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2011.11.28

Rでカンボジアの塗り分け地図を作る

以前,Rを使ってカンボジアの白地図を描く方法を紹介した(「Rでカンボジアの白地図を書く」)。

今度は塗り分け地図(Choropreth Map)を作る方法を紹介するウェブページを作ったので,ここで紹介する。

Rでカンボジアの地図の塗り分けをする

かの高名な青木繁伸先生(群馬大学)の作成したグラフィック関連プログラムを参考にcmb.map()という関数を作った。Rでカンボジアの塗り分け地図を作りたいという人(余り需要はなさそうだが)は自由に使っていただきたい。


使い方

cmb.map(zdata, t, 9, "[person/km^2]")

のようにパラメータを入力して使用する。

1番目のパラメータ:zdataは24の州・特別市に対応した長さ24のベクトルデータ。
データは:

Banteay Meanchey, Battambang, Kampong Cham, Kampong Chhnang, Kampong Speu, Kampong Thom, Kampot, Kandal, Koh Kong, Kep, Kratie, Pailin, Sihanoukville, Mondul Kiri, Oddar Meanchey, Phnom Penh, Pursat, Preah Vihear, Prey Veng, Ratanak Kiri, Siem Reap, Stung Streng, Svay Rieng, Takeo

の順に並べなくてはいけない。

2番目のパラメータ:tは色分けを行うための閾値(境界値)で4つの数値を持つベクトルデータである。
3番目のパラメータはカラーパレットの番号。9番はHeat Colorと呼ばれる赤系統の色を使ったカラーパレット。
4番目のパラメータはtの単位で,凡例の上に表示する。


使用例

2008年のカンボジアの州別人口密度をプロットする。

まず,人口密度データをPD2008というベクトルに収納する:

PD2008 <- c(102,88,172,85,102,46,74,355,13,106,29,88,230,4,30,
4571,31,12,194,14,87,10,163,237)

つぎに閾値を定めプロットする。

t <- c(50, 100, 200, 500)
cmb.map(PD2008, t, 9, "persons/km^2")

次のような画像が現れればOK。

Cmbpopdens

詳細は次の3つの頁を見ていただければわかると思う。
ソースコードやshapeデータの入手方法も全て公開しているので,自由に活用していただきたい。

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2011.11.24

セリフなしのギャロが逃げる逃げる

YCAMで映画を見てきた。

イエジー・スコリモフスキ監督,ヴィンセント・ギャロ主演『エッセンシャル・キリング』(Essential Killing):

Essentialkilling

あらすじ

アフガニスタンの兵士(※1)に扮したヴィンセント・ギャロが米軍の捕虜になる。移送途中の雪山で輸送車が横転事故を起こし,ギャロは逃走。そのあとは雪深い森林をひたすら逃げ続ける,という話。

ギャロ演ずる捕虜は決していい人というわけではなく,必要とあれば一般人もバンバン殺していく。

途中,何度か叫ぶシーンはあるが,ギャロのセリフは一切なし。

イスラエル,ポーランド,ノルウェーでロケを行ったという話だが,雄大な極地の風景には息をのむ。特に森林や雪原の中を逃亡するシーンを見ていると,こちらの手足が凍りつくかのような気持ちがしてくる。

イエジー・スコリモフスキが「ランボー」とタルコフスキーを足して割ったような作品と言っているそうだが,むべなるかな。


※1: チラシにはアラブ人兵士と書かれているが,女性のブルカがアフガニスタンのパシュトゥン族風なので,たぶんアフガニスタンの兵士をイメージしているのだと思う。


不思議なところが2点ある。

(1) いったいどこなんだ?
ギャロ演ずる捕虜は米軍による輸送中に逃走したわけだが,森林地帯で現れる登場人物たちはポーランド語ないしロシア語を話している。

まあ,ドキュメンタリーではないから地域を特定する必要はないが。


(2) 予知夢?
ギャロ演ずる捕虜は雪の中で何回か居眠りする。そのときに見る夢は主として過去の記憶で構成されているのだが,一部だけ,夢を見た後で起こる出来事が混じっている。

例えば,木こりのおじさんを殺害するシーンとか,血を流しながら馬に乗って移動するシーンとか。

これらは予知夢だろうか?


第67回ヴェネチア国際映画祭,審査員特別賞,最優秀男優賞受賞作。

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2011.11.21

ブログでPMVの計算を

以前Javascriptで作ったPMV(Predicted mean vote)の計算プログラムをブログでも使えるように書き直したので,ここで公開いたします(以前のバージョンはここ。エクセル版もあります)。

データを入力して"Calc"ボタンを押すだけ。

入力データ:

代謝量 Metabolic rate: [W/m2]
外部仕事 External work: [W/m2]
気温 Air temperature: [degree Celsius]
放射温度 Radiant temperature: [degree Celsius]
相対湿度 Relative humidity: [%]
衣服の熱抵抗 Clothing: [clo]
気流速 Air velocity: [m/s]


結果:


PMVの解釈:
+2: Warm 暑い
+1: Slightly warm やや暑い
0: Neutral 中立
-1: slightly cool やや寒い
-2: cool 寒い

参考:田中俊六ほか『最新 建築環境工学 改訂第3版』(井上書店、2006年)、p. 60

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2011.11.18

ホンダの近藤会長のご講演

ホンダの近藤会長のご講演
山口大学の常盤キャンパス(通称:工学部キャンパス)にホンダの近藤会長が来られてご講演。

近藤会長は山口大学の文理学部の卒業生。

ホンダは、利益を出し、株主配当を出すことができる限り、無駄と言われようと、夢のある研究開発を続けるのだそうだ。

株主資本主義だと短期的に効果が出ない研究開発投資は御法度だが、そういう方針を採らないのが本田宗一郎イズムである。

ホンダだからこそASIMOやジェット機を生み出すことができた。

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梅棹『東南アジア紀行』の時代(2)

梅棹忠夫『東南アジア紀行』の第二章では資金調達の苦労が語られている。

大阪市立大学の調査隊が東南アジアへの調査旅行を行った1957年~1958年は「なべ底不況」と呼ばれるデフレーションの時期である。

当時,日本銀行は国際収支改善のため,金融引き締め策を採った。日本の外貨準備高は史上最低で海外での活動に必要なドルの割り当てには制限が加えられていた。

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梅棹忠夫たちは調査旅行の為に1日15ドルが必要だと考えていた。しかし実際に手にすることができた外貨枠は1日たったの4ドル,100日分だった。

これはあくまでも外貨枠であって,梅棹たちはそれに充当するための円貨を得なくてはならなかった。さらに調査のための資材調達等にも資金は必要だった。

梅棹たちは大阪市から50万円を得たものの,それだけでは足らず,様々な企業からの寄付を募ることとなった。

岩波映画製作所からは記録映画を撮るという名目で前金をもらい,さらにベル・ハウエルの16ミリ映写機を借りた。

朝日新聞社,朝日放送,中央公論社といったマスコミからも資金を得たが,その代わりに梅棹は「筆債」を追うこととなった。「筆債」というのはようするに帰ってから原稿を書くという約束である。


梅棹忠夫にとっては資金調達の苦労が一番つらかったようで,そのことについてはあまり書きたくないと述べている。しかし,資金集めのための活動を企業に対して積極的に行ったことは,現代の研究者たちも大いに見習うべき点ではないかと思う。

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2011.11.17

梅棹『東南アジア紀行』の時代(1)

1957年11月,梅棹忠夫率いる「大阪市立大学東南アジア学術調査隊」によるインドシナ半島を巡る調査旅行が始まった。

隊員は藤岡喜愛,川村俊蔵,小川房人,依田恭二,吉川公雄,そして梅棹の6人だった。

6人は三菱重工からて供されたJ3, J6, J11という3台のジープに分乗し,1957年末から翌年の春にかけて,タイ・カンボジア・南ベトナム・ラオスを巡り,これらの国々の自然環境と文化を調査した。

彼らは「戦後日本が東南アジアに送り出した,最初の学術調査隊」(石井米雄)であり,その隊長が記した記録が,この『東南アジア紀行』である。

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タイにとって1957年という年は,サリット・タナラットがクーデターによって政権を掌握した年である。

ラオスでは前年の1956年に王国政府とパテート・ラーオ(左派)との間で和解が成り,連立政権が樹立されたところだった。

ベトナムでは第一次インドシナ戦争終結(1954年)以降,国家が南北に分裂し北緯17度線を挟んで両者が対立している状態だった。

カンボジアでは独立(1953年)以来,ノロドム・シハヌークによる,巧みに見えて極めて不安定な政治が展開されていた。

動乱の時代に訪れた一瞬の平和。その機に行われたのがこの調査旅行である。

資金も無く,言葉も不自由,情報も十分でない状況の中,梅棹はじめとする隊員たちの情熱と現地の人々の協力により,この調査は大いなる成果を収めた。

戦後の東南アジア研究は彼らによって始まったと言っても良い。

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2011.11.08

梅田再開発やりすぎ?

某仕事で久々に大阪・梅田に行ってきたのだが、再開発が進みすぎて浦島太郎状態。

そもそも,あの小汚かった大阪駅が,大屋根が乗っかって空港のようになっているのでびっくりした。リニューアルオープンの情報は知っていたが,実際に見ると,やっぱり想像を超えている。

梅田再開発やりすぎ?

梅田再開発やりすぎ?

もっと驚いたのが大阪駅北地区の再開発。貨物駅がこんなビル群になるとは。
いわゆる「グランフロント大阪(GRAND FRONT OSAKA)」開発事業である。

梅田再開発やりすぎ?

しかし,某事情通にお聞きすると,すでにいろいろ暗雲が立ち込めているとか。

某ゼネコンは売上至上主義,つまりはキャッシュ欲しさに大赤字で受注しているという。

また,巨大ビル群を埋めるに足るテナントが確保できない可能性が大きいという。そういえば,先行して建設された大阪駅周辺のオフィスビル群をみると,電灯がついていない部屋が圧倒的に多い。現状の家賃が高くて,借り手が家賃が下がるまで様子見をしているということもあるだろうし,そもそも駅周辺のオフィスが供給過剰ということもあるだろう。

再開発が一段落した時に本当のことがわかる。

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