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2011.05.09

松前健『日本の神々』(中公新書)を読む

宗像教授シリーズが当分休みなので,復活するまで(本当に復活するかどうかは知らないが),日本神話について勉強しておこうと思い,新書や文庫で手に入る本を漁っている。

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で,先ほど読み終えたのが,松前健『日本の神々』(中小新書372)である。東京に出張したら必ず参詣する「松丸本舗」で購入した。


日本の神々 (中公新書 (372))
松前 健
中央公論新社 1974-09

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初版が1974年なので,内容はもはや大昔の研究成果ということになるのだが,それでも「古事記」「日本書紀」に記された日本神話の内容・構造・成立過程を知るには良い本であると思う。以下,本書について解説してみる。


  ◆   ◆   ◆


本書は5章からなるが,まず1~4章では,イザナギイザナミスサノヲアマテラスのそれぞれが,もともとは淡路島や紀伊の地方神だったことが説かれている。

イザナギ・イザナミは日本の国土や数々の神々を生んだ重要な二神である。しかもイザナギはアマテラスの父である。にもかかわらず宮中では大事に祭られていない。これはいかなることか,というのが第1章。

太陽神アマテラスおよび月神ツクヨミの末弟,スサノヲは,高天原では凶暴な神であったのに,地上に降りてくるとヤマタノオロチを退治したり,植林に努めたり(日本書紀)と人々に幸をもたらす神となっている。

民俗学の知見では,スサノヲは海の彼方からやってきて,人々に幸をもたらす「まれびと」である。日本書紀の一書によると,イザナギ・イザナミは国生みの後,日月神を生み,続いてヒルコという不完全な神を生み,これを船に乗せて追放した。

もともと別々の神だった「まれびと」スサノヲと不完全神ヒルコが合体したんじゃないのかというのが第2章。

天孫降臨について,古事記と日本書紀では主として2つのバリエーションが記述されている。アマテラスとタカミムスビの両巨頭がホノニニギを天降らせるパターンと,タカミムスビがホノニニギを単独で天降らせるパターンである。宮中神祇官の西院ではタカミムスビ・カミムスビなど計8柱の神々が祭られているが,アマテラスは含まれていない。タカミムスビが皇室の祖神で,アマテラスは後から入ってきたんじゃないのか,といのが第3章。

アマテラスの前身は伊勢の太陽神アマテル(男神)で,アマテルに使える神妻(巫女)が神格化したのがアマテラスではないのか,というのが第4章である。


  ◆   ◆   ◆


著者の主張が明確な形でまとめられているのが,本書の最終章「日本神話を歴史とするために」である。松村武雄の主張を肯定する形で,著者が神話の構造と成立過程について語っている部分を引用しよう:

イザナギ・イザナミの国生み神話は,もともと淡路島付近の海人の風土的な創造神話,天の窟戸神話は,もと伊勢地方の海人らの太陽神話,スサノヲの八岐大蛇神話は,出雲の風土伝承,天孫降臨は宮廷の大嘗祭の縁起譚,というように,記紀の各説話はめいめい異なった出自・原素材を持っている。それらの原素材は,それだけで完結していて,互いに無関係であったに違いない。ところが,ある一時代にこれらの説話を操作し,これらを人為的に一定の構想をもって,結びつけ,大和朝廷の政治的権威の淵源・由来を語る国家神話の形とした少数の手が感じられるというのである。(189~190ページ)

より要約すれば,大和朝廷の中核神話である天孫降臨譚の原因となる神話として様々な地方の神話を取り入れていったのが,日本神話だろうというわけである。

このように溯源(さくげん)的に,すなわち,あとから原因となる話を付け加えて行ったのだという説を加上説という。中国の神話や旧約聖書にもみられるパターンであるという。


  ◆   ◆   ◆


われわれ素人は,日本神話と言えば,古事記をベースとした,完成された形の神話しか知らない。たとえば,鈴木 三重吉による「古事記物語」などがわれわれの思い描く日本神話の典型である。

しかし本書では,日本書紀に記述されている異伝,「延喜神名式」に記載されている神社の所在地一覧,民俗学・比較神話学の成果などをもとに,われわれの知らない原初の日本神話の姿が明らかにされていく。神話研究のプロの仕事というのはこういうものなのだ,という感想を抱いた。

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