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2012.06.14

谷甲州『天を越える旅人』を読む

忙しいのにもかかわらず,谷甲州の『天を越える旅人』を読んだ。ずいぶん前の小説である。

ものすごく要約すると,「前世を見る能力を持つチベットの少年僧ミグマが,強靭な肉体と老僧の知恵を持つクライマーに成長し,前世からの遺志を継いで宇宙の構造を理解するべく,世界の中心の山である,ヤクシュ・ヒマール登頂にチャレンジする」という内容。

何のことかわからないでしょう。小生も混乱気味です。

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谷 甲州

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この話には3つの側面がある。一つは山岳小説。一つは仏教における求道者の物語。そしてもう一つは宇宙論である。

登山家というのは一種,宗教家のような面があって,山岳小説と求道の物語を重ね合わせることは不思議ではない。しかし,さらに宇宙論まで重ねると「盛り過ぎ」の感がある。それを谷甲州が力技でまとめ上げたという感じがする。


  ◆   ◆   ◆


ストーリーは6章に分かれ,こんな具合に進んでいく。

第1章 失われた過去への旅立ち

チベットの少年僧ミグマは,雪山で遭難し死を迎えるという前世の夢を繰り返し見る。育ての親の老僧が死んだことを機会に,ミグマは過去を探る旅に出る。目指すのは前世で遭難した山,ヤシュティ・ヒマール。

旅の途中で出会った老僧ダンズンの下で「夢見」の技法を覚えたミグマ。「夢見」とは覚醒した状態で夢を見ながら、過去や未来を行き来する技法。この技を覚えた後、ミグマはダンズンの下を去り、さらに旅を続ける。


第2章 須弥山の記憶

旅先でミグマはシェルパのウォンディたちに出会う。シェルパたちはかつてヤシュティ・ヒマール登頂にチャレンジする登山隊のサポートをしていたのだが,その登山隊は雪崩で壊滅し,装備品を置き去りにしたまま解散したという。山の中腹に置き去りになっている装備品を回収するため,シェルパたちは雪山登山をしようと思っているのだが,遭難するかもしれないという予感に苛まれているのだという。

ミグマはシェルパたちに加わり,夢見によってシェルパたちの運命を予見し,全員の生還を成功させる。

ミグマは,ウォンディたちからミグマの前世を知る老シェルパがダージリンにいることを教わる。


第3章 仮想世界の曼荼羅

ミグマはダージリンで老シェルパ・パサンに会い,ミグマの前世はナムギャルというラマだったことを知る。パサンによれば,ナムギャルはヤシュティ・ヒマールが世界の中心,須弥山であり,その証拠がカリンポンのある寺の曼荼羅に残されていると主張していたという。

ミグマはカリンポンに行き,曼荼羅を見る。そして曼荼羅の中に入り込み,ナムギャルに出会う。さらにナムギャルに導かれて,星々を巡る旅,ビッグバンから現在に至る旅,ミラレパからナムギャルに至る前世の体験などを行う。


第4章 死後の世界へ

ミグマはウォンディ配下のシェルパとして,バルドゥチュリ登山隊の登攀支援を行う。そして,バルドゥチュリ登山中に死んで悪霊となったシェルパたちの魂と対峙する。


第5章 転生と復活

バルドゥチュリ山中における悪霊たちとの対決の続き。ミグマは肉体を雪山に残したまま中有(バルドゥ)の中に漂い,悪霊たちの魂を次々に転生へと導く。しかし,その作業を行っている間にミグマの肉体は雪山で滅びてしまう。

ミグマは元の肉体に戻るため,ミグマの心の中の仮想世界で過去へと遡行し,さらにその仮想世界の中のカリンポンの曼荼羅に飛び込むというアクロバティックな行動に出る。そして,ミラレパからナムギャルに至る前世を追体験し,ミグマの肉体が山中で死ぬ寸前のところに戻り,復活する。


第6章 天頂への登攀

17歳でチベットの僧院を出てから10年。シェルパとして数々の遠征に加わり,またインド亜大陸各地への旅を重ねることによって経験を積み,「若者らしい頑健な肉体と老賢者の知性を同時にそなえたクライマーに成長」したミグマはついに,ナムギャルが果たせなかったヤシュティ・ヒマール登頂に挑戦する。

ヤシュティ・ヒマールの山頂は異世界への入り口であり,数多くのクライマーの挑戦を跳ね除けてきた。登山を続けるミグマに対しても,この山の化身であるヤシュティが次々に精神的攻撃を加える。ヤシュティの挑戦に応じながら,ミグマはこの宇宙の構造を把握し,さらにヤシュティ・ヒマールの山頂の向こうに,この宇宙を部分構造として包含する高次の宇宙が存在することを知る。

ミグマは肉体を放棄し,高次の宇宙へと旅立つ。いつか再びこの宇宙に戻り,あの曼荼羅に見聞きした情報を書き加えることを誓いながら……。


  ◆   ◆   ◆


星々への旅,という点ではオラフ・ステープルドンの名作,「スターメイカー」を思い出す。

また,仮想世界とか高次の宇宙の存在という点では,以前,本ブログでも紹介したグレッグ・イーガンのディアスポラ(参照)を思い出す。

ラマがクライミングと曼荼羅の観想を通して宇宙の構造を知る,という本作のアイディアは他に類を見ないものであり,再構成すれば,これらの名作に肩を並べる作品になったのではないだろうかと思う。

この作品,どこが惜しいかというと,ミグマが成長する過程があっさりとしすぎているという点である。

例えば,もともとの(前世からの)素質があるからだろうが,夢見の技法やその応用としての曼荼羅の観想技法,さらにクライマーとしての技術もいつの間にか習得している点。

また,ミグマが遠征と旅を重ねながら「若者らしい頑健な肉体と老賢者の知性を同時にそなえたクライマーに成長」していく過程を,第6章ではあっさり数ページの記述で済ませている点。

いずれにしてももっと書き込んだらどうだろうかと思う。まあ,これは小生の感想であって,ほかの読者はこのままで良いと思っているのだろう。


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  ◆   ◆   ◆


最後に「ヤシュティ・ヒマール」について。

googleで引いても本書の書評サイトに至るだけで,この山が実在のどの山に比定できるのか,有益な情報は得られなかった。

ただ,純粋に架空の山かというとそうではなさそうである。第3章でダージリンの北方にヤシュティ・ヒマールが見えるという描写があるが,実際のダージリンでは北方に世界第三位の高さを誇るカンチェンジュンガが見えることが知られている。小生としては,カンチェンジュンガがヤシュティ・ヒマールなのではないかと考えている。

この山の名前は谷甲州の代表作群である「航空宇宙軍史」シリーズでは「カンチェンジュンガ級宙域制圧戦闘母艦」として登場する。青年海外協力隊の一員としてネパールで活動した著者にとって相当思い入れの強い山なのだろう。

ヤシュティ・ヒマールは架空の山なのかもしれないが,主人公ミグマが登頂に挑戦するのにふさわしい山として著者が思い描いていたのはカンチェンジュンガだったのではないだろうか?


参考:
「天を越える旅人 - 青年人外協力隊」

「山岳小説・詳細データ ~谷甲州~」

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