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2011.05.29

溝口睦子『アマテラスの誕生』を読む

今回取り上げるのは溝口睦子『アマテラスの誕生』(岩波新書1171)。著者は1931年生まれの古代史・古代文学の老大家である。

本書では,


  • 「本来の皇祖神はアマテラスではなくタカミムスヒだったこと」(第2章「タカミムスヒの登場」)

  • 「天孫降臨神話は北方ユーラシア由来であったこと」(第1章「天孫降臨神話はいつ,どこから来たか」)


などの説が紹介されており,Amazonの書評などを読むとこれらの説が驚きをもって迎えられている。

アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)
溝口 睦子

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しかし,これらの説は従来からの説であり,いまさら驚くようなものではない。例えば,松前健『日本の神々』では次のように紹介されている:

エスノロジカルな立場から,日本神話の解明に取り組み,天照大神は本来の皇祖神ではないとしたのは,民族学者の岡正雄氏である。 <中略> 『古事記』や『日本書紀』の一書の二に見える天孫降臨の物語や,『古事記』の神武の東征の物語などに,天照大神とならんで,高御産巣日神(高皇産霊神),別名高木大神が高天原のパンテオンの主座を占め,ほとんど常にこの二者並立の形で命令が下されているのは不思議なことであるが,岡氏はこの二元性は,南方系(東南アジア稲作民)の先住母系種族の太陽女神・農耕女神であるアマテラスと,北方系(北アジア系遊牧民)の侵入父系種族の天神であるタカミムスビとの,信仰的・文化的・民族的な混融の結果の現象であろうといい・・・(松前健『日本の神々』93~94ページ)

岡正雄がこのような説を唱えたのは1948(昭和23)年,松前健が『日本の神々』の中で上述のように紹介したのは1974年,そして2009年に至って,著者・溝口睦子氏が再び紹介したわけである。

このように研究者,さらに神話・古代史愛好家の間でよく知られている「天孫降臨神話の北方ユーラシア由来」説「皇祖神はアマテラスではなくタカミムスヒだった」説が,本書を読んだ人々に驚きをもって迎えられたということは,アカデミズムの常識がなかなか世間一般に常識として浸透しないという典型例であるといえる。

本書の著者は,そのようなアカデミズムにおける常識と世間一般の常識のギャップを強く意識しており,そのギャップを埋めるべく丁寧な説明を行っている。本書の第1章・第2章の大半は日本神話に関する従来説のオーソドックスな解説といえる。

とはいえ,従来説に依拠した論述の合間に,著者独自の説も登場する。たとえば,

  • 民俗学で定説化している「ヒルメ=太陽神の妻=巫女」説の全面否定(16ページ)
  • 「天孫降臨神話5世紀導入」説(38~39ページ)
  • 「タカミムスヒ=太陽神」説(84ページ)

等である。

「天孫降臨神話5世紀導入」説は,5世紀の対高句麗戦における倭国の大敗がきっかけとなって,王権強化のために北方ユーラシア遊牧民族の天孫降臨神話がヤマト王権に導入されたという説である。考古学や歴史学の知見によれば5世紀にヤマト王権に大変動があった可能性が示されており,この説は一考に値する。

小生が疑問符を付けざるを得ないのは「ヒルメ=太陽神の妻」説の全面否定「タカミムスヒ=太陽神」説である。これらについて少しだけ触れておこう。


  ◆   ◆   ◆


著者は「ヒルメ=太陽神の妻」説について次のように述べている:

この説は,神名の類型などいくつかの点から見てあきらかに誤りである。「ヒルメ」の「ル」は「ノ」と同じ意味の助詞であるから,「ヒルメ」は・・・日,つまり太陽を擬人化して女性とみた,「太陽の女神」を意味する語なのである。(16ページ)

「ヒルメ=太陽神の妻」説の全面否定は折口信夫以来連綿として繋がってきた民俗学的アプローチに対する宣戦布告である。そういえば本書では完全に民俗学的アプローチが排除されている。平易で丁寧な語り口とは裏腹に,著者の戦士としての姿が浮かび上がる。

しかし,女性が日の光を受けて身ごもるという日光感精説話,つまり各地に伝わる「太陽神の妻」の話にはどう対処するのだろうというのが小生の持つ疑問である。谷川健一『日本の神々』(岩波新書)「日の妻アマテラス」(同書118ページ)星野之宣『宗像教授異考録第九集』「女帝星座」(177~178ページ)では大隅正八幡宮縁起という日光感精説話が紹介されているが,次のような内容である:

震旦国の陳大王に7歳になる娘がいた。娘は朝日が胸に当たる夢を見たことにより懐妊した。驚いた陳大王は娘と子を空船(うつぼぶね)に乗せて海に流した。母子は大隅にたどり着き,子は八幡,母は聖母大菩薩となった。

この話のヒロイン,太陽神の妻となった陳大王の娘の名はなんと「大比留女(オオヒルメ)」である。海人族の間では「ヒルメ=太陽神の妻」という認識があったことの証拠である。『古事記』の話ではないから無視するべきだろうか?

著者・溝口睦子氏は古語の文法を盾に取るわけだが,古事記研究の先賢,西郷信綱は『古事記の世界』(岩波新書)の中で文法典拠主義をこのように批判する:

これ(古事記の中の言葉の意味が解明されていない理由)は,言葉をその被膜においてしかとらえず,古代語を知らぬ間に不当に現代語訳しているためである。文法の知識や辞典とかが右にいわゆる古人との対話に大して役だたないことは,幼児が言葉をおぼえていく過程や,私たちが外国語を習得する過程などに徴しても見当がつく。 <中略> たいていの場合,辞典は言葉の意味にかんし,中性的な平均値しかあたえてくれない。成年に達したものなら,ある言葉について辞典にはない用法を心得ているはずだし,とりわけ文学の表現はたえず辞典や文法を追いこすであろう。一般に古典の注釈では,文法的規範や辞典的権威がのさばりすぎており,かかる科学主義が古典の解釈を毒している例は,ほとんど掃いて捨てるほどあるといえる。(5~6ページ)

「タカミムスヒ=太陽神」説については「諏訪春雄通信49」がはっきりした反対意見を述べており,小生も同じように考えている。


  ◆   ◆   ◆


アマテラスについての記述は第3章以降に見られる。

第3章「アマテラスの生まれた世界」において,著者は記紀神話をムスヒ系建国神話とイザナキ・イザナミ~アマテラス・スサノヲ~オオクニヌシ系神話(略してイザナキ・イザナミ系神話)に分け,後者を4世紀以前の土着・南方系・海洋文化の神話としている。この分け方は,多少の異同はあっても,研究者の間でほぼ常識化している。

著者は,このイザナキ・イザナミ系神話の世界およびアマテラスについて次のように述べている。

  • 神々に明確な序列がない多神教の世界
  • アマテラスは太陽神ではあっても主宰神ではなく単に神々の一員
  • アマテラスは寛容で,弟思いの心優しい女神であり,気弱な女神

著者は「天岩屋神話」の記述からアマテラスの寛容さ・気弱さ,そして素朴な女神像を読みとっている(120ページ)。確かに記紀を素直に読めばアマテラスは女神である。しかし,次に示す松前健の指摘を踏まえれば,アマテラスの前身が男性だったという可能性は捨てきれない:

この天照大神は,女神であるとは言いながらも,男性神としての要素がまったくないとは言い切れないものがあるのである。筑紫申真氏なども注目した,中世の『通海参詣記』に見える,斎宮の御衾に夜な夜な大神が通い,蛇の鱗をおとして行くという俗伝や,記紀に見える,スサノヲに立ち向かう大神の男装の話なども,何かこの女神の前身を,感じさせるものがあるのである。古くは伊勢側の学者などからも,『男体考証』その他の書が出たくらいである。(松前健『日本の神々』172ページ)

著者は4世紀以前のアマテラス像を描き出すにあたって「天岩屋神話」の記述に頼るわけだが,それだけではあまりにも頼りない。本書で排除されている民俗学的アプローチがやはり必要なのではなかろうか。


  ◆   ◆   ◆


本書で著者が本領を発揮するのは第4章以降である。本領というのは著者の氏姓制度に関する研究成果が披露されるからである。

第4章「ヤマト王権時代のアマテラス」では,王権強化のために5世紀に北方ユーラシア由来の天孫降臨神話が導入され,外来ムスヒ系神話と土着イザナキ・イザナミ系神話が併存するようになった時代のアマテラス像について検討している。

ここで著者は神功皇后神話をもとに,この時代のアマテラス像を次のように描き出している。

  • 皇祖神ではなく地方神のひとり
  • 政治性をもつ神
  • 背後に祭祀集団を感じさせる神

以前の素朴な女神から,地方勢力に祭られた有力な女神に成長しているわけである。

この時代(5世紀~7世紀),豪族たちは,大王(のちの天皇)に対抗しうる力を持つ「臣(オミ)」・「君(キミ)」という姓(カバネ)を持つグループと,大王直属の「連(ムラジ)」という姓を持つグループに分かれていた。そして,「臣・君」グループの豪族は土着イザナキ・イザナミ系神話の神々を祖先神として信仰し,「連」グループの豪族は外来ムスヒ系神話の神々を祖先神として奉じていた,というように著者は見ている。

また,「臣・君」グループの豪族は,その勢力下に地方の豪族を加えていき,同じ祖先神を奉じる「擬制同族」とよばれる豪族間のネットワークを組織していった。その「擬制同族」ネットワークのうちの一つでアマテラス信仰が広まっていったと著者は考えている。


  ◆   ◆   ◆


第5章「国家神アマテラスの誕生」では,政権交代,すなわち皇祖神がタカミムスヒからアマテラスに交代する過程を記述している。この交代劇は天智・天武両朝で展開されたと著者は考えている。

著者は,交代劇が一つではない様々な理由が複合して起こったと考えている。その一つとして挙げられているのが天武天皇の「神話と歴史の一元化」構想である。新しい国家=律令国家を建設するにあたって,天武天皇が神話の一新,一元化ということを考えたというのである。そしてさらに「神話と歴史の一元化」によって,神話の中に祖先神をもつ,豪族たちの整理,すなわち氏姓制度の再編を行おうと考えたというのである。

神話の再編が氏姓制度の再編に関係することを著者は次のようなデータで示している。すなわち,「天武13年に朝臣・宿禰を賜与された氏」すなわち公認された有力豪族の数を見ると,「臣・君」グループと「連」グループとでは51対51と拮抗している。ところが『古事記』に先祖が記載されている有力豪族の数を見ると,「臣・君」グループは113,「連」グループは20となり,圧倒的に「臣・君」グループが優遇されているというのである(197~200ページ)。

こういうデータを見るとなるほど,と思うのだが,これは間接証拠(情況証拠)であって神話再編と氏姓制度の関係については更なる検討が必要であろうと思う。

タカミムスヒからアマテラス交代劇の理由として,著者は土着回帰あるいはナショナリズムの興隆とでも言うべき考え方の台頭が挙げている。7世紀後半,白村江で日本・百済連合軍は唐・新羅連合軍に大敗した。これ以降,日本では新羅への対抗意識が強まり,新羅王朝の祖先神と同根の外来神タカミムスヒを退け,土着のアマテラスを皇祖神の位に就けようとする思潮が生じたというわけである。

天武天皇がアマテラスを重視した理由について,著者は,壬申の乱における伊勢大神の神助説(先日紹介した筑紫申真『アマテラスの誕生』もこれを採る)を退けている。しかし著者自身は明確な理由を挙げるに至っておらず,次のように言葉を濁しているだけである:

アマテラスを特別に重視する何かが,早い時点から天武の胸中に芽生えていたことを認めなければならないだろう。ただしかし,それがどのような意味での重視なのかは現在のところ不明である。あるいは壬申の乱ではじめて地方豪族に身近に接触したことが,天武に土着文化の厚みに気付かせるきっかけを作ったのだろうか。この問題に関してはいまのところ私は手掛かりをもっていない・・・(186ページ)

筑紫申真『アマテラスの誕生』はタカミムスヒに関する検討が無いのが問題であるものの,地方神アマテラスが皇祖神に昇格する過程を「壬申の乱における神助」説と「持統女帝=アマテラスのモデル」説とを用いて明確に提示している。同書に比べると,本書は最後の最後,アマテラスの誕生について語るクライマックスで急にトーンダウンしているのが残念である。


  ◆   ◆   ◆


最後に一言。

先日紹介した筑紫申真『アマテラスの誕生』(講談社学術文庫)と同名の新書を上梓するという挑戦的な行為をしているのにもかかわらず,筑紫氏の業績に一切言及しないのは,在野の研究者に対する大学の研究者としての矜持か,あるいはある種の慎ましさ故か。

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