吉田敦彦『日本神話の源流』を読む
先月のカンボジア出張中に読んだのがこの本,吉田敦彦『日本神話の源流』
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著者は比較神話学者。フランスでデュメジルの下で印欧語族の神話と日本神話の類似性について研究を行った経験を持つ。
著者は本書の冒頭において,日本文化は「吹溜まりの文化」であるということを述べている。吹溜りといっても否定的なニュアンスではなく,北方・南方,あちこちからの文化が日本に到達し,融合し,日本の文化を形成しているということを表現しているのである。
この本の主張を短くまとめるとこのようになる:
- 日本神話のパーツ,神話素には南方(中国江南地方)由来のものと北方(印欧語族)由来のものとがある
- 南方・北方の神話素をつなぎ合わせ,日本神話に骨格を与えたものは北方神話である
◆ ◆ ◆
南方神話
日本の神話にはオセアニアの神話との類似性が多々見られる。
例えば,
- 海幸彦・山幸彦の神話とパラオ・スラウェシ・ケイ諸島の釣り針神話
- オオゲツヒメ神話とインドネシアのハイヌウェレ神話
などである。これらの神話素は南方神話と称されている。ただし,南方の神話素はオセアニアから来たというよりも,どこか共通の起源があって,そこからイモ類栽培などの農耕文化と共に日本やオセアニアに伝わっていったのだとするのが一般的な考え方である。
著者はこれらの南方神話の起源を中国江南地方~インドシナに至る地域にあると見ている。これらの地域の神話には日本の神話素の痕跡らしいものが見られる。
例えば,海と山との対立によって洪水が発生する話が海幸・山幸の争いに,洪水後に生き残った兄妹が人類の始祖になったという話がイザナギ・イザナミの婚姻に,インドシナに伝わる日食起源神話が天岩戸神話に,という具合である。こういった様々な神話素が縄文時代に焼畑・雑穀農法と共に中国江南地方から日本に伝わったのだろうというわけである。
◆ ◆ ◆
北方神話
このように見ていくと,日本神話には南方要素が強いが,北方要素も負けてはいない。
日本神話と北方神話の類似点の具体例として,まず著者が取り上げるのは,
- イザナギとオルペウスの冥府下り
- アマテラスとデメテル
といった日本神話とギリシャ神話との類似点である。
イザナギとオルペウスはいずれも妻を失い,それぞれ妻を取り戻すために冥府に入ったものの,結局は連れ戻すことに失敗する。
以前,本ブログで「ポリネシア神話」について触れたことがある。そのとき,マオリ族の神話の一つにタネ神が死んだ妻を追いかけて冥府に下る話があることを述べた。
このマオリ族のタネ神の物語もまたイザナギの冥府下りと似ている。ということは冥府下りの話は世界的な広がりを持つ一般的な話なのではないかと思ってしまうのだが,それはスウェーデンのフルトクランツの研究によって否定されているという。細部まで類似しているのはイザナギとオルペウス神話だけなのだそうだ。
アマテラスとデメテルの類似性というのは,かつて三品彰英が指摘したことである:
- 日本神話(日本書紀)では,アマテラスが機織り中にスサノオの暴行(皮を剥いだ馬の投げ込み)により,怪我をし,天岩戸に隠れる
- ギリシャ神話ではデメテルが牡馬に姿を変えたポセイドンに強姦され,憤って洞窟に隠れる
どちらにも馬がかかわっていること,スサノオとポセイドンはいずれも海の支配者であること等も重要なポイントである。
以上のようにギリシャ神話と日本神話の間には「奇妙な一致」が見られる。しかし,ギリシャと日本ではあまりにも遠すぎる。この間のミッシング・リンクを埋めるのが遊牧民である。大林太良は『日本神話の起源』(1961年)の中で,ギリシャ神話が遊牧民によって日本に運ばれた,と推理している。
著者はこの大林太良説を支持し,オセット人の間に伝わる「ナルト叙事詩」を取り上げている。オセット人はイラン系遊牧民アラン人の後裔であり,アラン人はスキタイの流れをくむ民族である。スキタイはギリシャと交流していた。ナルト叙事詩に描かれる習俗は,ヘロドトスの描くスキタイ人の習俗と似ており,また,ナルト叙事詩にはギリシャ神話の影響が濃く表れている。
先ほど取り上げた,イザナギとオルペウス,アマテラスとデメテルの話と同様の話はナルト叙事詩にも見られる。ナルト叙事詩の中では,イザナギに当たる人物としてソスランが,アマテラスに当たる人物としてゼラセが登場している。
というわけで,ギリシャから中央アジアまでつながったが,最後に中央アジアから日本までのルートを埋めなくてはならない。ここを埋めるのが,アルタイ系遊牧民であり,その痕跡が高句麗に残っていると著者は主張する。高句麗建国神話:朱蒙(チュモン)伝説がそれである。
高句麗建国神話と日本神話の類似性については,やはり三品彰英がすでに指摘しているが,本書において,著者はナルト叙事詩と朱蒙伝説の類似性を指摘する。こうして,
ギリシャ → スキタイ → 高句麗 → 日本
という北方印欧語族神話ルートが完成した。
◆ ◆ ◆
骨格形成
ここまでだと,北方と南方の神話素が日本に流れ込みました,というだけの話である。本書第六章「日本神界の三機能的構造」に至って,著者の主張の総仕上げとなる。
この章では日本神話の骨格は北方神話すなわち印欧語族神話によって形成されたということが主張されている。
神話にはいろいろな役割があるが,その一つとして,古代の社会システムの成立過程を説明するという役割がある。
古代の社会システムには3つの機能がある,という見方がある。
- 祭祀
- 軍事
- 生産
この見方によれば,日本神話では祭祀の部分をアマテラスが,軍事の部分をスサノオが,生産の部分をオオクニヌシが体現している。
著者の師匠であるデュメジルによれば,これと全く同じ神界・社会構造が古代の印欧語族の社会には見られた。
社会システムの3機能は神器にも象徴されている。三種の神器のうち,鏡(八咫鏡)は祭祀,剣(天叢雲剣)は軍事,玉(八尺瓊勾玉)は生産の象徴である。本書によれば,同様の3つの宝物がスキュタイ(ヘロドトスの記述による)や高句麗の神話の中にも見られる。
以上をまとめると次の表のようになる:
社会システムの3機能と体現する神々および神器
祭祀 | 軍事 | 生産 | |
---|---|---|---|
日本神話 | アマテラス | スサノオ | オオクニヌシ |
リグ・ヴェダの社会構成 | ブラーフマナ | クシャトリア | ヴァイシャ |
ナルト叙事詩の三大家族 | アレガテ | エクセルテッカテ | ボラテ |
ローマ神話 | ユピテル | マルス | クイリヌス |
ゲルマン神話 | オーディン | トール | フレイル |
日本・三種の神器 | 鏡 | 剣 | 玉 |
スキュタイ王家の黄金器 | 杯 | 戦斧 | 耕具 |
高句麗三王の宝 | 東明王の鼓角 | 瑠璃明王の剣 | 大武神王の鼎 |
高句麗大武神王の宝 | 金璽 | 兵物 | 鼎 |
ここまでビシッと整理して見せられると,見事だと思わざるを得ない。
ただし,やはり南方神話の起源であると考えられる中国江南~インドシナの神話にしても,高句麗神話にしても,日本神話,ポリネシア神話,ギリシャ神話,ナルト叙事詩などに比べると非体系的で断片的でしかないのは,日本神話の研究の根拠資料として弱いかなーと思う。
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