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2012.02.01

『怪帝ナポレオン三世』を読んだ件

鹿島茂の『怪帝ナポレオン三世』(講談社学術文庫)を読んだ。

フランス第二帝政期(1852~1870年)を描いた本である。

怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史 (講談社学術文庫)怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史 (講談社学術文庫)
鹿島 茂

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「あとがき」も含めて605頁もある分厚い本だが,読みやすいし面白い。

いわゆる左翼史観でナポレオン三世の政治家人生を要約すると,「好色の馬鹿がクーデターで皇帝になり,国民のご機嫌取りのために行き当たりばったりの政治を行い,新興プロイセンに敗北して捕虜になった」となるのだが,「それは違う。ナポレオン三世はもっと評価されるべきである」というのがこの本の論調である。

左翼史観では,

○ナポレオン一世:オリジナル

●ナポレオン三世:劣化コピー

という評価になる。

皇帝ナポレオン一世(国民投票に基づく即位なのでどちらかというと「終身大統領」)はフランス革命の成果を継承し,王や貴族の握っていたものを市民に受け渡していく役割を担った偉大な人物であるのに対し,ナポレオン三世はというと,ただの馬鹿で,国民を浮き足立させ,国力を弱め,フランスに敗戦と混乱をもたらした人物,という扱いである。

こういう悪評を定着させたのは同時代人のヴィクトル・ユゴーとカール・マルクスの両名である。


  ◆   ◆   ◆


しかしながら,本書を読むと,ナポレオン三世の評価は一変する。

「好色」の点は変わらないが,若いころに影響を受けた「サン・シモン主義」に根差した,民衆の生活向上のために社会の改革を行うという意志を持った「世界で最初のイデオロギー的な君主」(本書221頁)だということがわかってくる。

ナポレオン三世は1844年に『貧困の根絶』を著し,


  • 国家予算はモニュメントの建立や大規模な軍隊の維持といった非生産的なことに使ってはならない

  • 産業振興や労働環境の改善に用いられるべきである

  • その結果として新たな富が生まれ,大衆の貧困が根絶される


と主張している(本書244頁)。

そのような考えの下で行われたのが,労働者住宅(1852年)やリハビリ施設(1855年)の建設,無償教育の保障法(1850年)や老齢年金(1850年)といった無数の福祉法の施行である。左翼史観ではこうしたナポレオン三世主導の社会保障政策についてわざと目を閉ざしている。

ペレール兄弟によるクレディ・モビリエの設立,すなわち無担保で長・短期の信用貸しを行うベンチャー・キャピタルの設立の認可もまた,ナポレオン三世の「サン・シモン主義」政策の一環である。クレディ・モビリエの登場は鉄道建設ブームを引き起こし,フランスの産業基盤整備に貢献した。

オスマンによるパリ大改造もまた,ナポレオン三世の抱く労働者ユートピアの夢を実現する一策である。パリ大改造はパリを無秩序な開発から解放し,その衛生環境を向上させた。

ナポレオン三世はフランスの「労働運動の父」(本書472頁)でもある。ロンドン万博(1862年)に労働者の代表200人を派遣し,イギリスの労働環境の視察を行わせた。これを機に労働運動が活性化し,労働者の団結権を認める法案が成立(1862年)。また,1864年,ナポレオン三世は労働者インターナショナルのフランス支部設立を認可した。


  ◆   ◆   ◆


このように社会改革に関しては偉大な君主だったのだが,ただ一点,軍事的才能が無かったことが後の評価に響いているのだと小生は思う。

イタリア戦争・ソルフェリーノの戦いにおけるナポレオン三世の指揮の無能っぷりが披露されている(本書443~446頁)が,それよりもやはり,普仏戦争における,フランス軍の連戦連敗が,ナポレオン三世の軍事面での無能さを強く印象付けている。

もちろん,普仏戦争の敗北は戦地で指揮を執る将軍たちやパリで留守を守っている皇后ウージェニー(エウヘニエ)にも原因があるのだが,最終的な責任はナポレオン三世に帰されるべきだろう。

普仏戦争の敗北が,ナポレオン三世のそれまでの功績を覆い隠してしまっていると思う。


  ◆   ◆   ◆


1873年1月,ナポレオン三世は亡命先のイギリスで膀胱結石が原因で死去する。葬儀にはフランスから1万人以上が駆け付けた。その中には労働者代表団88人も含まれていた(本書584頁)。ユゴーとマルクスがいかにナポレオン三世を悪く言おうとも,当時の労働者たちがナポレオン三世をどのように評価していたかがわかる記述である。

鹿島茂は最後(本書588頁)にこう結ぶ:

ナポレオン三世こそは「評価されざる偉大な皇帝」なのである。

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