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2011.02.22

【ラオス】お寺詣り(Wat Ho Phakeo / Haw Pha Kaeo)

一昨日は,ワット・シー・サケート(Wat Si Saket)に詣でた後,ワット・ホー・パケオ(Wat Ho Phakeo / Haw Pha Kaeo)にも詣でた。ワット・ホー・パケオは大統領宮殿のすぐ隣である。ここも拝観料は5,000kip,55円ぐらい:

Wathophakeo01

1565年,ランサーン国王セータティラート(Setthathirat)がルアンパバーンからヴィエンチャンに遷都する際,かの有名なエメラルド仏を祭るために建立したのが始まりだそうだ。

ワット・シー・サケートに比べると全然デカい:

Wathophakeo02

屋根の上に乗っているのは昨日も紹介した鶏頭ナーガである。

さて,エメラルド仏は現在はこの寺には存在しない。というのも,1779年,シャム(トンブリー朝)がヴィエンチャンに侵攻した際,シャムに持って行かれたためである。

トンブリー朝の将軍であり,チャクリー朝の創始者であったラーマ一世はエメラルド仏をバンコクのワット・プラケーオ(名前がほとんど一緒)に祭った。以来,現在に至るまで,チャクリー朝の守護仏として祭られている。

ワット・ホー・パケオの方はどうなったかというと,昨日の記事に書いたように,1828年のシャム軍のヴィエンチャン侵攻に遭って破壊されてしまった。

現在の本殿は1936~42年にフランスの援助で再建されたものである。オリジナルに基づいて再建されたというが,Lonely Planetによると,どちらかというと19世紀のシャムの建築に近いのだそうだ。

本殿は現在は歴史博物館になっており内部の撮影は禁止。なので外側だけ写真を撮った。

↓これは本殿に上がるための階段。鶏頭ナーガが守っている:
Wathophakeo03

↓本殿の軒下に安置された仏像群:
Wathophakeo04

ちなみに本殿に上がる時には靴を脱ぐ。

本殿の裏にはこのような装飾がある:
Wathophakeo06

あと本殿の裏を狛犬が守っていた:
Wathophakeo05

これは鶏頭狛犬とでも言うの?

こういう寺院は物凄く面白いわけではないけど,東南アジアに来た!という気持ちにはなれる。

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2011.02.20

【ラオス】お寺詣り(Wat Si Saket)

That Damの様子を見た後は,強烈な日射の下,てくてく歩いて大統領宮殿まで来た(下の写真の左側が大統領宮殿である):

Presidentialpalace

で,この大統領宮殿の周りには2つの寺がある。一つはワット・シー・サケート(Wat Si Saket),もう一つはホー・パケオ(Haw Pha Kaeo)である。

ワット・シー・サケートはヴィエンチャン王国(1707~1828年)のチャオ・アヌウォン(Chao Anou, セーターティラート3世)によって1819~24年に建立された。

建立されてから200年足らずだと思うと余り古くないような気がするが,1828年のシャム侵攻でヴィエンチャンの街が破壊されたため,生き残っている寺院としては最も古いものだという。

ワット・シー・サケートの境内は無料区域と有料区域に分かれる。下の写真は有料区域への入り口である。拝観料は5,000kip,55円ぐらい:
Watsisaket01

無料区域には最近作られたと思しきキンキラキンの仏像が並んでいる:
Watsisaket02

東南アジア特有の涅槃仏(寝ているわけではなく,入滅するところである)もあるが,説明書きを見ると,2003年に奉納されたようである:
Watsisaket03

これ(↓)はなんだろう。有名な坊さんだろうか?あるいは布袋さん(弥勒の化身なんだってね)?
Watsisaket04

有料区域を取り囲む回廊は数多くの仏像で埋め尽くされている:
Watsisaket05

傾いた仏像もある:
Watsisaket06

回廊の半分ぐらいは現在修復中:
Watsisaket07

修復中だと,屋根の構造が見られて面白い。縦に渡してある板はギザギザの波上になっており,横板を引っ掛けることができるようになっている:
Watsisaket08

裏から見るとこんな感じである:
Watsisaket09

つまり,(1)縦板のギザギザ部分に横板を引っ掛け,(2)横板に瓦のフック部分を引っ掛け,(3)さらに瓦と瓦の隙間を埋めるように別の瓦のフック部分を引っ掛け・・・という仕組みで屋根ができているわけである。

回廊の中心には本殿があるのだが,内部は撮影禁止。なので,扉とか,本殿を守るナーガを写してきた。

これが本殿の真後ろの扉:
Watsisaket11

そして本殿の裏を守るナーガ:
Watsisaket10

インドではナーガと言えば5~7つの頭を持つ蛇神,あるいは竜として知られているが,ラオ族のナーガは鶏頭ナーガというのだそうだ(参考「メコンプラザ:岡崎信雄『アジア各地のナーガの”色と形”』」)。

岡崎氏は「アニミズムに根ざした鶏への土俗的な信仰心と仏陀信仰が融合し、鶏頭ナーガの造形が生み出されたのではないか」と述べている。なるほど。

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【ラオス】今年もThat Damを見てきた

ヴィエンチャン滞在中は必ず様子をうかがいに行くのが,タート・ダム(That Dam)=黒い塔である。

Thatdam01

あいかわらず閑散としている。

完全に放置されているかというとそうでもなく,一応,信仰心の篤いラオス人によって花がささげてあったりする。

Thatdam02

この塔の由来は良く分かっていないが,Lonely Planetによれば,ランナー朝~ランサーン朝初期に建てられたのだろうと言われている。

また,かつては金に覆われていていたが,1828年,シャムによる侵攻の際にそれらの金は持ち去られ,現在の黒い塔となったのだと言われている。

また,他には,この塔は7つの頭を持つ竜のすみかで,その竜は1828年のシャム侵攻の際にヴィエンチャン市民を守ったとかなんとかいう,黄金の塔の伝説と全然関係ない伝説もある。

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2011.02.19

Lao Textilesに行ってみた

「地球の歩き方」やLonely Planetでも紹介されている織物ブティック"Lao Textiles"に行ってみた。

よく行くインド料理屋"Taj Mahal"の隣にある(例によって下手なパノラマ写真で紹介する):
Laotextiles01

敷地への入り口はこんな感じ:
Laotextiles02

敷地内はショップと工場に分かれる。ショップの建物はこんなフランスコロニアル様式だが,中は撮影禁止:
Laotextiles06

ショールや壁掛けなどの布モノのモチーフには伝統的な「ダイヤモンド」と「シホ (Siho)」の模様が使われているが,全体的な構成はオリジナルで現代的なものとなっている。

シホというのは想像上の動物で,半分ライオン・半分ゾウというものである。こんなやつ(買ったやつだから写真をのせてもいいだろう。"引用"ということで):
Siho

壁掛けは45ドルから高いものは400ドル以上のものまである。こういう手作業を経て作られているのだから,まあそのぐらいの価格だろうと思う:

Laotextiles07
↑糸繰り作業1

Laotextiles09
↑糸繰り作業2

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↑糸繰り機

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↑機織り作業

Laotextiles11
↑機織り機

Laotextiles03
↑工場内の様子

見学を終えた後は街中をうろうろしたけど,余りの暑さにタージマハールで一休み:
Tajmahal

ラッシー1杯10,000キップ,ベジタブルカレー10,000キップ,プレーンナン1枚4,000キップで計24,000キップ。現在,1円で92キップぐらいなので,260円といったところか。

料理を頼むと水はタダだが,水だけ頼むと3,000キップ。

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2011.02.18

Lao Plazaの裏側の景色を眺めてみた

Lao Plazaの裏側の景色を眺めてみた。

下手なパノラマ写真ができたのだが,こんな感じである:

Laoplazabackside


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ヴィエンチャンに来たわけで

スワンナプーム発ワッタイ行きのタイ航空の飛行機が遅れたため,昨晩の10時過ぎにヴィエンチャンに到着した。

600pxflag_of_laos_svg

蚊取り線香の匂いらしきものがワッタイ空港内に立ちこめていてちょっとむせた。

数年前からタクシーというものができたので,空港から市内までは6ドルで移動できる。バンだと7ドルだとか。

毎年7パーセント以上の経済成長が続いているとはいえ,今もなお,夜の首都は暗い。みんな早寝早起きだもんね。

なんか,ラオプラザが増設しているような感じなのであとで偵察してみるつもりである。

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2011.02.16

明後日からラオスに行くわけで

今年も恒例のヴィエンチャン参り。

600pxflag_of_laos_svg

小生は花粉症なのだが,毎年スギ花粉が飛び始めるあたりで出国しており,約2週間はスギの被害からまぬかれることができる。一応,ジルテックなる薬は用意してあるが,3月まではほとんど使わないで済むわけである。

というように花粉症に関してはヴィエンチャン参りはいい話なのだが,年度末は宿題が山積みで,海外出張準備が進まない。今日になってようやくスーツケースを押し入れから出したところである。

しかし,クローゼットから夏用スーツを出したところで,ケーブルテレビAXNで第60回エミー賞受賞ドラマ「マッドメン」(1960年代アメリカの広告業界が舞台)なんか見ちゃったりして,結局準備が進んでいない。

明後日の晩にはヴィエンチャンにいるのかと思うとびっくりである。

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2011.02.15

宇部の一部で停電

昨晩(2011年2月14日)のことだが,9時ごろと10時ごろに2度停電があった。

ここ数日,宇部市内は風雪が厳しく,それが原因で電線が切れるか,ショートが起きたのだろうと思う。

他にも昨晩の停電についてブログを書いている人がいるので,うちの近所だけのことではなかったようである:
停電。 一円相(いちえんそう)」(2011年2月15日)

積雪の霜降山行き! 従心つれずれDiary/ウェブリブログ」(2011年2月15日)

それにしても冬の停電にはまいる。エアコンはもちろんのこと,石油ファンヒーターもガス湯給湯器もまた電気を使うので,暖を取る手段が一切なくなる。

こういうことがあるので,オール電化は危険だと思う。

参考:「今日の宇部日報から… - あきんの気まぐれ日記 - 楽天ブログ(Blog)

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2011.02.10

【白鳥は悲しからずや】宇部のシンボル,常盤湖のハクチョウ一掃

昨日の記事「【鳥の歌いまは絶え】宇部市の常盤公園でハクチョウなど400羽殺処分」でも取り上げたが,鳥インフルエンザの感染拡大を防ぐため,全国随一の数を誇っていた5種358羽のハクチョウ類とカモ類41羽が殺処分された。

苦渋、ハクチョウ殺処分 宇部のシンボル消える」(宇部日報,2011年2月10日)

ハクチョウは家畜伝染病予防法の対象外だから,これは法の問題ではなく,意思決定の問題(倫理の問題と言ってもよい)である。だから正解は無く,責任者(この場合は市長)がその価値観に基づいて判断することである。宇部市の場合は,ハクチョウが市の重要な財産であることと感染拡大の防止とを天秤にかけた結果,殺処分という苦渋の決断がなされた。


今回の事態に関連して小生が疑問に思うことを挙げる。

(1)絶滅危惧種だからと言ってナベヅルが殺処分対象とならないのはいかがなものか?
(2)野鳥は放置されていて,飼育されている鳥は殺処分となるのはいかがなものか?

小生は別に殺処分を推進したいわけではない。

(3)殺処分以外の方法はないのか?

ということも考えている。例えば,ワクチンや薬はどうだろうかと。しかし,おそらくコスト面・技術面からそれらの選択肢はないということになっているのだろう。

現時点で問題だと思うのは上述の(1),(2)の点である。ある場合には鳥類の殺処分が進められ,ある場合には放置される,という判断のばらつきは問題だと思うのである。

鳥インフルエンザへの対応がケースバイケースで異なることは,防疫という面でも問題がある。ある自治体で家畜以外の飼育されている鳥類や野鳥を徹底的に殺処分し,感染拡大を進めていても,別の自治体でそれらを放置していた場合は,結局,感染は拡大し続けるだろう。

鳥インフルエンザ問題はもう何年も前からの問題であるのに,国全体として一貫した考え方が見られないのが大いに不満である。

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2011.02.09

【鳥の歌今は絶え】宇部市の常盤公園でハクチョウなど400羽殺処分

とうとう来てしまったと思った。

先日6日に常盤公園で死んだ野鳥のキンクロハジロから鳥インフルエンザの陽性反応が出た。

そのときいやな予感がしたのだが,今日9日,さらに常盤公園のコクチョウから鳥インフルエンザウイルスの陽性反応が出た。

これを受け,宇部市はハクチョウなど400羽の殺処分を決定した。今この時間にも処分が進められているはずである。やむを得ないとはいえ,ゾッとする話だ。

ハクチョウは常盤公園のシンボル。宇部市のマンホールのデザインにもなっている。ときわ公園のページ(2011年2月9日現在)にはこのように書かれている:

ときわ公園のシンボルになっているハクチョウ。広大な常盤湖には現在5種400羽以上が飼われており、これだけの数のハクチョウが飼育されているのは国内でも例がありません。またここで生まれ育ったハクチョウは全国各地の多数の公園などに提供されています。

常盤公園には何度も足を運んだ。普段は余り気にも留めていなかったが,ここにいたオオハクチョウ,コハクチョウ,コブハクチョウ,コクチョウ,クロエリハクチョウ等々の鳥たちは今夜にも一掃され,もう二度と見られない。飼育員の人々の無念さはいかほどのものか。


  ◆   ◆   ◆


常盤公園と言えば,モモイロペリカンたちも有名である。以前から本ブログ上で何度も紹介してきた:

ありし日のカッタ君

(2008年5月6日記事「現在のカッタ君」より)

勤め先にペリカンが来た件

(2010年1月20日「勤め先にペリカンが来た件」より)

ペリカン一族にも鳥インフル禍が広がらなければよいのだが・・・。

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2011.02.07

ソポクレス(福田恒存訳)『オイディプス王・アンティゴネ』読了

松岡正剛セレクト「天界物語八冊組」(松丸本舗ブックギフト・プロジェクト)の本を読み続けているというのは前の記事にも書いた。

Seigow03
↑セイゴオのサイン入り『オイディプス王・アンティゴネ』(再掲)

今回はソポクレス『オイディプス王・アンティゴネ』(福田恒存訳,新潮文庫)を読み終わったので,これらの作品についてあれこれ書いてみたい。

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まず,『オイディプス王』について書くことにするが,作者ソポクレスのこと,そして『オイディプス王』のあらすじ,また,このギリシャ悲劇をフロイトから引き離して読むべきだということ,等については松岡正剛の『千夜千冊・第六百五十七夜』(2002年11月12日)に詳しく書かれているので,本記事では触れないことにする。ただ,ソポクレスがアテナイの黄金期の人気作家であったこと,オイディプス王はテーバイの王で,意図せずに父殺しと母子相姦という悲劇に見舞われた,ということだけ述べておく。

ここで触れたいのは訳者・福田恒存の『オイディプス王』評である。巻末の解説で福田はこのように述べている:

筋があたかも推理小説風に展開し,次はどうなるかというサスペンスに,専ら読者の興味が集中する

そしてまた,このように付け加えている:

良質の戯曲は多少の例外を除いて優れた推理劇の要素をふんだんに持ち,良質の推理小説は殆どすべて優れた戯曲になり得る

小生が読んで思っていたことをずばりと言ってくれているのでありがたい。『オイディプス王』というのは2400年以上前に書かれた推理小説なのである。しかもその出来が素晴らしいので,現在まで生き残ったのだろう。

あと,神意を離れることができなかったオイディプス王の悲劇について福田は自分の著書を引いてこのように述べている:

『人間・この劇的なるもの』のうちで私はこう書いた。人間が心の底で本当に欲しているものは何か,それは自由ではない,必然の運命であると

オイディプス王の如き猛き者も運命には逆らえない,いわんや我々弱きものにおいてをや,というわけである。


  ◆   ◆   ◆


つぎに,『アンティゴネ』の話である。これは,オイディプス王とその母イオカステの間に生まれた兄弟姉妹の悲劇の話である。

<あらすじ>
エテオクレス,ポリュネイケス,アンティゴネ,イスメネの4人はオイディプス王とその母イオカステの間に生まれた兄弟姉妹である。イオカステの弟,すなわち4人には叔父にあたるクレオンが後見人となって面倒をみている。

オイディプス王が去った後,エテオクレスとポリュネイケスが一年交代でテーバイの王位に就くことになった。しかし,エテオクレスが王位を独占し,ポリュネイケスを追放した。ポリュネイケスはアルゴスの兵を率いてテーバイを攻略。その攻防戦の最中,エテオクレスとポリュネイケスは相討ちとなり共に戦死した。

アルゴス勢が引き揚げた後,テーバイの王位には叔父クレオンが就く。クレオンはエテオクレスを手厚く葬る一方で,祖国に弓を引いたポリュネイケスの遺体は城外に放置するよう命ずる。しかし,王女アンティゴネは命に逆らってポリュネイケスを埋葬しようとする・・・。


国の法(人間の法)に従ってポリュネイケスの遺体を放置するべきか,神の法に従って埋葬するべきか,という対立が生み出す悲劇を描いている作品である。だが,ここではそのことを離れて,福田恒存の訳について少し触れたい。

実は,『アンティゴネ』については今回の福田恒存訳の前に呉茂一訳で読んだことがある。

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呉茂一のは原典訳,福田恒存のはジェブ(Sir Richard Claverhouse Jebb)の英訳本からの重訳である。呉茂一訳は長らく名訳として知られているのだそうだが,現在から見ると文章が硬く,古さを感じさせる。これに対して福田訳は非常に読みやすい。

冒頭のアンティゴネのセリフを比較してみると,両訳の違いが分かるだろう:

<呉茂一訳>

アンティゴネー  イスメーネー,大切<だいじ>な,血をわけた本当の妹の,あなたは,むろん知っているわね,お父さまオイディプスから伝わったいろんな災難,そのどんなのをまだ,生き残っている私たちに,ゼウスがおかけになっていないか。
何一つ,苦しいこと,破滅のたね,蔑みや辱しめで,あなたや私の身の上に現在見られないもの,一つもないのに。今も今,人の話では,この国じゅうに,王様が,つい今しがた,お布令<ふれ>をお出しだったというけど,いったい何のことなのかしら。あなたは何か聞き込んでいる。それとも,敵への禍が,親しい身内へまでかかるのを,あなたは知らずにいるんですの。

<福田恒存訳>

アンティゴネ  イスメーネ,いとしい私の妹,あなたには分かっているのかしら,私たちがお父様のオイディプスのお蔭でどんなに苦しんでいるかが,そう,私たちが生きている限り,ゼウスが二人の上に下そうとしている罰が,あなたにはどこまで見えているのかしら? 今までもそう,悲惨と苦悩,恥辱と汚名,どれ一つとして私たちの知らないものはありはしなかった。
それに今も今,なんでもクレオンがこのテバイ全土にお触れを出したとか,それが,一体,何なのか,あなたには分かっていて? 何か聞いているでしょう? ああ,まだ何も知らないのね,愛する身内の誰かを敵として扱えという無法なことなのだもの,それを知るわけがない。

原典がそうなっているのだろうが,呉茂一訳のアンティゴネのセリフは思わせぶりな話し方である。これに対して福田恒存訳のアンティゴネはわりと直接的な話し方である。

気になったので,ジェブによる英訳"Tragedies of Sophocles. Translated into English prose by Sir Richard C. Jebb (1904)"を調べてみた:

ANTIGONE: Ismene, sister, mine own dear sister, knowest thou what ill there is, of all bequeathed by Oedipus, that Zeus fulfils not for us twain while we live? Nothing painful is there, nothing fraught with ruin, no shame, no dishonour, that I have not seen in thy woes and mine. And now what new edict is this of which they tell, that our Captain hath just published to all Thebes? Knowest thou aught? Hast thou heard ? Or is it hidden from thee that our friends are threatened with the doom of our foes?

・・・福田恒存はジェブを底本としたというけれど,呉茂一訳の方がジェブ訳に近いと思う。福田恒存訳はだいぶこなれたセリフになっている。福田恒存の劇作家としての本領が出たと言った方がいいかもしれない。

訳の正確さを求めるなら,おそらく呉茂一訳なのだが,文章の複雑さに惑わされずに劇の進展を楽しもうと思えば,福田恒存訳なのだろうと思う。じつは小生は呉茂一訳で読んでいたにもかかわらず,内容をかなり忘れていた,今回読んだ福田恒存訳では内容が生き生きと伝わってきた。

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