層を発掘している。

そしてさらに第5章において中国少数民族,すなわち原型保存型民族の神話の中にアメノイワヤト神話に含まれる神話素の源流を見出している。

折口信夫への尊敬の念

前著のあとがきにもあったことだが,本書のあとがきにも折口信夫への尊敬の念が記されていた。

著者・工藤隆が「五十の手習い」で中国語を学習し,中国の奥地まで「生きた神話」の収集に行き,自動車転落事故に遭遇しながらも調査活動を継続している,という話には,感嘆のみならず感動すら覚える。

しかし,著者の頭の中にあるのは,時代の制約の中で沖縄・台湾にまで調査に行った折口信夫への尊敬の念である。

「もし折口が現代に壮年期を生きていたら,間違いなく,長江流域の少数民族の村にまで足を踏み入れたことであろう。そして折口が,長江流域少数民族の,生きている歌垣や神話の現場や,アニミズム・シャーマニズム系の呪術の現場に身を置いたら,どれほど心を動かされ,それがその後の彼の理論展開にどれほど多くの変化をもたらしたことであろうか。」(本書253ページ)

著者は折口信夫の幻視を追い,さらに先へと歩を進めていく。アカデミズムのあるべき姿なのかもしれない。

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