『共喰い』<-イマジネーションの勝利
現在発売中の『文藝春秋 3月号』では,田中慎弥&円城塔の芥川受賞作の全文が選評とともに掲載されている:
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これまで本ブログで田中慎弥に注目してきたこと(「田中慎弥先生の受賞後第1作は「竹やぶ」」,「田中慎弥『共喰い』,バカ売れの件」)でもわかるように,小生としてやはり気になるのは『共喰い』の選評である。
黒井千次の選評は『共喰い』の特徴を簡潔かつ余さず押さえて評したもので,選評・書評というのは書くあるべしという手本のようなものだった。「冒頭の海に近い澱んだ川の描写には暗い力がひそみ,それが全編を貫いている」(同誌362ページ)という一文には納得。
黒井千次の選評も良いが,もっとしっくり来たのは高樹のぶ子の選評。
「一読し,中上健次の時代に戻ったかと思わせたが,都会の青春小説が輝きも確執も懊悩も失い,浮遊するプアヤングしか描かれなくなると,このように一地方に囲い込まれた土着熱が,新鮮かつ未来的に見え,説得力を持ってくる」(同誌365ページ)
「都会で浮遊する若者に較べて,地方の若者は質量が大きい。今後この質量の差は,さらに拡大するのではないだろうか」(同誌同ページ)
『共喰い』の持つ魅力を「質量」という言葉で表現したところはさすが。性と暴力という重い主題があって,さらに下関弁,川の周辺に生息するフナムシ,蟹,鷺,鯔,鰻,カタツムリといった生き物の丹念な描写が質量を増加させている。
ただし,高樹のぶ子の言う「都会の青春小説が輝きも確執も懊悩も失い」という部分に関しては,吉田修一『横道世之介』という傑作があるので(確執は無いかもしれないが),おいそれと賛同するわけにはいかない。
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文藝春秋3月号の受賞者インタビューを読むと,『共喰い』という作品中の川釣りの描写は田中慎弥の体験がベースにあるようだ。
しかし,暴力の描写については「自分のなかに暴力が内包されているわけじゃないし,周りに暴力を振るう人間もいない」(同誌376ページ)と言っているので,これは完全なるイマジネーションの産物であると思われる。インタビューでは触れられていないが,性描写についても経験がベースにあるわけではないだろう。
みうらじゅんがかつて「童貞力」ということを言った。経験が無いことがクリエイティブな力を生むということである。この説を採るならば,職歴を持たず執筆三昧という作者の生活こそがイマジネーションを育み,かえって生々しい性と暴力の描写を生み出したのではないだろうか。
『共喰い』の芥川賞受賞はいわば田中慎弥の脳力=イマジネーションの勝利と言えるのではないだろうか。
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