パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』をどう読むか(1)
4月下旬にマレーシアやインドネシアに出張し,GW前半に台湾に旅行した。これらの旅路で携帯して読んでいたのがパオロ・バチガルピ『ねじまき少女』である。
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ヒューゴー賞やネビュラ賞など主要なSF賞を総なめにした作品なので,読んだ人も多いことだろう。
一応舞台設定を説明すると,石油枯渇後のバンコクが舞台である。石油が無いので,人々はゾウを遺伝子改良したメゴドントという動物を使役して巻いたゼンマイや,足踏み式や手回し式の発電機に頼っている。石炭やメタンガスも使われてはいるが,基本的にメゴドントや人を使って食糧を動力に(カロリーをジュールに)変えることが多いので,現在よりも遥かに食糧生産の重要性が増している。
食糧生産のための田んぼや畑があれば何とかなるかというと,そう簡単にはいかない。遺伝子操作のやり過ぎで植物には瘤病といった恐ろしい病気が蔓延し,他にも植物を壊滅状態に追い込むニッポン・ジーンハック・ゾウムシのような昆虫もうようよしており,アグリジェン社のような種子供給企業=カロリー企業から耐性のある種子を購入しない限り,誰もが食糧の生産ができない状況である。自前の種子バンクを持ち,環境省による強力な防疫体制を整えているタイ王国以外は事実上,カロリー企業の支配下にある。
この世界では地球温暖化の影響も深刻である。海面上昇によって世界中の多くの都市が水没した。バンコクはかつての国王,ラーマ12世の築いた堤防と強力なポンプによってかろうじて水没を免れている。
タイ王国では女王が幼少のため,ソムデット・チャオプラヤが摂政として君臨している。その下で,カロリー企業と組んで対外開放政策を開始しようとする通産省アラカット大臣と,国外からの様々な汚染を食い止めようとする環境省プラチャ将軍とがにらみ合いを続けている。
こうした不安定な状況のバンコクで,
- アグリジェン社のエージェントである西洋人(ファラン)アンダースン,
- マレーシアの過激派グリーン・ヘッドバンドによって家族を皆殺しにされた過去を持ち,今はアンダースンの下で働く亡命華人(イエローカード)ホク・セン,
- 環境省の実行部隊・白シャツ隊の隊長でムエタイの達人のジェイディー,
- その副官で,故郷の村を白シャツ隊に破壊された過去を持つカニヤ,
- そして日本で生まれバンコクに捨てられた人造人間(ねじまき)のエミコ
といった濃すぎる設定を持つ5人がそれぞれの思惑に沿って行動し,やがてタイ王国を揺るがす大事件を引き起こすわけである。
小生の場合,東南アジアとの付き合いが深いせいか,主人公格のアンダースンを含め,タイ王国で悪さばかりしているファランどもには何の共感も覚えなかった。王国を守りぬこうという意思と行動が単純明快なジェイディーや,その逆で,複雑な立場に置かれているがゆえに複雑な意思と行動をとるカニヤに感情移入して読んだ。
もちろん「頑張れ,タイ。負けるなファランの陰謀に」というような単純な内容の小説ではないが,一つの読み方としてはそういうのも有りだと思う。
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コメント
ご無沙汰いたしました。
ちょうど読み終えたばかりのイーガン「イェユーカ」を思い出しました。
SFの最前線は南北問題にありと言うところでしょうか・・・
テクノロジーと資本。この結合は切っても切り離せぬものですね。
投稿: 拾伍谷 | 2012.05.20 23:20