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2011.05.29

溝口睦子『アマテラスの誕生』を読む

今回取り上げるのは溝口睦子『アマテラスの誕生』(岩波新書1171)。著者は1931年生まれの古代史・古代文学の老大家である。

本書では,


  • 「本来の皇祖神はアマテラスではなくタカミムスヒだったこと」(第2章「タカミムスヒの登場」)

  • 「天孫降臨神話は北方ユーラシア由来であったこと」(第1章「天孫降臨神話はいつ,どこから来たか」)


などの説が紹介されており,Amazonの書評などを読むとこれらの説が驚きをもって迎えられている。

アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)
溝口 睦子

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しかし,これらの説は従来からの説であり,いまさら驚くようなものではない。例えば,松前健『日本の神々』では次のように紹介されている:

エスノロジカルな立場から,日本神話の解明に取り組み,天照大神は本来の皇祖神ではないとしたのは,民族学者の岡正雄氏である。 <中略> 『古事記』や『日本書紀』の一書の二に見える天孫降臨の物語や,『古事記』の神武の東征の物語などに,天照大神とならんで,高御産巣日神(高皇産霊神),別名高木大神が高天原のパンテオンの主座を占め,ほとんど常にこの二者並立の形で命令が下されているのは不思議なことであるが,岡氏はこの二元性は,南方系(東南アジア稲作民)の先住母系種族の太陽女神・農耕女神であるアマテラスと,北方系(北アジア系遊牧民)の侵入父系種族の天神であるタカミムスビとの,信仰的・文化的・民族的な混融の結果の現象であろうといい・・・(松前健『日本の神々』93~94ページ)

岡正雄がこのような説を唱えたのは1948(昭和23)年,松前健が『日本の神々』の中で上述のように紹介したのは1974年,そして2009年に至って,著者・溝口睦子氏が再び紹介したわけである。

このように研究者,さらに神話・古代史愛好家の間でよく知られている「天孫降臨神話の北方ユーラシア由来」説「皇祖神はアマテラスではなくタカミムスヒだった」説が,本書を読んだ人々に驚きをもって迎えられたということは,アカデミズムの常識がなかなか世間一般に常識として浸透しないという典型例であるといえる。

本書の著者は,そのようなアカデミズムにおける常識と世間一般の常識のギャップを強く意識しており,そのギャップを埋めるべく丁寧な説明を行っている。本書の第1章・第2章の大半は日本神話に関する従来説のオーソドックスな解説といえる。

とはいえ,従来説に依拠した論述の合間に,著者独自の説も登場する。たとえば,

  • 民俗学で定説化している「ヒルメ=太陽神の妻=巫女」説の全面否定(16ページ)
  • 「天孫降臨神話5世紀導入」説(38~39ページ)
  • 「タカミムスヒ=太陽神」説(84ページ)

等である。

「天孫降臨神話5世紀導入」説は,5世紀の対高句麗戦における倭国の大敗がきっかけとなって,王権強化のために北方ユーラシア遊牧民族の天孫降臨神話がヤマト王権に導入されたという説である。考古学や歴史学の知見によれば5世紀にヤマト王権に大変動があった可能性が示されており,この説は一考に値する。

小生が疑問符を付けざるを得ないのは「ヒルメ=太陽神の妻」説の全面否定「タカミムスヒ=太陽神」説である。これらについて少しだけ触れておこう。


  ◆   ◆   ◆


著者は「ヒルメ=太陽神の妻」説について次のように述べている:

この説は,神名の類型などいくつかの点から見てあきらかに誤りである。「ヒルメ」の「ル」は「ノ」と同じ意味の助詞であるから,「ヒルメ」は・・・日,つまり太陽を擬人化して女性とみた,「太陽の女神」を意味する語なのである。(16ページ)

「ヒルメ=太陽神の妻」説の全面否定は折口信夫以来連綿として繋がってきた民俗学的アプローチに対する宣戦布告である。そういえば本書では完全に民俗学的アプローチが排除されている。平易で丁寧な語り口とは裏腹に,著者の戦士としての姿が浮かび上がる。

しかし,女性が日の光を受けて身ごもるという日光感精説話,つまり各地に伝わる「太陽神の妻」の話にはどう対処するのだろうというのが小生の持つ疑問である。谷川健一『日本の神々』(岩波新書)「日の妻アマテラス」(同書118ページ)星野之宣『宗像教授異考録第九集』「女帝星座」(177~178ページ)では大隅正八幡宮縁起という日光感精説話が紹介されているが,次のような内容である:

震旦国の陳大王に7歳になる娘がいた。娘は朝日が胸に当たる夢を見たことにより懐妊した。驚いた陳大王は娘と子を空船(うつぼぶね)に乗せて海に流した。母子は大隅にたどり着き,子は八幡,母は聖母大菩薩となった。

この話のヒロイン,太陽神の妻となった陳大王の娘の名はなんと「大比留女(オオヒルメ)」である。海人族の間では「ヒルメ=太陽神の妻」という認識があったことの証拠である。『古事記』の話ではないから無視するべきだろうか?

著者・溝口睦子氏は古語の文法を盾に取るわけだが,古事記研究の先賢,西郷信綱は『古事記の世界』(岩波新書)の中で文法典拠主義をこのように批判する:

これ(古事記の中の言葉の意味が解明されていない理由)は,言葉をその被膜においてしかとらえず,古代語を知らぬ間に不当に現代語訳しているためである。文法の知識や辞典とかが右にいわゆる古人との対話に大して役だたないことは,幼児が言葉をおぼえていく過程や,私たちが外国語を習得する過程などに徴しても見当がつく。 <中略> たいていの場合,辞典は言葉の意味にかんし,中性的な平均値しかあたえてくれない。成年に達したものなら,ある言葉について辞典にはない用法を心得ているはずだし,とりわけ文学の表現はたえず辞典や文法を追いこすであろう。一般に古典の注釈では,文法的規範や辞典的権威がのさばりすぎており,かかる科学主義が古典の解釈を毒している例は,ほとんど掃いて捨てるほどあるといえる。(5~6ページ)

「タカミムスヒ=太陽神」説については「諏訪春雄通信49」がはっきりした反対意見を述べており,小生も同じように考えている。


  ◆   ◆   ◆


アマテラスについての記述は第3章以降に見られる。

第3章「アマテラスの生まれた世界」において,著者は記紀神話をムスヒ系建国神話とイザナキ・イザナミ~アマテラス・スサノヲ~オオクニヌシ系神話(略してイザナキ・イザナミ系神話)に分け,後者を4世紀以前の土着・南方系・海洋文化の神話としている。この分け方は,多少の異同はあっても,研究者の間でほぼ常識化している。

著者は,このイザナキ・イザナミ系神話の世界およびアマテラスについて次のように述べている。

  • 神々に明確な序列がない多神教の世界
  • アマテラスは太陽神ではあっても主宰神ではなく単に神々の一員
  • アマテラスは寛容で,弟思いの心優しい女神であり,気弱な女神

著者は「天岩屋神話」の記述からアマテラスの寛容さ・気弱さ,そして素朴な女神像を読みとっている(120ページ)。確かに記紀を素直に読めばアマテラスは女神である。しかし,次に示す松前健の指摘を踏まえれば,アマテラスの前身が男性だったという可能性は捨てきれない:

この天照大神は,女神であるとは言いながらも,男性神としての要素がまったくないとは言い切れないものがあるのである。筑紫申真氏なども注目した,中世の『通海参詣記』に見える,斎宮の御衾に夜な夜な大神が通い,蛇の鱗をおとして行くという俗伝や,記紀に見える,スサノヲに立ち向かう大神の男装の話なども,何かこの女神の前身を,感じさせるものがあるのである。古くは伊勢側の学者などからも,『男体考証』その他の書が出たくらいである。(松前健『日本の神々』172ページ)

著者は4世紀以前のアマテラス像を描き出すにあたって「天岩屋神話」の記述に頼るわけだが,それだけではあまりにも頼りない。本書で排除されている民俗学的アプローチがやはり必要なのではなかろうか。


  ◆   ◆   ◆


本書で著者が本領を発揮するのは第4章以降である。本領というのは著者の氏姓制度に関する研究成果が披露されるからである。

第4章「ヤマト王権時代のアマテラス」では,王権強化のために5世紀に北方ユーラシア由来の天孫降臨神話が導入され,外来ムスヒ系神話と土着イザナキ・イザナミ系神話が併存するようになった時代のアマテラス像について検討している。

ここで著者は神功皇后神話をもとに,この時代のアマテラス像を次のように描き出している。

  • 皇祖神ではなく地方神のひとり
  • 政治性をもつ神
  • 背後に祭祀集団を感じさせる神

以前の素朴な女神から,地方勢力に祭られた有力な女神に成長しているわけである。

この時代(5世紀~7世紀),豪族たちは,大王(のちの天皇)に対抗しうる力を持つ「臣(オミ)」・「君(キミ)」という姓(カバネ)を持つグループと,大王直属の「連(ムラジ)」という姓を持つグループに分かれていた。そして,「臣・君」グループの豪族は土着イザナキ・イザナミ系神話の神々を祖先神として信仰し,「連」グループの豪族は外来ムスヒ系神話の神々を祖先神として奉じていた,というように著者は見ている。

また,「臣・君」グループの豪族は,その勢力下に地方の豪族を加えていき,同じ祖先神を奉じる「擬制同族」とよばれる豪族間のネットワークを組織していった。その「擬制同族」ネットワークのうちの一つでアマテラス信仰が広まっていったと著者は考えている。


  ◆   ◆   ◆


第5章「国家神アマテラスの誕生」では,政権交代,すなわち皇祖神がタカミムスヒからアマテラスに交代する過程を記述している。この交代劇は天智・天武両朝で展開されたと著者は考えている。

著者は,交代劇が一つではない様々な理由が複合して起こったと考えている。その一つとして挙げられているのが天武天皇の「神話と歴史の一元化」構想である。新しい国家=律令国家を建設するにあたって,天武天皇が神話の一新,一元化ということを考えたというのである。そしてさらに「神話と歴史の一元化」によって,神話の中に祖先神をもつ,豪族たちの整理,すなわち氏姓制度の再編を行おうと考えたというのである。

神話の再編が氏姓制度の再編に関係することを著者は次のようなデータで示している。すなわち,「天武13年に朝臣・宿禰を賜与された氏」すなわち公認された有力豪族の数を見ると,「臣・君」グループと「連」グループとでは51対51と拮抗している。ところが『古事記』に先祖が記載されている有力豪族の数を見ると,「臣・君」グループは113,「連」グループは20となり,圧倒的に「臣・君」グループが優遇されているというのである(197~200ページ)。

こういうデータを見るとなるほど,と思うのだが,これは間接証拠(情況証拠)であって神話再編と氏姓制度の関係については更なる検討が必要であろうと思う。

タカミムスヒからアマテラス交代劇の理由として,著者は土着回帰あるいはナショナリズムの興隆とでも言うべき考え方の台頭が挙げている。7世紀後半,白村江で日本・百済連合軍は唐・新羅連合軍に大敗した。これ以降,日本では新羅への対抗意識が強まり,新羅王朝の祖先神と同根の外来神タカミムスヒを退け,土着のアマテラスを皇祖神の位に就けようとする思潮が生じたというわけである。

天武天皇がアマテラスを重視した理由について,著者は,壬申の乱における伊勢大神の神助説(先日紹介した筑紫申真『アマテラスの誕生』もこれを採る)を退けている。しかし著者自身は明確な理由を挙げるに至っておらず,次のように言葉を濁しているだけである:

アマテラスを特別に重視する何かが,早い時点から天武の胸中に芽生えていたことを認めなければならないだろう。ただしかし,それがどのような意味での重視なのかは現在のところ不明である。あるいは壬申の乱ではじめて地方豪族に身近に接触したことが,天武に土着文化の厚みに気付かせるきっかけを作ったのだろうか。この問題に関してはいまのところ私は手掛かりをもっていない・・・(186ページ)

筑紫申真『アマテラスの誕生』はタカミムスヒに関する検討が無いのが問題であるものの,地方神アマテラスが皇祖神に昇格する過程を「壬申の乱における神助」説と「持統女帝=アマテラスのモデル」説とを用いて明確に提示している。同書に比べると,本書は最後の最後,アマテラスの誕生について語るクライマックスで急にトーンダウンしているのが残念である。


  ◆   ◆   ◆


最後に一言。

先日紹介した筑紫申真『アマテラスの誕生』(講談社学術文庫)と同名の新書を上梓するという挑戦的な行為をしているのにもかかわらず,筑紫氏の業績に一切言及しないのは,在野の研究者に対する大学の研究者としての矜持か,あるいはある種の慎ましさ故か。

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2011.05.24

関和彦『古代出雲への旅』を読む

先日は筑紫申真『アマテラスの誕生』を紹介し,図らずも,筑紫氏のご家族からコメントを賜るという幸運に恵まれた。

今回は大和から見て,伊勢・志摩とは逆の方向,出雲に関する書籍を紹介する。

関和彦『古代出雲への旅』(中公新書1802)である。

古代出雲への旅―幕末の旅日記から原風景を読む (中公新書)古代出雲への旅―幕末の旅日記から原風景を読む (中公新書)
関 和彦

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幕末,出雲国平田町(現出雲市平田町)に小村和四郎重義(おむら・わしろう・しげよし)という人がいた。家は廻船の商家だった。

慶応二年(1866年),55歳のとき,和四郎は『出雲国風土記』に見える神社を参詣しようと考え,旅に出た。和四郎はその旅での出来事を『風土記社参詣記』という記録にまとめた。

本書の著者,関和彦はこの旅日記に記された行程を実際に辿りながら,古代・幕末・現在と三重写しの出雲の風景を描き出している。

本書に記された和四郎の旅は次の3つである。

  1. 玉造温泉を経て松江の古社を巡る旅(慶応二年2月25日~28日)
  2. 嵩山(だけさん)麓の神社->中海の大根島->美保関->加賀潜戸(かかのくけど)->佐陀大社という巡礼の旅(3月22日~4月7日)
  3. 出雲大社とその周囲の神社を巡る旅(5月9日~5月16日)

風土記に記された神社は,江戸末期には所在が不明になっているものが多かった。和四郎は風土記の知識と地元の人々の証言をもとに,風土記の神社の所在を推定していくのである。


  ◆   ◆   ◆


この本で面白いのは,和四郎が旅先で出会った人々,例えば,亀尻の柏木又右衛門,神庭の錦織家の娘といった人々に関する記録を,著者・関和彦が別の場所・別の機会に目にするというエピソードである。柏木又右衛門に関する記録に出会った時の感動を著者はこのように記す:

慶応二年(1866)に和四郎と又右衛門が大根島で出会ってすでに百四十年余の歳月が経った。「わたし」という1人の人間を介して『出雲国風土記』を愛した二人がこの本で再会したのである。もしかすると「わたし」という存在がなければ二人の再会はなかったのではなかろうか。点と線で手繰る歴史研究の方法がここでは生きたのかもしれない。 (109ページ)

また,神庭の錦織家の娘の記録に出会った時も以下のように感動を述懐している:

この本の原稿を完成させた後,出雲市図書館でたまたま『島根の百傑』という本を手にして見ていたところ,わたしの目に「錦織竹香」という女性の名前が飛び込んできた。 <中略> 「錦織竹香」は雅号であり,本名は「久美」であったという。 <中略> 「錦織竹香」は幼いころから作法はもちろん書道・絵画・読書・裁縫を身につけたようである。十歳にて山本梅逸門下の正林霞湯に絵画を習い,好んで竹を描いたという。「竹香」の雅号のゆえんである。この「竹香」,否,「久美」こそ和四郎が会った少女ではないか。わたしは<こんなことがあっていいのか>と思わず声を上げそうになった。 (196ページ)

別々の所で入手したパーツが組み合わさるという意外性から得られる快感。それは学問の醍醐味の一つだろうと思う。


  ◆   ◆   ◆


最後に,この本に出てきた,ある神社にまつわる謎について触れたい。

和四郎は二番目の旅の途中,許曾志(こそし)神社(参考)に参詣するのだが,この神社では,狛犬ではなく狛猿,狛鶏が境内の入り口を守っているのだそうだ(172ページ)。

本書では,猿は猿田彦=佐太大神,鶏は「天の岩戸神話」の常世の長鳴鳥(ながなきどり)に関連がありそうだと述べているのだが,小生は別のことを考えている。

桃太郎の鬼退治の際,桃太郎に同行した動物は猿・雉・犬であった。これは鬼門(丑寅:うしとら)の方位に対抗し,裏鬼門を守る動物,申・酉・戌(さる・とり・いぬ)を連れていったのだという説(曲亭馬琴「燕石雑志」)がある。

裏鬼門は未・申(ひつじ・さる)だろ,という鋭いつっこみがあることは承知しているが,方位とからめた解釈は面白い。

許曾志神社の入り口を守っているのが,申・酉(さる・とり)というのは,何か方位と関係あるのではと小生は深読みしてしまうのである。

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2011.05.19

((キラキラ|DQN)ネーム|暴走万葉仮名)問題を考える

少し前に「暴走万葉仮名」(2007年に呉 智英:くれ・ともふさが命名)と呼ばれていた難読名前(「大宙:てん」とか「苺姫:きらら」)のことを今は「キラキラネーム」と呼ぶのだそうだ。知らんかった。ネット上では以前から「DQNネーム」と言われていたとか。

以前は読みにくいだけが問題だったのだが,アメーバ・ニュースによると就職にまで弊害が生じているという:

「DQNネーム」が就活苦戦理由と本人分析(アメーバ・ニュース,2011年5月17日)

名前のせいじゃない可能性も大きいと思うが,小生が採用担当者だったらどう思うだろうか?複数の就職希望者がいて,甲乙つけがたい場合,無難な名前の方を採ると思う。

それは結局,小生自身も世間様も,「暴走万葉仮名」/「DQNネーム」/「キラキラネーム」に対する偏見を持っており,ビジネスを展開していく上で心配になるからである。

その偏見とは何か? それは,この手の名前は「自分らしさ」=「オレ様化」の強度を表しているに違いないという見方である。


<「キラキラネーム」∝「オレ様強度」という考え方のメカニズム>

「キラキラネーム」/「暴走万葉仮名」が「オレ様強度」に比例するという説(仮説)はもともと呉智英の説いたものであるが,それを敷衍して上述の「偏見」のメカニズムを考えてみると,こういうことになると思う:

(1) わが子が特別な存在である(あってほしい)という親の気持ち
(2) 「キラキラネーム」による命名
(3) 個性的な名前に応じた,個性を重んじる家庭内教育
(4) その裏返しとしてわがままに育つ(オレ様化する)子供
(5) 個性が強く,協調性に欠ける人間に成長

この(1)~(5)のようなことを思っている人はかなり多いと思う。

このメカニズムは単に思い込みで作り上げたもので,何ら科学的な裏付けはない。だが,そもそも偏見というものは科学的根拠を持たないものである。信念と言っても良い。

このような偏見/信念は根強い。

偏見/信念の持ち主は,偏見/信念に沿ったものしか見ないので,「キラキラネーム」の持ち主が並みの行動をしていても偏見/信念は揺るがない。「キラキラネーム」の持ち主がトラブルを起こせば,偏見/信念は強化される。

偏見/信念を押しのけるには他人より秀でたところを見せ続けるという不断の努力が必要だろう。


<「キラキラネーム」を与える親の心構え>

命名は自由なので,例えば「キラキラname」というサイトを利用して親が子に「キラキラネーム」をつけてもいっこうにかまわない。

しかし,上述した偏見を持つ人々は多い。「DQNネーム」という言葉が根強く使われていることでもよくわかる。世間の風は割と冷たい。「キラキラネーム」がだれからも歓迎されるかというと大間違いである。「キラキラネーム」をつける親にはそれ相応の心構えが必要。

端的に言えば,普通の名前の子供よりも立派に育てなければならないという心構えである。「立派に」というのは勉学でもスポーツでもよいので一芸に秀でるように,ということである。

また,「協調性」を持たせることも重要である。「キラキラネーム」=「オレ様」という偏見はおそらく根強い。この偏見に対峙するためには個性と協調性のバランスが必要である。

こういう心構えが無く,幸せになってほしい程度の気持ちしかないのであれば,子供のためにも,従来通りの命名をしたほうがいい。


<「キラキラネーム」を持ってしまった場合の対策>

立派な人間にならざるを得ない。

学者の世界の話になるが2例挙げておこう。


江崎玲於奈(えさき・れおな)という物理学者がいる。固体でのトンネル効果を実証した功績によりノーベル物理学賞を得た。

「玲於奈」という名前は獅子(Leo)に由来するという話があったり,レオナルド・ダ・ヴィンチに由来するという話があったりするが(本人が欧米では"Leo Esaki"と名乗っているところからすると前者),いずれにせよ「キラキラネーム」/「暴走万葉仮名」の類に入れられてもおかしくない。

ところがなぜ,「キラキラネーム」扱いされないのかというと,本人が偉いからである。


玉田俊平太(たまだ・しゅんぺいた)という経営学者がいる。関西学院大学の教授であり経済産業研究所のファカルティフェローでもある。

お分かりだと思うが,かのシュムペーターに由来する名前を持つ。「暴走万葉仮名」の類には入らないが,特殊名前であることは間違いない。欧文で論文を書くとき,この人はSchumpeter Tamadaと署名する。そもそもSchumpeterはファミリーネームなんですけど,という突込みはさておく。

本人が「親の因果が子に報い」と発言(2006年10月30日,GATIC 2006会場にて)していたことでもわかるように,努めてイノベーションの専門家たらんとしている。名前負けしないような努力を積まなければならない命運が正のフィードバックになっている好例である。


ここには学者の例しか挙げていないのだが,たとえば少し昔,スノボーの世界に「キラキラネーム」的な名前の兄妹弟がいて,日本トップの実力を誇っていた。名前への突っ込みはあったものの,それによって彼らの前途に支障が生じたという話は聞かない。

まあ,何かに秀でればキラキラネームなど問題にならないということで。

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2011.05.18

コスタ=ガブラス監督『ミッシング』(1982)を見た件

コスタ=ガブラスといえば,軍事政権モノでおなじみである。『Z』とか『戒厳令』とか。ポリティカル・スリラーっていうのだろうか?

先日,NHKのBSプレミアムで『ミッシング』をやっていたので録画。で,昨日見たわけである。

1973年のクーデター下のチリが舞台。

チャールズ・ホーマン(ジョン・シェア)という若いアメリカ人男性が行方不明になる。父のエドモンド(ジャック・レモン)とチャールズの妻・べス(シシー・スペイセク)が必死に捜索を続ける。その過程で,チリ軍事政権による大量殺害や米国の関与が明らかになっていく,という話である。

この話の中で唯一の救いは,初めは対立しあっていた保守的なエドモンド(義父)とリベラルなべス(嫁)の心が通じ合うというところである。


米国が社会主義の拡大に怯えていた時代だったとはいえ,アメリカのキッシンジャー(国務長官)はほんとに悪い奴だったんだなーと思った。ピノチェトはもちろん。

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筑紫申真『アマテラスの誕生』を読む

この本,筑紫申真『アマテラスの誕生』は以前紹介した松前健『日本の神々』でも西郷信綱『古事記の世界』でも触れられている重要な文献である。

同書の初版は1962年(角川書店)。

アマテラスはもともと男神(蛇神)だったのであり,太陽神そのもの(アマテル)→太陽神をまつる女(オオヒルメノムチ)→天皇家の祖先神(アマテラス)と変転していったのだ」という「アマテラスの神格三転説」は,出版当時,賛否両論,かなりのセンセーションを巻き起こし,脅迫を受けることもあったようである。

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現在入手できる講談社学術文庫版巻末の青木周平による解説によると,著者は国学院大学で折口信夫に師事していたことになっているが,「Google books 発掘街道の文学」によると,師事していたのは実証科学的な歴史研究で知られる高柳光寿であって,折口信夫から影響を受けるのは三重県で高校教師をしている頃に折口の著書『古代研究』に出会ったことがきっかけのようである。


著者は,記紀だけでなく,『万葉集』,『続日本紀』,『延喜式』等のメジャーな資料,さらに『通海参詣記』,『皇太神宮儀式帳』,『伊勢国風土記』逸文,『倭姫命世記』,『坂十仏参詣記』,『神宮典略』などの伊勢地方に関する古資料,神島のゲーター祭り,二見浦の輪じめなわ,伊雑宮の田植えまつりのサシバなどの伊勢・志摩地方の民俗資料を総動員して,天皇家の祖先神としてのアマテラスの誕生プロセスを,推理していく。

著者の推理によれば,アマテラス誕生に貢献したのは天武持統両帝である。

著者の説を簡略化すると次のようになる。


  ◆   ◆   ◆


(1) 古来,太陽をトーテムとする部族はあちこちにおり,それらの部族では太陽は「アマテル」と称され,気象全般や生命をつかさどる神とされていた。

(2) 伊勢にも大和朝廷に服属する,太陽信仰の部族がおり,祭祀に関与する猿女(サルメ),天語部(あまがたりべ)という人々を朝廷に差し出していた。

「大和の天皇家は太陽をトーテムとしてまつっていましたが,おなじように伊勢でも太陽をトーテムとする信仰集団があって,<中略> その太陽信仰を熱烈に天皇家にもちこんでいたのです」(174頁)

太陽信仰が部族的なものから国家的なものに発達するきっかけは壬申の乱である。

(3) 壬申の乱において挙兵した大海人皇子(おおあまのみこ。後の天武天皇)・鸕野讚良皇女(うののさらら/うののささらのひめみこ。大海人皇子の妻。後の持統天皇)は北伊勢を行軍中に雷雨に遭う。

(4) ここで大海人皇子が伊勢の太陽神(気象全般をつかさどり,雷神としての側面もある男神アマテル)に祈ったところ,雷雨は止み,尾張方面への進軍を続けることができた。

(5) 大海人皇子は壬申の乱に勝利し,翌年,天皇として即位した。

(6) この勝利は伊勢の太陽神の加護によるものと考えた天武天皇は,娘の大来皇女(おおくのひめみこ・大伯皇女とも)を伊勢に派遣し,斎王すなわち太陽神の妻として仕えさせることした。

伊勢の太陽神を祖先神アマテラスとして完成させたのは持統皇后(のちに天皇)である。

(7) 天武天皇崩御後,持統皇后は自らの子である草壁皇子(くさかべのみこ)を即位させるべく,そのライバルである大津皇子(おおつのみこ)を謀反の罪で死に追い込んだ。

(8) しかしながら草壁皇子は病弱で,皇位につくことなく薨去。

(9) 持統皇后は草壁皇子の子,自分にとっては孫にあたる軽皇子(かるのみこ。後の文武天皇)をいずれは皇位につけることを考え,それまでの間,自らが君主として国を率いることとした。

(10) 持統天皇は,自らの子孫が皇位を継承する正統性を保証するものとして伊勢の太陽神を持ち出すこととした。

(11) 伊勢の太陽神アマテルを女神アマテラスとし,持統天皇から孫の軽皇子への皇位継承を,神話において,アマテラスから孫のホノニニギへの王権授与という形で描き出すこととした。

(12) 文武二(698)年,アマテラスをまつる皇大神宮(内宮)が現在の位置に成立し,アマテラスの祖先神としての地位が確立する。


  ◆   ◆   ◆


上述の(3)~(6)のあたりは,手塚治虫『火の鳥 太陽編』でも出てくる話である。手塚治虫もこのあたりは読んだのかもしれない。

火の鳥 11 太陽編 下火の鳥 11 太陽編 下
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著者・筑紫申真の推理は非常に面白いが,牽強付会気味なところもある。

たとえば,第8章「太陽の妻」において,「大来皇女(おおくのひめみこ)が伊勢に下ってアマテラスをまつった最初の斎王であり,それ以前の稚足姫皇女(わかたらしひめのひめみこ)ほか5,6世紀の斎王は伊勢の大神をまつる斎王ではなく,大和の日祀(ひまつり)の巫女である」とする推理を展開しているが,このあたりはやや強引な感じである。

とはいえ,上述したような数々の資料,そして伊勢の地理情報を駆使して,実証的に推論を進めていく姿勢には圧倒される。このようなアプローチの姿勢は師である高柳光寿の影響が大きかったのだろうと思う。

他方で,推論のきっかけとなる数々のアイディアは折口信夫によるところが大きいようである。例えば「アマテラスは織姫,すなわち神の妻・巫女だった」という説は折口の論文にもとづくである。

結局,『アマテラスの誕生』は,折口信夫の直観と高柳光寿の実証主義が筑紫申真という在野の学者の内部で結合した傑作であると言ってよい。

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2011.05.15

住宅用太陽光発電システムの普及実態について

このブログは本来は趣味のことだけ書く場所なのだが,たまには自分のやっている研究の一端でも書いてみようと思う。

本記事で取り上げるのは,「住宅用太陽光発電システムの普及実態」の調査結果。

公的統計によるマクロな話と,ネットリサーチによるミクロな話の2件がある。


  ◆   ◆   ◆


まず,マクロ編。

詳細は「住宅用太陽光発電システムの普及実態 マクロ編:太陽光発電システムの導入に対する諸因子の影響で紹介しているので,ここではかいつまんで説明する。

最初に結論を述べると,

「住宅用太陽光発電システムの普及はマクロに見ると日照時間と戸建住宅の割合に左右される」

都道府県別の導入実績(設備容量の累積値)は下図の通りなのだが,これは各都道府県の年間日照時間と戸建住宅の割合によってある程度説明できる。

都道府県別の導入実績

日照時間・戸建住宅の多寡が,太陽光発電システムの導入実績に影響を与えていると仮定して重回帰分析を行った。結果は次式の通りとなった:

s = 0.072 d + 0.690 h -142.7

ここで,

s : 1000世帯あたりの設備容量累積値 [kW / 1000世帯]
d : 日照時間 [h]
h : 戸建住宅に住む世帯の割合[%]

である。

回帰式の説明力自体はそれほど大きくなく,修正済み決定係数(Adjusted R^2) = 0.390となったが,日照時間はp < 0.001で有意,戸建住宅世帯の割合はp < 0.01で有意であり,太陽光発電システムの導入実績に強い影響を与えていると言える。

まあ,集合住宅だと意見がまとまらない限り導入できないし,日照時間が短いと,導入効果が無くなる,ということを考えれば当たり前の結論ではある。


  ◆   ◆   ◆


つぎにミクロ編。

詳細は「住宅用太陽光発電システムの普及実態 ミクロ編:太陽光発電システム導入世帯の属性で紹介しているので,これもかいつまんで説明する。

マクロミル社の住居モニタ(戸建持家の太陽光発電導入世帯300,同じく戸建持家の非導入世帯300)に対し,アンケートを行ったところ,居住地域や家屋に関しては太陽光発電導入世帯と非導入世帯の間であまり明確な違いが見られなかった。しかし,年収に関しては明確な違いが見られた。

スライド7 回答者の属性(世帯人員・年収)

太陽光発電世帯の年収の最頻値は500万円以上700万円未満であるのに対し,非導入世帯のそれは300万円以上500万円未満である。

世帯の経済的状況が高額な太陽光発電システムの導入に強く影響を与えていることはまあ当然。


導入された太陽光発電システムの製造元・定格出力を調べた結果は次の通りである。

スライド11 太陽光発電システムの仕様

製造元のトップはシャープで,三洋・京セラ・三菱電機と続く。

製造元の中のその他の企業としてはホンダや長州産業,そして中国企業のサンテックパワーが挙げられていた。このほか,約1割の世帯は製造元を把握していないこともわかった。

高額な商品であるにもかかわらず太陽光発電システムの定格出力に関しては把握していない世帯が約3分の1を占めていることも判明した。


太陽光発電システム導入によって,どれだけ省エネ効果があったのかということを買電量の差で調べた結果が次の図である。

スライド16 夏期の買電量の比較(西日本)

つまり,西日本(山陽・四国・九州地方)においては太陽光発電導入世帯の買電量は非導入世帯のそれよりも明らかに低く,省エネ効果ありということがわかる。

付け加えておくと,太陽光発電導入世帯はさらに「売電」による収入も得るわけであるから,より大きな経済的メリットを享受することになる。

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2011.05.14

IE9にしたら,Yahooのブログパーツがおかしくなった件

Intel Core i5搭載パソコン(OSはWindows 7 Professional)にIE9 (Internet Exploler 9)を導入してみた。他にもインストールしてみた人はいるだろうか?

使い勝手はそれほど変わっていないが,描画は早くなったような気がする。

それはそうと,予想通り不具合発生。

本ブログの右肩に「Yahoo! ニュース」のブログパーツを張っておいたのだが,変なところに表示されるようになってしまった。Adobe Flashとの相性が悪いのかもしれん。

気持ち悪いので別のニュースサイトのブログパーツに差し替えた。今度のは中小企業ビジネス支援サイトJ-Net21という一般向けではないサイトのブログパーツである。まあ,他では見られない情報が出てくるので,良しとしよう。

【2011年5月20日追記】
この記事:
●「Adobe、「IE9」の「Flash Player 10.3」で表示に不具合」(japan.internet.com 5月19日(木))
によると,

「Flash Player 10.3」と Web ブラウザ「Internet Explorer 9(IE9)」を組み合わせて使うと、Flash コンテンツが画面左上隅に表示されるという問題

があるという。うちの症状と全くいっしょ。

で,解決策は

  1. Intel HD Graphics 用ドライバのバージョン「8.15.10.2361」以上の使用
  2. IE9のハードウェアアクセラレーション機能の無効化

の2つがあるという。

後者,「ハードウェアアクセラレーション機能の無効化」を実施してみたら一応治った。やり方は

  1. IE9を立ち上げ,メニューバーを出して,「ツール」->「インターネットオプション」
  2. 「詳細設定」タブを選択
  3. 「アクセラレータによるグラフィック」の「GPUレンダリングでなく・・・」にチェックを入れる
  4. IE9を再立ち上げ

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2011.05.13

西郷信綱『古事記の世界』(岩波新書)を読む

松前健『日本の神々』(中小新書372)に続き,今度は西郷信綱『古事記の世界』(岩波新書・青版654)を読んだ。

古事記の世界 (岩波新書 青版 E-23) (岩波新書 青版 654)古事記の世界 (岩波新書 青版 E-23) (岩波新書 青版 654)
西郷 信綱

岩波書店 1967-09-20
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これも初版1967年ということなので,今となっては大変古い本である。しかし,社会学や人類学のフィールドワークの手法や,本居宣長流の「知覚の信にもとづいて事物の本質を洞察しようとした」手法に強い影響を受けたアプローチの仕方は小生にとっては非常に新鮮に感じた。

以下,少しばかり本書の解説を試みる。


  ◆   ◆   ◆


上述したように,著者の古事記に対するアプローチの仕方には特徴的なものがある。

現在の社会学や人類学ではフィールドワークを重んじ,対象とする社会に住み込んで観察することにより研究を進める。このフィールドワークの手法に影響を受けた著者は,いわば古事記の中に分け入って,古代人と感覚を共有することによって,古事記の世界を理解しようとする。

ギリシャや聖書に由来する神話概念を持ってきて古事記を解釈したり,考古学・歴史学の知識を以って合理的に解釈(これを著者は「自然主義」と呼んでいる)したりはしない,というのである。

著者は言う:

私の目ざすのは,古事記のなかに住みこむこと,そしてその本質を本文のふところにおいて読み解くことである(14ページ)

「本文のふところにおいて読み解く」という行為の極めて分かりやすい事例が本書の第1章「神話の言語」にある。それは,「葦原中国(あしはらのなかつくに)」という言葉を,使われている文脈の中で読み解く作業のことである。

著者は前後の文章を詳細に読むことにより,「葦原」の持つイメージは,葦の茂った不気味な未開な地であること,「中国(なかつくに)」とは「高天原・中つ国・黄泉の国」という古代人の空間認識の中における「中つ国」であることを説いている。この説は,本居宣長や白鳥庫吉などによる過去の解釈に比べ,非常な説得力を持っている。


  ◆   ◆   ◆


前回紹介した松前健氏は『日本の神々』の中で古事記・日本書紀・延喜式の記述の異同を比較検討することによって,日本神話の成立過程を明らかにした。

本書において西郷信綱氏は,古事記・日本書紀等の言葉遣いについて注意を注ぎつつも,記述の細かな違いにとらわれるのではなく,それらに共通する「構造」の発見に努めている。ここで言う「構造」とは「構造主義」における構造のことである。

実際,著者はレヴィ・ストロースの仕事に多大なる影響を受けており,第2章「神話の範疇」はレヴィ・ストロースの強い影響下に書かれたものである。


  ◆   ◆   ◆


独自のアプローチによって,著者が明らかにしたのは古代人の宇宙観や生活リズムである。例えば,宇宙観については次のような事項を挙げている

  • 伊勢・大和・出雲の関係性
    • 古事記において伊勢や出雲といった土地が重要視されるのは,大和から見てそれらが日の出・日の入りの方向にあるからである
    • 伊勢は日の出の方向にあり,高天原を象徴する
    • 出雲は日の入りの方向にあり,根の国・黄泉の国の入り口となっている
  • 罪の化身としてのスサノヲ
    • スサノヲはもともと根の国・黄泉の国の住人であった
    • 海洋に接していた民族共通の宇宙観によれば,「陸地は平たい盤のごときもので,まわりを海がとりまき,その海の端が他界との境で,そこが崖のような坂になっており,それを下の方に降りていったあたりに海神の国や根の国がある」(64ページ)
    • 大祓の祝詞を読んでも,そのような世界構造が浮かび上がってくる
    • また,大祓の祝詞によれば,地上の罪という罪は神々にリレーされ,最終的には根の国に捨てられる
    • スサノヲが根の国に追い払われるのは,結局,スサノヲが根の国に住まう罪の化身であったからで,最終的には再び根の国に戻されなくてはならない存在だったからである
  • 神話の地名と地理的地名との違い
    • 古事記に出てくる地名は上述した宇宙観に基づいて名づけられたものであり,地理的地名と必ずしも一致しない
    • 黄泉の国から帰ってきたイザナキが禊をした「筑紫の日向(ひむか)の橘の小戸(をど)のアハギ原」は現実の日向(宮崎県)の特定の土地のことを指すのではなく,「暗い黄泉にたいする朝日の直(ただ)さす東の海というのにつきるのである」(61ページ)
    • ホノニニギが降臨した高千穂というのは必ずしも地理的な地名としての名称ではなく,「ホノニニギ=稲穂のにぎにぎしく豊かなこと」という言葉にひかれて出てきた「山と積まれた稲の穂の豊穣」(140ページ)を表す言葉である
    • 神話において大和と日向は同一の地であり,熊野と熊襲もまた同一である
    • それゆえに古事記では神武東征の段で「吉備と難波との間に速吸門(ハヤスヒノト,豊予海峡)があるかのように平然と書き,また熊野をめぐり大和に入った道順に混乱と撞着がある」(171ページ)のである


  ◆   ◆   ◆


と,まあ,いろいろな面白い話が出てくるが,実は本書で一番大事な説についてまだ触れていない。

それは何かというと,「天孫降臨・日向三代・神武東征」といった神話は大嘗祭を物語化したものだ,という説である。

著者は大嘗祭は新任の君主が天照大神(アマテラス)じきじきの子,ホノニニギ(古事記の記述ではホノニニギはオシホミミの子であるのだが,本書の文脈ではアマテラスの直接の子のように記述されている)として生まれ出でる儀式であると説いている。

また著者は,神武東征の物語は歴史的事件の記述ではなく,国ぼめ・国見にならぶ国まぎ(都とするべき良き地の探求)という,即位儀礼の一部を物語化したものであると説き,一時はセンセーションを巻き起こした「騎馬民族説」を一蹴している。


  ◆   ◆   ◆


天孫降臨・日向三代・神武東征」に関わる3つの章(第8~10章)は非常に刺激的であり,そこを読むだけでも本書の価値はある。

だが,それよりも何よりも,文化人類学・歴史学・考古学・民俗学・言語学といった様々な分野の知見,いわば飛び道具のようなものに頼らず,古事記の徹底した読み込みによって神話の世界を明らかにしようという著者の学問の姿勢が見えるところが,本書の魅力であると思う。

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2011.05.09

松前健『日本の神々』(中公新書)を読む

宗像教授シリーズが当分休みなので,復活するまで(本当に復活するかどうかは知らないが),日本神話について勉強しておこうと思い,新書や文庫で手に入る本を漁っている。

宗像教授異考録 15 (ビッグコミックススペシャル)宗像教授異考録 15 (ビッグコミックススペシャル)
星野 之宣

小学館 2011-02-26
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で,先ほど読み終えたのが,松前健『日本の神々』(中小新書372)である。東京に出張したら必ず参詣する「松丸本舗」で購入した。


日本の神々 (中公新書 (372))
松前 健
中央公論新社 1974-09

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初版が1974年なので,内容はもはや大昔の研究成果ということになるのだが,それでも「古事記」「日本書紀」に記された日本神話の内容・構造・成立過程を知るには良い本であると思う。以下,本書について解説してみる。


  ◆   ◆   ◆


本書は5章からなるが,まず1~4章では,イザナギイザナミスサノヲアマテラスのそれぞれが,もともとは淡路島や紀伊の地方神だったことが説かれている。

イザナギ・イザナミは日本の国土や数々の神々を生んだ重要な二神である。しかもイザナギはアマテラスの父である。にもかかわらず宮中では大事に祭られていない。これはいかなることか,というのが第1章。

太陽神アマテラスおよび月神ツクヨミの末弟,スサノヲは,高天原では凶暴な神であったのに,地上に降りてくるとヤマタノオロチを退治したり,植林に努めたり(日本書紀)と人々に幸をもたらす神となっている。

民俗学の知見では,スサノヲは海の彼方からやってきて,人々に幸をもたらす「まれびと」である。日本書紀の一書によると,イザナギ・イザナミは国生みの後,日月神を生み,続いてヒルコという不完全な神を生み,これを船に乗せて追放した。

もともと別々の神だった「まれびと」スサノヲと不完全神ヒルコが合体したんじゃないのかというのが第2章。

天孫降臨について,古事記と日本書紀では主として2つのバリエーションが記述されている。アマテラスとタカミムスビの両巨頭がホノニニギを天降らせるパターンと,タカミムスビがホノニニギを単独で天降らせるパターンである。宮中神祇官の西院ではタカミムスビ・カミムスビなど計8柱の神々が祭られているが,アマテラスは含まれていない。タカミムスビが皇室の祖神で,アマテラスは後から入ってきたんじゃないのか,といのが第3章。

アマテラスの前身は伊勢の太陽神アマテル(男神)で,アマテルに使える神妻(巫女)が神格化したのがアマテラスではないのか,というのが第4章である。


  ◆   ◆   ◆


著者の主張が明確な形でまとめられているのが,本書の最終章「日本神話を歴史とするために」である。松村武雄の主張を肯定する形で,著者が神話の構造と成立過程について語っている部分を引用しよう:

イザナギ・イザナミの国生み神話は,もともと淡路島付近の海人の風土的な創造神話,天の窟戸神話は,もと伊勢地方の海人らの太陽神話,スサノヲの八岐大蛇神話は,出雲の風土伝承,天孫降臨は宮廷の大嘗祭の縁起譚,というように,記紀の各説話はめいめい異なった出自・原素材を持っている。それらの原素材は,それだけで完結していて,互いに無関係であったに違いない。ところが,ある一時代にこれらの説話を操作し,これらを人為的に一定の構想をもって,結びつけ,大和朝廷の政治的権威の淵源・由来を語る国家神話の形とした少数の手が感じられるというのである。(189~190ページ)

より要約すれば,大和朝廷の中核神話である天孫降臨譚の原因となる神話として様々な地方の神話を取り入れていったのが,日本神話だろうというわけである。

このように溯源(さくげん)的に,すなわち,あとから原因となる話を付け加えて行ったのだという説を加上説という。中国の神話や旧約聖書にもみられるパターンであるという。


  ◆   ◆   ◆


われわれ素人は,日本神話と言えば,古事記をベースとした,完成された形の神話しか知らない。たとえば,鈴木 三重吉による「古事記物語」などがわれわれの思い描く日本神話の典型である。

しかし本書では,日本書紀に記述されている異伝,「延喜神名式」に記載されている神社の所在地一覧,民俗学・比較神話学の成果などをもとに,われわれの知らない原初の日本神話の姿が明らかにされていく。神話研究のプロの仕事というのはこういうものなのだ,という感想を抱いた。

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2011.05.06

『暗殺の森』(ベルトルッチ)を見てきた

YCAMこと山口情報芸術センターで『暗殺の森 (Il conformista)』(ベルナルド・ベルトルッチ,1970年)を見てきた。

【あらすじ】
舞台は1930年代~1943年のイタリア。ファシスト党での出世をもくろむマルチェロ・クレリチ(Marcello Clerici)は資産家の娘,ジュリア(Giulia)と結婚する。

新婚旅行でパリに向かう途上,かつての恩師でパリ在住のルカ・クアドリ(Luca Quadri)教授の暗殺を指示される。マルチェロはクアドリ教授への接触を図るが,その過程でクアドリ教授夫人であるアンナ(Anna)と情を通じるようになる。妻のジュリアもまたアンナと親しくなる。

ある日,マルチェロは,クアドリ教授夫妻が別荘に行く予定であることを知る。マルチェロはファシスト党の工作員であるマンガニエロ(Manganiello)にその情報を伝えると同時に,アンナに教授と一緒に別荘に行ってはいけないと警告する。

しかし,ある雪の日,クアドリ教授とアンナは連れだって自家用車で別荘に向かう。マルチェロはマンガニエロが運転する車でクアドリ夫妻を追う。そしてマルチェロは,森の中でファシストの待ち伏せに遭ったクアドリ教授とアンナが殺害される一部始終を見届ける・・・。 (あらすじ終わり)


  ◆   ◆   ◆


上述のあらすじには書いていないが,打算づくでジュリアと結婚したり,自分の母親の愛人をマンガニエロに殺害させたり,とマルチェロの冷酷っぷりが映画では描かれている。

その一方で,クアドリ教授の殺害には自らは手を下さず,またアンナを救おうとしたものの結局は見捨てる等,狡さも同時に描かれている。こういうゆがんだ人格になってしまったのは,どうも幼少期にリノ(Lino)というホモセクシュアルの青年に出会ってしまったことが原因らしい。


表面的には「ファシスト政権下における反体制派暗殺」という非常に政治的な事件がこの映画の主題のように見えるが,どちらかというと,「幼少期のトラウマがゆがんだ人格を形成し,周囲を不幸にする」という,時代とか場所を超えた問題が主題である。


あと,付け加えておくと,この作品は非常にスタイリッシュである。主人公にせよ,その他の登場人物にせよ,衣裳は洗練されている。さすがイタリア。また,にぎやかで美しいパリの街と重厚だが寒々しいファシスト党施設内部の対比もメリハリが効いていて良い。「ラストエンペラー」でもそうだったが,ベルトルッチの映画では映像美が重要な要素である。


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2011.05.05

ナマケモノを見てきた件(秋吉台サファリランド)

せっかくの連休なので,秋吉台サファリランドに行ってきた。この連休中はナマケモノを屋外で見られる,というのが一番の売りらしい。

宇部から国道490号を北上し,途中で県道28号に入った。

絵堂のあたりまではスムースに走れたものの,秋吉台サファリランドの3キロ手前からは大渋滞。県外ナンバーばかり。わざわざ遠方からサファリランドに来たようである。

大渋滞を我慢してなんとかサファリランドに入場。

初心者なのでよく知らなかったんだけど,サファリランドって自家用車のまま入るんですな。園内には動物の解説用立て看板があるわけではないので,音声ガイド(借料450円)を借りておいて正解だった。

草食動物ゾーンに入ってびっくりしたのが,アジアスイギュウ。

Safaripushmipullyu

2匹並んでいるのだが,まるでお尻にも頭がついているように見えた。ドリトル先生の珍獣「オシツオサレツ(Pushmi-pullyu)」みたいである。

ハタリバレーというエリアにはライオンが居る。猛獣ゾーンは危険地帯なので,降車・窓開けは厳禁である。

Safarilion01

ライオンたちは昼間はぐったり寝ているのだが,なめてはいけない。昔,どっかのサファリパークで,猛獣に襲われた事故があったはず。

Safarilion02

ドルガーレイクというのは,トラのエリアである。ドルガー(ドゥルガー)というのはシヴァ神の妃でトラに乗っている戦闘の女神である。

Safaritiger01

さて,どんな脅威が待ち受けているかと思ったら,やっぱりトラたちは寝ていた。

Safaritiger02

Safaritiger03


ドルガーレイクを抜けると,猛獣エリアは終了し,あとは動物ふれあい広場である。ようやく,目的のナマケモノに会える。

秋吉台サファリランドにいるのはメスのフタユビナマケモノである。名は「エコ」という。気温が20度を超え,紫外線がそれほどきつくない,この季節,屋外で30分ほど遊ぶことが許されているらしい。

Safarinamakemono01

ナマケモノというわりには動きが早く,桜の木に登って新しい葉を食べたり,地上に降りてきたりした。

Safarinamakemono02

下の写真ではナマケモノがお座りをしている。これは実は排便の時の様子である。

Safarinamakemono03


ナマケモノが飼育小屋に帰った後は,草食動物などに餌やりをして過ごした。

Safarisheep


ここでは,羊だけでなく,ラマやポニーやカンガルーやエミューにも餌やりができる。餌やり後はちゃんと手洗いができるので衛生上も安心。


連休はどこかに行かないと落ち着かないものである。サファリランドに行って,ようやく,自分も充実したGWを過ごした気になった。

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