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2011.03.31

"Operation Tomodachi"の全貌

米軍・陸自・高校生、一緒に校舎の泥を撤去」等の日本人の心を鷲掴みにするような米軍の活動が報道されているが,米軍による一連の支援活動,すなわち"Operation Tomodachi"の全貌を簡潔にまとめた資料が手に入ったので紹介する:

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米議会調査局報告書「日本の地震に対する国防総省の対応」
Japan 2011 Earthquake: U.S. Department of Defense (DOD) Response, CRS Report for Congress, March 17, 2011 (PDF)

以下は要約


Operation Tomodachi

"Operation Tomodachi"は捜索・救助作戦および人道支援活動で構成されている。米軍の三沢基地は地震に見舞われたものの被害は軽微だった。現在,三沢基地は米軍と自衛隊の前進作戦基地として使用されている。また日本政府は米軍に対し,山形空港の使用許可を与えている。このような許可は初めてのことだが,評価されてしかるべきである。


福島第一原発事故への対応

福島第一原発事故に対して国防総省がどの程度関与するべきか,まだ明確にはなっていない。米軍自身を守るという面では,米軍は放射線の監視能力,放射性物質の除去能力を十分に備えている。3月15日には横須賀のUSS George Washingtonが福島第一原発からの低レベル放射能を感知した。

原発事故による危機が高まるにつれ,米国は日本政府に対する支援を強化している。3月16日,ニュースメディアは,グローバルホークが原子炉の上空を飛び,日本政府のためにデータ収集を行ったことを報じた。また3月17日,米海軍第七艦隊は佐世保にあった高圧水ポンプ5台と対NBC(核・生物・化学)兵器用スーツおよびマスク100セットを福島原発での作業用に提供したことを報告した。その他,米軍からは放射線計2000個,消防車2台が提供されている。


海軍の活動

空母USS Ronald Reagan,巡洋艦USS Chancellorsville,駆逐艦USS Preble,戦闘支援艦USS Bridgeで構成された空母打撃群が作戦を展開中である。USS Ronald Reaganは3200人の水兵,2480人のパイロットおよび航空要員,85機の航空機を擁しており,自衛隊や海上保安庁等のヘリコプターの給油基地としても機能しうる。USS Ronald Reaganの乗組員17名が低レベル放射線にさらされたが,無事に放射性物質を除去できた。

ミサイル駆逐艦USS Fitzgerald, USS John S. McCain, USS McCampbell,およびUSS Curtis WilburはUSS Ronald Reagan空母打撃群の近くで活動中である。また駆逐艦USS Mustinは被災地の南方で活動中である。これらの艦船は3月16日までに40トンの人道支援物資を被災地に輸送した。

ドック型揚陸艦USS Tortugaは北海道から自衛隊車両90台と約300名の自衛隊員を輸送したほか,ミネラルウォーター5000本とインスタント食品5000個を運んだ。

海兵隊第31進攻部隊を乗せた強襲揚陸艦USS Essex,ドック型揚陸艦USS Harpers FerryおよびUSS Germantownは日本海に到着している。これらの艦船の使命は仙台空港を復旧し,支援活動の基地とすることである。


海兵隊の活動

第3海兵遠征軍は山形空港に司令部および給油ポイントを展開している。

また,第3海兵遠征軍から派遣された2つの人道支援チームは被災地に到着しており,さらに2チームが近日中に被災地に展開する予定である。海兵隊の人道支援チームは航空自衛隊とともに気仙沼の避難所に援助物資を届けている。海兵隊の人道支援チームは水や物資を配布するほか,破壊されたインフラの調査,感染症の監視などを行う予定である。


空中からの活動

地震の直後,横田基地は空路の復旧に努めたほか,成田空港に着陸できなくなった航空機の代替空港として機能した。震災直後,厚木基地やUSS Ronald Reaganは,支援物資等を必要とする被災者の特定に専念した。米軍のヘリコプターは被災状況の調査や海上や海岸での生存者の捜索・救出にあたっている。海軍のP-3 Orion哨戒機もまた被災状況の調査にあたっている。

米空軍および海兵隊のヘリコプターおよび輸送機は沖縄から本州の米軍基地に移動し,本作戦に参加している。第5空母航空団は固定翼機の一部を厚木基地から沖縄及びグアムに移動させ,人道支援のための航空機を受け入れるための余地を設けている。三沢基地への発電機およびヘリコプターの配備は継続中である。

無人航空機RQ-4グローバルホークは被災状況の調査を行うためにアンダーソン空軍基地からグアムに移動している。


陸上での活動

米陸軍は自衛隊からの要請により,通訳,通信エキスパート,軍医計10名で構成されたチームを仙台に派遣している。この他にも,被災地の自治体からの要請により,国防総省のスタッフが同じような活動を実施している。また,米国陸軍工兵隊は在日米軍災害査定チームの瓦礫撤去活動を支援するために管理システムを提供している。

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2011.03.30

純丘曜彰氏「東電のカネに汚染した東大に騙されるな!」という記事に思う

東大は東電マネーに汚染されている,というセンセーショナルな内容の記事がINSIGHT NOW!というサイトに掲載されている。

今回の原発事故に関連して,「大企業が大学に金をばらまき,世論を操作する」という構図を糾弾した社会派の記事である。

「長崎大は東電からの寄付を拒否した」とか興味深い話も書かれており,読んでいて感心していたのだが,内容をそのまま盲信しないのが小生の性格の「やねこい」ところである。

まず同記事の冒頭で

なんと5億円! 寄付講座だけでも、これほどの大金が、東京電力から東京大学大学院の工学研究科にジャブジャブと流し込まれている。これは、東大の全86寄付講座の中でも、単独企業としてあまりに突出した金額だ

と書かれているので,確認のため,東大が公表している資料(「東京大学寄付講座・寄付研究部門設置調(平成23年3月現在)」)を見てみた。

東電に関連する寄付講座等を並べてみると,こんな感じである:

部局名寄付講座等名称設置期間寄付総額(百万円)寄付者
工学系研究科建築環境エネルギー計画学(東京電力)H21.10~H23.1040東京電力株式会社
同 上同 上H19.10~H21.10(40)(更新)
同 上同 上H16.10~H19.10(60)(更新)
同 上都市持続再生学H19.10~H24.9156住友不動産株式会社, 東京建物株式会社, 三菱地所株式会社, 三井不動産株式会社, 森ビル株式会社, 株式会社大林組, 鹿島建設株式会社, 清水建設株式会社, 大成建設株式会社, 株式会社竹中工務店, 東日本旅客鉄道株式会社, 東京電力株式会社, 東京ガス株式会社, 積水ハウス株式会社
同 上ユビキタスパワーネットワーク寄付講座H20.6~H25.5150東京電力株式会社, 東日本旅客鉄道株式会社, 株式会社東芝
同 上核燃料サイクル社会工学H20.10~H25.9150東京電力株式会社
同 上低炭素社会実現のためのエネルギー工学(東京電力)寄付研究ユニットH22.4~H25.3105東京電力株式会社

設置期間が終了していない寄付講座への寄付総額を単純に合計すると6億100万円,そのうち,東電単独の寄付金は2億9500万円になる。だが,5億という数字はどこから出てきたのか? この両方の数字から推定した額なのだろうか?

あと,「単独企業としてあまりに突出した金額だ」という表現もいただけない。小生の大好きなBNPパリバ証券会社東京支店(参考)なんか,「グローバル証券市場法(BNPパリバ)」に4億8000万円,「ファイナンス数理(BNPパリバ証券)」に9000万円,合計5億7000万円を寄付している。純丘曜彰氏から見ればこれも世論操作の一種なんでしょうか?

東電からの寄付先をよく吟味してみると原発に関連するのは「核燃料サイクル社会工学」だけ。

低炭素社会実現のためのエネルギー工学」がよくある「地球温暖化対策としての原発」という文脈で研究しているのかと思って調べてみたのだが,担当の先生はIGCC(石炭ガス化複合発電),つまり高効率火力発電の専門家で,原発とは関係ない。

建築環境エネルギー計画学(東京電力)」は小生の知っている東電出身の人(むこうは小生なんて忘却していると思うが)の研究室で,建築設備の省エネが専門であって,むしろ原発を含めた発電所群の削減に結び付く方向の研究をやっている。


企業は慈善活動で大学に寄付しているわけではなく,なんらかのメリットを求めて寄付を行っているのは確かである。だがそれを全てロビー活動のための「黒いカネ」と断ずるには,材料が不足していると思う。

多くの大学は組織的に動いているわけではなく,いわば研究室の集まった商店街のようなものである。大学単位で糾弾するのはあまり意味がない。

特定の研究室に特定の企業からの寄付が集中していて,当該研究室の先生が当該企業擁護の発言をしているという場合は,いわゆる利益相反であって,糾弾されるべきだと思う。

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2011.03.29

【「震災後」という「元号」】「何を語るべきか」という問いが重要になってきた

災禍は人々の意識や生活を一変させる。

小生の若いころまで「戦後○○年」という言葉が使われていた。それは太平洋戦争の敗戦によって日本人全体の意識が変わり,日本人にとって「戦後」という言葉がいわば元号※の役割をしていたことを示唆している。


※ ここで言う元号とは天子の在位期間を表す「一世一元の制」の元号というよりも,災禍に遭った人心の一新を目的として定められた,旧来の元号のことである。「戦後」という言葉は元号としてオーソライズされたものではないので「私年号」といった方が適切かもしれないが,パブリックな性質も強いので,元号と呼んでおく。


「阪神・淡路大震災から○○年」という言葉も,「震災」が人々の意識や生活を一変させたことを意味する。当時学生だった小生は,大阪で祖母と同居していて直接の被害は受けなかったものの,神戸に住んでいた大伯母が避難して来て同居するようになったり,神戸方面在住の教員や同級生が被災したために学校が開店休業状態になったりして,生活が一変したことを覚えている。関西の人々,とくに神戸の人々にとっては「大震災」という言葉は上述した意味での元号の役割をしている。

今回の「東日本大震災」もまた人々の意識や生活を一変させた。これから後,「震災後」という言葉は,人々の意識が変わった瞬間を思い起こさせる元号として機能するだろう。


  ◆   ◆   ◆


前置きが長くなったが,今回の震災後,ネット上(とくに日本語圏)では「何を語るべきか」という問題が重要になってきた。自粛の雰囲気の中,震災に関わらない話題を語るべきか否か。また,震災に関わる話題を取り上げるとして,その情報が有用か否か,あるいは有害か否か。そういったことを意識せずに発言できない状況になっている。とくに発言が影響力を持つ人々においてはなおさらである。

あるアルファブロガーは計画停電の詳細情報を提供することに注力し,別のアルファブロガーは一週間以上沈黙を続けていた。ある知識人は東京から逃げたことをツイッター上で告げて過剰反応だと失笑され,また別の知識人はツイッター上でデマを拡散させて避難されていた。

ネット上においても今回の震災は大きな転換点となっている。


  ◆   ◆   ◆


ここ数日間読んだ中で,考えさせられたネット上の記事を紹介する:

【オピニオン】砕け散った日本の鏡」(The Wall Street Journal, Japan Online Edition, イアン・ブルマ, 2011年 3月21日)

【あらすじ】 石原都知事の「天罰」発言の背景には「現代人は個人主義・利己主義に走っている」とする保守派のステレオタイプがある。しかし,一般の日本人は今回の震災に対して冷静に行動し,利他精神に則って助け合って生きている。ステレオタイプは今こそ打ち砕かれるべきである。


911でソーシャルメディアが生まれ 311で死んだ」(野間恒毅, ガジェット通信, 2011年 3月25日)

【あらすじ】 911のテロが起こったとき,ブログは現地の一次情報を伝えるメディアとして機能したが,今回の震災においてツイッターはデマ拡散装置として機能してしまった。今回死んだソーシャルメディアは再生されなくてはならない。


津波が示したサムライの死生観と日本人の防災観念」(日本経済新聞, 2011年3月25日, 2011年3月24日付英フィナンシャル・タイムズ紙からの転載記事)

【あらすじ】 運命をコントロールすることの限界をサムライは知っている。しかし,防災の努力を続けることには災害という運命がもたらす苦しみを最小限にするという意義がある。

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2011.03.18

【疎開】飛行機は避難民でいっぱい【東から西へ】

2日間の東京出張を終え,今日の晩の飛行機で宇部に戻った。

行きの飛行機,ANA692便(山口宇部→東京羽田)はガラガラで3分の1ぐらいしか乗客がいなかったのだが,帰りの飛行機,ANA699便(東京羽田→山口宇部)は乳幼児を連れた若い母親たちでいっぱいだった。

そういえば,羽田空港のチケットカウンターは小さい子どもを連れ,大きな荷物を抱えた親たちで混雑を極めていた。

現在のところあまり報道されていないが,関東から西日本への疎開が始まっているようである。小生の便に乗っていたのは,山口県の実家を頼って避難を開始した人々だったのだろう。


こういうニュースもある:
福島県から下松市に避難」(NHK山口放送局,2011年3月17日21時)

「被爆のリスクがある中、子どもの未来を考えると町を出るしかなかった」と,親戚がいる下松市に来た家族があるとのこと。


  ◆   ◆   ◆


【2011年3月18日午前加筆】

やはり同じ飛行機に乗っていたのは避難民だった:
東京脱出 山口宇部空港に赤ちゃん連れの母親が次々」(宇部日報,2011年3月18日)


疎開の情報は東京のマスコミではなく,地方マスコミおよび個人のブログから続々発信されている:

キャンプへGO!:家族は福岡に疎開させました」(キャンプへGO!, 2011年3月13日)

【震災関連】表情険しく首都圏から“疎開”/高松空港」(四国新聞,2011年3月18日)

首都圏脱出、九州へ 対面の家族『疎開のよう』」(西日本新聞,2011年3月16日)

放射能汚染、東京から脱出~3/16羽田空港~」(CARAMEL SYRUP店員のブログ,2011年3月17日)

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2011.03.16

今回の大災害に対する両陛下のお気持ち

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とその後の様々な困難に際し,天皇皇后両陛下は以下のようなお気持ちと行動を示されている(参考:「平成23年東北地方太平洋沖地震に関する天皇皇后両陛下のお気持ちなど,平成23年3月14日,宮内庁」)。

  • 困難を人々と共に分かち合うべく,御所においても停電を実施されている
  • 災害に忙殺されている関係者に負担をかけることのないよう,適切なタイミングを選んで,関係者から報告をお聞きになる機会を設けることとされる
  • 両陛下の移動(行幸啓)に関しては,災害への対応に忙殺されている警備当局に負担をかけることのないよう,当面取りやめとされる

以前,「格差社会を憂う陛下」(2008年12月23日)という記事を書いたが,両陛下は常に困っている人々に対して共感・共苦のお気持ちを持つことを忘れていない。


さて,小生は今日・明日と,東京に出張する。

首都圏に行くのは,現在混乱を極めている首都圏のエネルギー・インフラに対してさらに負荷をかけるようで気が引ける部分もあるが,なるべく平常時と同じような経済行動をとることの方が,災害支援・復興に対する支えになるという気もする。

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2011.03.14

【輪番停電】東京都,栃木県のグループ分け詳細【栃木県下野市は何グループ?】

テレビで輪番停電のグループ分けについて報道しているが,一部の市町村が抜け落ちたまま発表されている様子である。

うちのツマの実家がある,栃木県下野市石橋(旧石橋町)なんか発表されずじまい。確認しようにも東京電力のWebサイトが重くて確認できない。

なので,グループごとの停電時間帯,および東京都と栃木県のグループ分けについて情報を流すこととする。

14日の停電時間帯

第1グループ 06:20-10:00,16:50-20:00
第2グループ 09:20-13:00,18:20-22:00
第3グループ 12:20-16:00
第4グループ 13:50-17:30
第5グループ 15:20-19:00

東京都と栃木県のグループ分け情報は次の通り(コピーを入手したので再配布する。今後訂正の可能性あり):


○東京都: 「tokyo.pdf」をダウンロード
○栃木県: 「tochigi.pdf」をダウンロード


このグループ分けリストによると栃木県下野市石橋なんか第1グループと第3グループの2つに分類されている。多分,字・小字レベルないし丁目レベルで分けられているんだろうけどそこまで分からない。いったいどっちなんだろうか?


  ◆   ◆   ◆


【2011年3月18日加筆】
あの小飼弾氏が停電情報を検索できるスクリプトを作成し,公開しているのご参照ありたし:
東日本大震災 - 東電停電ファインダー for 2011.03.15-21

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2011.03.13

【東北地方太平洋沖地震】米軍の支援作戦名は"Operation Tomodachi"

「東北地方太平洋沖地震」の件。

CNN,BBC,アルジャジーラなどを通じて世界各国に地震・津波の被害が報道されており,小生の下にも海外の知り合いから問い合わせのメールが来ている。

西日本に住まうものとしては現在のところ,ただただ事態の推移を見守るだけである。

ここでは支援活動や気になることをいくつかメモ的に記す。


米軍の支援作戦名は"Operation Tomodachi"

CNN報道によると,米空母「ロナルド・レーガン」が仙台沖に到着し,救援活動の支援を開始したという:
"U.S. troops, USS Ronald Reagan arrive in Japan" (CNN, March 13, 2011)

今回の支援作戦の名称は"Operation Tomodachi"ということである。日本人の心情を汲む,優れたネーミングであると思う。

自衛隊・警察・消防・海保といった国内の組織が全力で救援活動を行いつつも力の及ばないところを,今,米軍が支えてくれている。日米同盟の重要性を再認識した。

"Operation Tomodachi"の詳細は「"Operation Tomodachi"の全貌」に記載しておいたので,興味ある方は参照されたし。(4月1日追記)


「ザ・商売人|Kozakai社長のアメブロ」の件

本名かどうかは知らないが,小堺秀彦とか言う経営者のブログ。すでに炎上しているようだが,3月13日付けの記事で,

物流が滞っているので これからは食料品の不足など起こる可能性があります。 食品や飲食関係のビジネスをしている人はチャンスですお。

とか

私の顧客にホテル経営をしている人がいますが 地震が起こった当日から今日まで 通常1泊10000円のところ1泊15000円 にして営業してました。 さすがですね。

とか

うちの妹も弁当をかなり増産して売りまくってるようです。 (パートのおばちゃんのケツ叩いてるんだろうなw) これが商売人というもの。

とか,呆れるようなことを書き散らかしている。

小生は昔,阪神・淡路大震災に遭ったことがあるが,あのとき,焼き芋やおにぎりを高額で販売した連中がいたことを思い出した。

アフガニスタンから義援金

上述の話と全く逆の話。

カンダハルからも義援金=アフガン」 (カブールAFP=時事,2011年3月12日)

カンダハル市長が東日本大震災の被災者に義援金5万ドル(約400万円)を送ると表明。「貧者の一灯」というと失礼かもしれないが,それだけ尊い意志。

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2011.03.07

【富士山と大山】北緯35度22分上の決戦【関ヶ原】

たまには学会にも顔を出してみるものである。

日本建築学会中国支部研究発表会というものに行ったのだが,小生の所属とは全く異なる分野で,面白い研究発表があったことを知った。

有限会社HAUS設計の川本博之という人が,「日本の歴史的重要建築物が霊峰や神社などを結ぶ直線状に位置していること」を発見し続けているのである。

例えば京都においては,相国寺(1382年創建)を中心に金閣寺(鹿苑寺舎利殿,1397年)と銀閣寺(慈照寺観音堂,1490年創建)が東西方向に一直線に並んでいること,さらに南北方向には上賀茂神社―相国寺法堂―建仁寺方丈―稲荷山三ノ峰という直線が存在していることを指摘している(川本博之「金閣寺舎利殿と銀閣寺観音殿の事実的背景」,日本建築学会中国支部研究報告集第34巻,757-760)。

近代でも,明治神宮と国会議事堂とが同緯度に位置すること,明治神宮,明治神宮聖徳記念外苑絵画館,旧赤阪離宮,江戸城富士見櫓が一線上に並ぶこと,旧赤坂離宮(迎賓館)と吹上御所を結ぶ線上には江戸城天守台があること,などを次々と指摘している(川本博之「明治神宮と国会議事堂の同緯度関係の事実的背景」,日本建築学会中国支部研究報告集第34巻,657-660)。

他にもいろいろあったが,詳細は省く。たぶん川本氏のホームページだと思われるものがあるので,紹介しておく:
富士山と大山の東西の西端の出雲を要とし飛鳥を国土中心とした 『大和朝廷の神々の日本設計図』


これらの指摘が建築史上においてどのような意義を持つのか,門外漢の小生には分からないが,川本氏が重視する「富士山大山の同緯度関係」というのは面白い発見だと思った。

富士山頂の緯度は北緯35度21分38秒,大山(伯耆大山)の山頂の緯度は北緯35度22分16秒である。ほぼ同緯度とみなせそうである(とはいえ,緯度で38秒の差は1172mである。約1km,南北にずれていることになる)。

で,調子に乗って,北緯35度22分線上に重要な歴史的遺跡がないものかと探してみたところ・・・ありました。「関ヶ原古戦場」。

関ヶ原の戦いの「決戦場」(国史跡)の緯度は35度22分2秒である(参考)。


富士山と大山の2大霊峰と関ヶ原の関係やいかに? これを小生が霊的に解いてみることとする。

関ヶ原の戦いで戦った東軍・西軍の主力は徳川氏,毛利氏である。

徳川氏の領国は小田原の役前は東海5カ国,その後は関八州である。いずれにせよ霊峰富士を仰ぎ見る地域であり,徳川氏の霊的パワーの源泉は富士山にあると言える(笑)。

一方,毛利氏は中国地方10カ国を領有した(本当は九州の筑前・筑後も領有)。その領国伯耆には霊峰大山がある。毛利氏が厳島神社を篤く信仰していたことは知られているが,大山もまた毛利氏を霊的にバックアップする存在だった。

両霊峰のパワーを受けた徳川氏と毛利氏が近世日本の覇権をかけてぶつかり合うのは当然のことであり,その衝突が,富士山と大山を結ぶ北緯35度22分上の関ヶ原で起こるのもまた当然のことである・・・。

(実際には毛利両川体制を支える吉川・小早川両氏が徳川氏に抱き込まれ,また毛利秀元は合戦時に全く動かなかったため,徳川氏と毛利氏が激突したとは言い難い)

ということで,富士山と大山の2大霊峰と関ヶ原合戦の関係がこれで判明した(笑)。 QED.


  ◆   ◆   ◆


ちなみに関ヶ原合戦の謎に真面目に取り組みたい人はこの本を読むとよいと思う:

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2011.03.04

【続々・ヴィエンチャン食べある記】Khop Chai Deu: 多国籍料理レストラン

今回紹介するのはKhop Chai Deu (コップチャイ・デュー)というナンプー公園すぐそばの多国籍料理の店である。"Khop Chai" (コップチャイ)というのはラオス語で「ありがとう」という意味。ラオス人は"Kobjai"と書いたりもする。毎週金曜日は大賑わい。

小生はラオスの人たちと2階席で食べたのだが,その様子は以下の通り。

まずはラオス人の一人が撮った遠景:

Kobjaideu01

次に小生を含め,宴会の参加者全員で撮った写真:

Kobjaideu02

ここではラオス料理はもちろんのこと,ピザだの,パスタだの,日本食だの,中華だの,タイ料理だの,あれやこれやが出てくる。

みんな「ニョック!」と言って,地元のビール,タイガービア―やビア・ラーオを乾杯する。

ラオスの若い人の間では「ドミノ」といって時計回りあるいは反時計回りに次々と一気飲みをリレーするのが流行っている。

Domino01_2

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小生も加わって,何周もしたらビールサーバーが2台空いてしまった。みんなけっこう酒に強い。

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【続々・ヴィエンチャン食べある記】Kong View: メコン川沿いのレストラン

さてラオスから帰ってきて少し経ち,あれやこれやの仕事も片付いてきたので,ヴィエンチャンのレストラン紹介でもしようと思う。
今回はラオスの富裕層に人気のレストラン,Kong Viewである。

Kong Viewはヴィエンチャン中心部から少し離れたメコン川沿いにあるバー&レストランである。ワッタイ国際空港に近い。

ラオスの若いビジネスマンたちに連れられて行ってみた。メインの道路から外れたとたんに道が悪くなるので(ほとんど砂地),普通のタクシーだと行くのがつらそうである。小生は某ラオス人ビジネスマンのトヨタ・ランドクルーザーに乗せてもらったので,楽ができた。

下の写真が食事中の様子である。すぐ傍がメコン川,そして川の向こう岸がタイである:

Kongview

ラープ(ひき肉の香草炒め),サイ・コーク(ソーセージ)などのラオス料理を堪能した。たまに地雷(唐辛子)に当たったりして,大変だったこともある。

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2011.03.03

【バングラデシュ】ムハマド・ユヌス氏の100万ドル流用疑惑について [Norwegian money to Grameen Bank]

それがどういう話なのか,以下の記事:

"Grameen Bank's Yunus 'stole' $100 mn" (Dec. 1, 2010, Indian Express)

"Norway gives clean chit to Nobel Laureate Muhammad Yunus" (Dec 8, 2010, DHAKA, PTI, Daily News and Analysis)

"Nation Fails to Defend an Icon" (Published in The Independent, Dec 18, 2010, M. Serajul Islam)

をもとにまとめてみた。

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2010年12月,ノルウェー国営放送NRKが"Fanget I Mikrogjeld"すなわち"Caught in Micro-credit"というドキュメンタリーを放送した。

その内容は,「1994年,ノルウェー政府(正確にはNORAD:Norwegian Agency for Development Cooperation)からグラミン銀行に,マイクロクレジットに使用する目的で100万ドルを提供することが決まった。しかし,その資金はグラミン銀行の下部組織であるグラミン・カリヤン (Grameen Kalyan,グラミン・グループの保健福祉部門。マイクロクレジットの仕事はしていない)に回された。これは合意文書に反する行為だった」というものだった。

実際にはそのあと100万ドルはグラミン銀行に戻され,ノルウェー政府とグラミン銀行の間で対話が行われ,1998年には決着がついたのだが,同放送でそこまで放送したかどうかは小生にはわからない。

十数年前の事件を今更蒸し返すとは何事?という感じなのだが,同放送後の2010年12月,バングラデシュの政府関係者とマスコミは「ユヌス,過去に横領?!」と大騒ぎになった。

ノルウェー政府は12月8日にユヌス総裁(当時)を擁護する声明を発表。「一時,NORADの資金がグラミン・カリヤンに回ったのは事実だが,その件は1998年に解決済みである。ノルウェーからの資金が目的外流用されたり横領されたりしたという事実はない」とノルウェーの環境・国際開発大臣は述べた。

バングラデシュのシェイク・ハシナ首相はこの問題に非常な関心を寄せ,「グラミン銀行からグラミン・カリヤンへの資金の移動は税逃れのトリックではなかろうか?」とか,「マイクロクレジットは本当に貧困層を貧困のサイクルから救出できているのだろうか?」と疑問を提示した。

当事者(ノルウェー政府とグラミン銀行)の間では解決済みの問題が今頃になって出てくるのも変だが,ハシナ首相はこれを奇貨として政敵を追い落とそうとしているような感じである。

ただ,ユヌス氏が長く総裁を続けすぎている感があるのも事実である。

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【バングラデシュ】グラミン銀行ユヌス総裁解任の件 [Bangladesh removes Yunus from Grameen Bank]

貧者のための融資システム,「マイクロファイナンス/マイクロクレジット」の生みの親にして,ノーベル平和賞受賞者であるムハマド・ユヌス氏が,グラミン銀行総裁の座を追われたのだそうだ:

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グラミン銀総裁を解任=マイクロ金融生みの親-バングラ中銀」(2011年3月2日,時事ドットコム)

"Bangladesh removes Nobel winner Yunus as Grameen Bank" (March 2, 2011, Serajul Islam Quadir, Reuters)

"Bangladesh turns up heat on Nobel winner Muhammad Yunus" (Mar. 1, 2011, Indian Express)

直接の解任理由はグラミン銀行設立法違反ということだが,本当はユヌス総裁がグラミン銀行の資金100万ドルを流用したという疑惑が原因だと考えられている。

しかし,ユヌス総裁の支持者に言わせれば,その疑惑自体はユヌス総裁とハシナ首相の政治的対立(2008年の総選挙)に根差したでっち上げなのだという。

で,その疑惑はどういうものかというと,この2010年12月1日付けのインディアン・エクスプレスの記事に短くまとめられている:

"Grameen Bank's Yunus 'stole' $100 mn" (Dec. 1, 2010, Indian Express)

疑惑について初めて報道があったのは2010年12月で,報道したのはノルウェー国営放送だった。同放送によると「ユヌス総裁がグラミン銀行から100万ドルを引き出してグラミン・カリヤン (Grameen Kalyan)という組織に流した」ということである。

グラミン・カリヤンはグラミン・グループの保健福祉部門なので,グラミン銀行のお金がそちらにまわるのは問題ないのでは?と思うのだが,目的外流用にあたるのでアウトなのだそうだ。

ちなみに,なぜノルウェー国営放送がユヌス総裁の不正なんぞを取り扱うのかというと,ノーベル平和賞を贈呈したのはノルウェー政府だからである。


この先,ユヌス氏が「汚れた英雄/堕ちた偶像」となってしまうのか,あるいは疑惑自体が嘘で,汚名を雪ぐことに成功するのか,しばらくは報道から目が離せない。


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ちなみにマイクロクレジットは無担保少額融資制度というように訳される。これは担保を持たない貧困層の為の少額の融資である。

それだけを聞くといい制度に聞こえるが(知っている人は知っていると思うが),金利は高い。年利20%である。ただ,ウィキペディア「グラミン銀行」の「評価及び問題点」にもあるように,バングラデシュにおける高利貸しの金利が100%を超えていることや同国の物価上昇率の高さを考えると相対的に低いともいえるのだそうだ。


脇道に逸れるが,以前,カンボジアに出張したとき,同地にもACLEDAという銀行があり,マイクロクレジットを行っていた。金利は月2~3%だったと思う。多分,グラミン銀行と同じように単利だったと思うが,そうすると年利24~36%ということになる。

カンボジアの農民の方々は苗の購入などの目的でACLEDAから金を借りるのだが,実際にはその金で中古車の転売などをやり,利子が膨れないうちに返済を済ませるという財テクをやっているそうだ。農業の振興にはあまり役だっとらん。2008年ごろの話。


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【2011年3月3日夕刻追記】
マイクロファイナンスに効果があるのかないのかという点については議論がある。
ニューズウィーク日本版の記事によると,「貧困改善を裏付けるデータは存在しなかった」のだそうだ:
危ういマイクロファイナンス・バブル」(2009年7月1日,マック・マーゴリス)

この記事のもとになっている論文はこれである:
David Roodman and Jonathan Morduch, The Impact of Microcredit on the Poor in Bangladesh:
Revisiting the Evidence
, Center for Global Development Working Paper Number 174, June 2009

過去,Pitt and Khandker (PK, 1998), Khandker (2005)といったマイクロファイナンスの効果に関する研究が実施されてきた。例えば,Pitt and Khandkerの研究(PK, 1998)では「マイクロクレジットはとくに女性に適用した場合,家庭の消費を増加させる」という結論が出ている。

しかしロードマントとモーダックがこれらの研究を再検討した結果,逆の結果が得られたりして,結局,「マイクロファイナンスが貧困改善につながる」ということは実証できないことがわかったのだそうだ。

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【ラオスから】帰ってきました

今回のラオス滞在は短め。先日,ヴィエンチャンからバンコク経由で帰国した次第である。

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ラオス滞在中に書いておけばよかったことを明日以降書こうと思っているが,今回までの3年間でヴィエンチャンについて感じたことを以下に少しだけ書いておく:

  • 車が増えている: トゥクトゥクばかりだったのが,タクシーやワンボックスのレンタカーが増加している
  • 富裕層が育っている: いままでも格差はあったのだが,富裕層の成長ぶりが著しい。良家の子弟はiPhoneを片手にトヨタのランドクルーザーやハイラックスを乗りまわし,レストランやディスコで毎週末を楽しく過ごしている
  • だからと言って貧困層が増えているわけでもない: ヴィエンチャンは東アジア各国の首都の中で唯一スラムのない首都である。一般の人々は今までとあまり変わらない生活をしている。
  • ラオプラザがようやくセキュリティに気を使うようになった: いままで重要会議があってもX線や金属探知機を設置することのなかったラオプラザがついにこれらの機器を導入した。しかしながら運用は適当。ボーペニャン

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