山本義隆『福島の原発事故をめぐって』を読む
かつて受験生だったころ,山本義隆といえば『物理入門』(駿台文庫)の著者だった。
小生が最後まで読みとおした参考書は『物理入門』と,高田瑞穂『新釈 現代文』(私はこれで共通一次(死語)国語198点を達成しました)の2冊だけだった。
チャート式とは全く異なる演繹的な記述,方程式の表している意味に関する深い洞察には感動さえ覚えた。だからといって物理の点数がメキメキ上がったわけではない。
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大学に入った頃,この人がかつては東大全共闘議長として伝説的な存在だったことを知った。この人は学生運動の後,研究者の世界(素粒子論)を去り,物理教育と科学史の専門家となった。
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先ごろ,この人が福島の原発事故に関する本を著し,それが大きな反響を呼んでいるという話を知った。そこで,小生も入手して読んでみた。
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8月に刊行された,本文100頁未満の小著である。小生が購入したものは既に8刷に達している。みすず書房の書籍としてはベストセラーの部類に入るのではないか?
福島原発事故の問題の本質は,技術や運営組織の欠陥にあるのではなく,核技術保有による国際的発言力の確保という意図の下,原発建設に伴って生じる様々な利権を保持しようと努める「原子力村」集団の存在にある,というのが本書の論調である。
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本書は三章に分かれる。それぞれ,国際政治,技術論,科学史の観点から今回の問題を論じている。
第一章「日本における原発開発の深層底流」では,戦後政治史の観点から,日本の原子力政策は経済や産業における必要性から生じたものではなく,「潜在的核保有国の状態を維持」(24ページ)し続けるという目的から生じたものである,ということが論じられている。
すなわち原子力政策は「外交・安全保障政策」の一部であり,経済的収益性や技術的安全性は二の次ということを指摘している。
第二章「技術と労働の面から見て」では,原発は極めて未熟な技術であり,しかも試行錯誤が許されないという特異な面があることを述べている。
機械工学にせよ,化学工学にせよ,電気工学にせよ,これまで様々な事故を経て安全性を高めてきた経緯はあるが,原子力の場合は,ひとたび事故が起これば,空間的・時間的規模において他の分野に類を見ないほどの被害が発生するという点で特異である。
有毒な化学物質は化学的に処理できるのに対し,放射性廃棄物を無害化する技術を人類はまだ手にしていない。廃棄物が無害化するまで数万年も待つしかないような技術は未熟技術としかいえないだろう。
第三章「科学技術幻想とその破綻」では,経験によって応用が広がっていった水力や火力などの動力と異なり,原子力は「完全に科学理論に領導された純粋な科学技術」(89ページ)であって,「優れた職人や技術者が経験主義的に身につけてきた人間のキャパシティーの許容範囲」(同ページ)を超えた技術である,と論じている。
科学史的観点から見れば,自然を人間が完全にコントロールできると信じたベーコンの夢がこの3.11の震災によって打ち砕かれたわけであり,人類は自然に対する畏れの感覚を取り戻すべきであると主張している。
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国際政治のパワーゲームの一端を担う原発,原発を巡る利権集団「原子力村」の存在,経済性や技術的安全性の観点からの異論を許さない「原発ファシズム」といった話は,過去の雑誌や書籍でも取り上げられた話(左翼史観だとか陰謀史観だとか言われることもある)であり,目新しくないと批判することは可能である。
また,自然に対する畏怖を思い起こし,脱原発社会を目指す,という主張は具体性を欠く感情論にすぎないと批判することも可能である。
だが,100ページ未満のボリュームの中で,多数の文献を引用しつつ,戦後政治史,技術論,科学史といった複数の観点から原発の問題点を論じ切っている手腕には驚かされる。
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小生が唯一,気になったのは日本が核技術保有に固執していることを「アジアの諸国にはきわめて危険に映っている」(22ページ),「アジアに緊張をもたらす」(同ページ),「アジアの民衆に背を向けた」(93ページ)という表現している箇所である。まるでアジア諸国が平和を希求しているのに対し,日本だけが核技術を保有しアジア各国を脅かしている,というような印象を受ける表現である。
しかし現実には,アジア各国でも原発の建設は日本以上の勢いで推進されている。韓国では12基14.8GW,中国では45基51.7GW,インドでは29基24.5GW,ベトナム・タイ・インドネシアではそれぞれ2基ずつが建設あるいは計画中である(資源エネルギー庁「エネルギー白書2010」)。
福島原発事故をきっかけに日本の原子力政策について猛省すべきことは猛省すべきであるが,アジア各国に対しても同様に目を向けるべきではないだろうか。
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