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2012.03.28

ジェームズ・キャメロン監督,マリアナ海溝の底に到達

『タイタニック』,『アバター』でおなじみのジェームズ・キャメロン監督(57)が,現地時間2012年3月26日午前8時,世界で最も深い,マリアナ海溝の底(水深11キロ)への単独潜航に成功した:
ナショジオの記事(英文):"James Cameron Completes Record-Breaking Mariana Trench Dive"

Deepseachallenger

↑マリアナ海溝への旅の出発を伝える特設ホームページの画像


マリアナ海溝の底に到達したのはジェームズ・キャメロン監督が初めてではない。小さいころ読んだ図鑑にも載っていたが,最初にマリアナ海溝の底に人類が到達したのは今から半世紀以上前,1960年1月23日のことである。ジャック・ピカールとドン・ウォルシュがアメリカ海軍の有人潜水調査船「トリエステ号」に乗り組んで,この偉業を達成した。トリエステの偉業については次のウェブページが詳しい:
「『トリエステ』 地球最深部への挑戦:海人のビューポート(覗き窓)」

トリエステ号はスイスの物理学者・探検家オギュスト・ピカール考案による潜水艇「バチスカーフ」の第二号である。ジャックはオーギュストの息子だが,もとはジュネーブ大学の教員として経済学を教えていたが,探検家一族の血が騒ぐのか,この一大プロジェクトに参画し,トリエステ号のパイロットを務めた。トリエステ号によるマリアナ海溝海底到達は米海軍のみならずスイスにとっても誇りである。

このトリエステ号のプロジェクトのスポンサーとなったのはスイスを代表する時計メーカーのRolexである。

こういうトリエステ号による深海底到達の経緯があるためであろう,今回のジェームズ・キャメロン監督の単独潜航ではナショジオとならんでRolexがスポンサーとなっている。

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2012.03.21

こんどはバンドゥン

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スラマッ・パギ。

昨日,強行軍でジャカルタからバンドゥン(バンドン)に移動したわけである。

世界史では「バンドン会議」で有名なところである。

バンドンは海抜700メートルぐらいの高原都市なので,ジャカルタに比べてかなり涼しい。軽井沢に大都会が引っ越してきたような感じだろうか。

縫製(ガーメント)と航空機産業が発達しているらしい。

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2012.03.20

じゃがたら文

今,ジャカルタにいるので,ジャカルタにちなんだ話を。

江戸時代,鎖国の開始とともに,日欧の混血児たちは海外に追放された。寛永13年(1636年)にはポルトガル人と混血児たち287名がアモイに,寛永16年(1639年)には11名の混血児たちがジャカルタに追放された。

ジャカルタに追放された日本人たちが望郷の念に駆られて日本に宛てて出した手紙のことを「じゃがたら文」という。

ジャカルタに追放された混血児の中に通称「じゃがたらお春」と呼ばれる少女がいた。お春が日本の知人に宛てて書いた手紙が長崎の蘭学者西川如見によって紹介されている:

お春からおつたへの手紙(西川如見『長崎夜話草』)

千はやふる神無月とよ うらめしの嵐や まだ宵月の空もうちくもり しぐれとともにふる里を出し その日をかぎりとなし 又ふみも見じあし原の 浦路はるかにへだたれど かよふ心のおくれねば

おもひやる やまとの道は はるけきも ゆめにまぢかく こえぬ夜ぞなき

<中略>
我が身事 今までは異国の衣しょう 一日もいたし申さず候 いこくにながされ候とも 何しにあらえびすとは なれ申べしや

あら 日本恋しや ゆかしや みたや みたや みたや

日本 おつた様 まゐる

じゃがたら はる より


「じゃがたらお春」の手紙の全文は次のブログで紹介されている:
「路傍の虫の声:あら日本恋しや じゃがたらお春」

このお春の手紙は少女とは思えない名文であり,江戸時代から偽作の疑惑。現在ではほぼ偽作であろうと断定されている。

日本に残っている確実な「じゃがたら文」としては「こしょろ」という女性からその乳母に宛てた手紙がある:

こしょろから乳母への手紙(平戸観光資料館(閉鎖)->松浦史料博物館,木田家所蔵)

日本こいしや かりそめにたちいでて 又とかへらぬ ふるさとと おもへば 心も こころならず なみだにむせび めもくれ ゆめうつつとも さらにわきまえず候共 あまりのことに 茶つつみひとつ しんじあげ候
あら にほんこいしや
うば様まゐる
こしょろ

この手紙はオランダ人によって日本に運ばれた袱紗の裏に書かれていたものであり,木田家に伝わっている。

こしょろの素性は全く不明であるが,日蘭混血の女性であろうと推定されている。

先に取り上げたお春の方は身元がはっきりしている。イタリア人航海士と日本人キリスト教徒の女性との間に生まれた女性である。

じゃがたら文だけを読むとお春は悲劇の主人公のような印象を受けるが,後にジャカルタ(バタビア)でオランダ東インド会社(VOC)職員(この男性は日蘭混血児)と結婚し,同地の特権階級として優雅に暮らしていたようである。

【参考】
インドネシア専科:じゃがたらおはる
辻村寿三郎『創作人形の世界』:ジャガタラお春

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2012.03.19

インドネシア料理を食べた件

午前中の仕事が終わったので,カウンターパート(BAPPENASの人)と一緒にインドネシア料理屋"Sate Khas Senayan"に行った。

Satekhassenayan01

お昼時なので,店の中は結構混んでいた。

Satekhassenayan02

カウンターパートに勧められて頼んだのが,まずこの店の名物でインドネシア料理の代表でもある,「サテ "sate"」である。

Satekhassenayan03

ようするにインドネシア風焼き鳥。これは既に甘辛のたれがかかっているのだが,さらにピーナッツバターにつけながら食べる。非常にうまい。

サテと一緒に頼んだのが,インドネシアのスープ,「ソト "soto"」である。下の写真の左上の椀に入っているのがそう。

Satekhassenayan04

あっさりとした塩味で,中には春雨みたいな麺が入っている。これも旨い。

今回食べたサテもソトも,割と日本人好みの味だろうと思う。


  ◆   ◆   ◆


今日使ったインドネシア語:

Selamat pagi  スラマッ・パギ  おはようございます
Nama saya ...  ナマ・サヤ    私の名前は…
Ini cartu nama saya  イニ・カルトゥ・ナマ・サヤ  これは私の名刺です
Terima kasih  トゥリマ・カシ  ありがとうございます
Selamat siang  スラマッ・シアン  こんにちは

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2012.03.18

ジャカルタにいるわけで

昨日からジャカルタにいるわけである。

Meridienjakarta

今泊まっているLe Meridien Jakartaは金融街ジャンデラル・スディルマン通り(JALAN JENDERAL SUDIRMAN)に面している。

Maparoundmeridien

ジャンデラル・スディルマン通りは片側5車線,計10車線のかなり大きい道路であるが,非常に緑豊かな通りである。

Street

緑豊か過ぎて,歩道なんか,歩くのに困るほどである。

Streetplant

メリディアンを出て,ジャンデラル・スディルマン通り沿いの歩道を北上するとなにやら凄いビルが登場する:

Davinci01

Davinci02

Davinci03

なんだこりゃ。"Da Vinci Tower"というらしい。この記事「ダビンチタワー」によると,シンガポールの不動産屋ダビンチグループが建てたものらしい。高級家具が陳列してあるそうで,まあ大塚家具のようなものか? ペントハウスはこの国最高額らしいが,華僑の大物でも住んでいらっしゃるのだろう。

さらに少し北上して左折し,カレット・パサール・バル・ティムール5(Jalan Karet Pasar Baru Timur 5)という通りに入ると景色が少し変わる:

Street02

やっぱり緑豊かな所だと思う。

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2012.03.16

今度はジャカルタへ

この間までラオスに行っていたのだが,今度は明日からインドネシアのジャカルタへ。

毎月,温度差の激しい出張を繰り返しております。

800pxflag_of_indonesia_svg

インドネシアの通貨ルピアの相場は,大体100ルピア=0.9円ぐらいの様子。ルピアからゼロを二つ除くと円になるような感じ。ラオスのkipと同じような感じである。

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2012.03.11

宇部の黄幡社(おうばんしゃ)

健康維持のためにウォーキングをしているのだが,車の移動では気付かなかったものを発見したりする。

Oubansha

宇部市下条1丁目には小さな丘があるのだが,古墳かと思って登ってみたら,こんなものがあった。

Oubansha01

Oubansha02

これは黄幡社(おうばんしゃ)と言い,牛馬の神を祭る社である。
この社の由来は,次の写真に示すとおりである:

Oubansha03

今,黄幡神(おうばんしん)を牛馬の神,と言ったが,本来の黄幡神は九曜の一つ,羅睺(らごう)である。羅睺というのは,太陽や月の兄弟で,日食や月食をもたらす神,「ラーフ」のことであり,祟り神である。

なんでラーフこと黄幡神が牛馬の神になるのか?これには複雑な事情がある。

ラーフは太陽や月の兄弟であるが,これと似た立場の神が日本にもいる。スサノオである。太陽神アマテラスと月神ツクヨミの弟である。この類似した立場から(というか本来は同じ神だったのかもしれない),ラーフこと黄幡神は日本に入ってからはスサノオと習合した(同一視された)。

さて話が飛んで京都の八坂神社には牛頭天王という異国由来の神が祭られている。薬師如来が日本に現れる時の一形態である。疫病をつかさどる神とされている。

新羅の国に牛頭山という山があり,熱病に効く生薬であるセンダンを産した。牛頭天王はこの山の神とされた。日本書紀によると,スサノオはこの牛頭山(新羅名:ソシモリ)に降臨したという記述がある。このため,スサノオ=牛頭天王と見なされるようになった。

つまり,ラーフこと黄幡神と牛頭天王がスサノオを介して同一の神と見なされるようになったわけである。

日本の民間信仰では,牛頭天王はその名前から,牛の神と見なされるようになった。馬の神としては馬頭観音が祭られた。いつのまにか,役割がごっちゃになって,牛頭天王は牛馬の神となった。今さっき述べたように,牛頭天王=スサノオ=黄幡神なので,黄幡神は牛馬の神,ということになるわけである。

ああややこしい。

【3月15日加筆】

スサノオ関連の推薦図書を挙げておく。

スサノオと羅睺の関係について取り上げたマンガはこれ:

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スサノオと馬の直接的な関係を取り上げているのはこれ:

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「暗黒神話」はせっかくだから「孔子暗黒伝」とセットで読むと良い。

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2012.03.03

日産がはっきり言ってくれた: わが社の文化に合う有能な人材を作ることを大学に期待する

ほんの数日前にラオスから帰国したのだが,日本に来てもまだ,主として東南アジアの人々と一緒に仕事をしていたりする。そろそろ日本語だけ喋りたいのですが・・・。


さて,大学は人材の供給元,企業は人材の受け入れ先,ということで切っても切れない縁があるわけだが,仲がいいかというとそうでもない。

大学側の育てたい人材像と企業側の欲しい人材像とがミスマッチし放題なので,互いに握手しながら,すねをけり合っているような感じで長年付き合いが続いている。

ミスマッチについては大学も企業も互いになんとなく知っているものの,礼儀を知っているというか,奥ゆかしいというか,腹を割って話すことはあまりないのだが,とうとう日産がはっきり言ってくれた。

某日,国内外のビジネススクールや企業が日産グローバル本社の会議室を借りて会合を開いたのだが,その際,日産代表者がプレゼンテーションで,ビジネススクール側に対して次のように明確な希望を述べた:

Expectations to Business Schools:

To provide high potential people who matches the culture of NISSAN

ビジネススクール相手に言っているのだが,大学全体に対しても同様な思いだろう。

つまりは「わが社の文化に合う有能な人材を作ることを大学に期待する」ということに尽きる。

企業は利益を出すのが最大の仕事。だからそのために役に立つ人材だけ欲しいというのは当たり前。

だからといって,大学側が特定の企業にフィットした人材ばかり育成するわけにはいかない。大学は社会への貢献を目的とした組織だからである。

<参考: 学校教育法 第九章 大学>
第八十三条  大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。

2  大学は、その目的を実現するための教育研究を行い、その成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。

大学と企業の溝は埋まるわけがない。

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