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2011.11.17

梅棹『東南アジア紀行』の時代(1)

1957年11月,梅棹忠夫率いる「大阪市立大学東南アジア学術調査隊」によるインドシナ半島を巡る調査旅行が始まった。

隊員は藤岡喜愛,川村俊蔵,小川房人,依田恭二,吉川公雄,そして梅棹の6人だった。

6人は三菱重工からて供されたJ3, J6, J11という3台のジープに分乗し,1957年末から翌年の春にかけて,タイ・カンボジア・南ベトナム・ラオスを巡り,これらの国々の自然環境と文化を調査した。

彼らは「戦後日本が東南アジアに送り出した,最初の学術調査隊」(石井米雄)であり,その隊長が記した記録が,この『東南アジア紀行』である。

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タイにとって1957年という年は,サリット・タナラットがクーデターによって政権を掌握した年である。

ラオスでは前年の1956年に王国政府とパテート・ラーオ(左派)との間で和解が成り,連立政権が樹立されたところだった。

ベトナムでは第一次インドシナ戦争終結(1954年)以降,国家が南北に分裂し北緯17度線を挟んで両者が対立している状態だった。

カンボジアでは独立(1953年)以来,ノロドム・シハヌークによる,巧みに見えて極めて不安定な政治が展開されていた。

動乱の時代に訪れた一瞬の平和。その機に行われたのがこの調査旅行である。

資金も無く,言葉も不自由,情報も十分でない状況の中,梅棹はじめとする隊員たちの情熱と現地の人々の協力により,この調査は大いなる成果を収めた。

戦後の東南アジア研究は彼らによって始まったと言っても良い。

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