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2012.10.13

工藤隆『古事記の起源』の特徴

昨日の記事で紹介したように,工藤隆『古事記の起源』(中公新書)の中核を為すのは,「口誦表現モデルによる古事記の古層推測」の実例紹介である。

このアプローチが古事記冒頭部分の神々の系譜や,イザナギの黄泉降り,ヤマトタケルの死など古事記の各エピソードに適用されるとき,我々は無文字時代の日本神話の姿を垣間見ることができる。

こうした実例を見せてくれるだけでも刺激的であるが,本書は(1)「口誦表現モデルによる古事記の古層推測」というアプローチ手法の意義や,(2)古事記の古代的意義と現代的意義を熱く語っているという点でも,特異な本であるといえるだろう。

古事記の起源―新しい古代像をもとめて (中公新書)古事記の起源―新しい古代像をもとめて (中公新書)
工藤 隆

中央公論新社 2006-12
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口誦表現モデルによるアプローチの意義

著者は第1章において,従来型の研究,例えば古事記に関わる事実資料の参照や古事記の言語表現の諸関係に力点をおいた「基礎研究作業」はほぼやり尽くされ,もはや飽和状態になりつつある,と述べている。つまり,従来型のアプローチを続ける限り,もはや新しい成果は生まれないであろうという危機感を持っている。

この危機感から生まれたのが,本書で紹介される「口誦表現モデルによる古事記の古層推測」というアプローチである。中国少数民族(工藤は「原型生存型民族」と呼んでいる)の「生きている神話」や琉球の神歌を参考に口誦表現モデルを構成し,古事記の古層,つまり無文字時代の日本神話の姿を探る,という手法である。

本書の「おわりに」において,著者は「口誦表現モデルによる古事記の古層推測」すなわち「モデル論的研究」を「ポスト国文学」の新たな可能性として位置付けている。

すなわち,本書は古事記研究が行き詰まりつつある中で,新たな研究手法を提案する「危機の時代の書」という意義を持っている。


古事記の古代的意義と現代的意義

本書の「結」「おわりに」の記述をもとに著者の考える古事記の古代的意義と現代的意義を展開すると以下のようになるだろう。

古事記自体もまた「危機の時代の書」である。古事記が編纂された時代は,律令制が整備されつつある時代で,いわば,古代における近代化(中国化)が推進されていた時代である。無文字時代から続く伝統文化は消滅の危機にあった。

この時,伝統文化消滅の危機意識を持つ太安万侶は,危機意識を共有する元明天皇の支持を受けて,神話的ユートピア志向の強い書物,古事記を編纂したのである。古事記によって,無文字時代からの伝統文化は保存された。これが古事記の古代的意義である。

近代に入ってからも古事記は同様の意義をもった。すなわち,幕末明治の近代化(西洋化)の流れの中で,日本の伝統文化,日本人としてのアイデンティティーを守るよすがとなったのが古事記である。ただ,古事記を貫く非リアリティ性は,やがて肥大し極端な国粋主義に転じ,第二次世界大戦に至ることとなる。

現代においても古事記は古代・近代に持っていたのと同じような意義を持つ。現在,日本はグローバル化の波に洗われ,アイデンティティー喪失の危機に陥っている。

そんな中で,古事記は「自然との共生,節度ある欲望,二項対立とは別な中間領域を許容する思考,本格宗教にのめり込みにくいアニミズム・シャーマニズム的感性,恋歌文化の柔らかな美意識」(287ページ)といった日本文化の特徴の結晶体として,日本人のアイデンティティーを保持する意義がある。

すなわち,古事記は古代・近代・現在のいずれの「危機の時代」においても,日本人のアイデンティティーを支えるという役割を担っている,というのが本書『古事記の起源』の主張である。

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