鳥居哲男『清らの人 折口信夫・釈迢空』を読む
一年以上も前にオアゾの松丸本舗で購入しておきながら,手を付けずにいた『清らの人 折口信夫・釈迢空』を読んだ。
これは,折口信夫=釈迢空に対する,敬愛の念に満ちた論考だった。
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折口信夫に対しては保守反動,人嫌い,女嫌い,同性愛者等の偏見が存在する。とくに加藤守雄『わが師 折口信夫』は肉体的行動を伴った同性愛者としての折口信夫像を決定的なものとした。
しかし,かつて国学院に学び,折口の直弟子達(西角井正慶,岡野弘彦,高崎正秀,倉林正次)の謦咳に接してきた著者・鳥居哲男にとって,同性愛者,人嫌い等のレッテルは受け容れ難いものだった。
昭和50年代,経済的な苦境の中で折口信夫の歌に再会した著者は,それ以後,折口の著作と折口に関する評伝・論文を渉猟し,論考を重ね,ついに著者なりの折口信夫像を見出した。
数々の偏見のレッテルを剥がした後に出てきたのは,世俗の価値基準を嫌い,男女の別なくどのような人に対しても精神の高みを求め続け,そしてまた幼いもの・純真なものに対しては細やかな愛情を注ぐ「清らの人=折口信夫」の姿だった。
◆ ◆ ◆
以前,折口信夫に関する別の論考,木村純二『折口信夫―いきどほる心』を読んだ(「【愛欲・残虐・猾智こそ神の本質】木村純二『折口信夫―いきどほる心』を読む【生涯不婚の決意】」)。
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同書では,折口信夫が時折見せる,すさまじいばかりの怒りに注目した後,時として全てを破壊するような怒りを発する,人知を超えた非合理的な存在=神々を真摯に探求する者として折口を描き出す。そして,折口がそのような神々を探求する背景には,母の不義や同性愛の問題といった折口の負い目,暗い情念があったのではないかと推測している。
同書を読んだときはなるほどと思ったのだが,今回『清らの人』を読んだことにより,また別の側面に触れることができたと思った。すなわち,『折口信夫―いきどほる心』では怒りのパワーや折口の人生の暗黒面のみクローズアップされていたわけだが,『清らの人』によって,折口の人間性の幅の広さを知ることができたと思う。
学問における不誠実さや俗世間の価値観への迎合に対しては凄まじい怒りを発露する一方で,弟子の娘に対しては菓子を持たせ,歌で祝福するような細やかな愛情を注ぐ。
折口信夫は大いに怒り,大いに愛し,大いに遊び,大いに食べる。まるで古代の神々のようなおおらかさと多面性(著者は「八心思兼神(ヤゴコロオモイカネノカミ)」と表現している)を備えている。これはいささかの俗物性も持たない「清らの人」であることの証明なのだと,著者は述べている。
本書は従来の偏見に満ちた像から折口信夫を解き放つ論考である。
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コメント
読んでいて、「女流の歌を閉塞したもの」と言う小論があることを思い出しました。
女流批判なのですが、傲慢な教導や浅薄な女性論ではなく、彼女たちのおかれた困難に寄り添い共に試行錯誤する折口の姿には対象への深い愛情と、それを隠そうとしない決然とした意志を感じます。そうした内なる情熱を包み込んだ柔らかく豊かな文体は不思議なほどにユーモラスでもあります。
とても好きな文章ですね。
投稿: 拾伍谷 | 2011.12.20 15:31
「ユーモラス」で思い出したのが,折口が関西の落語・漫才を非常に好んでいたことです。折口に関してはユーモアも重要な要素です。
今後紹介する予定の石上堅「折口信夫 歌がたみ 愛」では寄席でエンタツ・アチャコの演目を聞いていたことが記されています。
投稿: fukunan | 2011.12.22 16:52