ジョン・ブルックス『楽園のデザイン イスラムの庭園文化』読了
年末から少しずつ読んでいたジョン・ブルックス『楽園のデザイン イスラムの庭園文化』を読了した。
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前にも書いたが,荒野に住んでいた初期ムスリムにとっては,木陰と小川のせせらぎこそが天国であり,その天国を身近に再現するのがイスラム庭園であるらしい。コーランには至福の表現として「潺々(せんせん)と河川の流れる庭園」という言葉が30回以上も現れるという。
また,コーランには「楽園の四大河」という言葉があるのだそうだが,これは庭園を4つの水路で田の字型に区切る「四分庭園(チャハル・バーグ)」というイスラム庭園の典型的な様式の起源なのだそうだ。
本書ではイスラム圏各地域に存在する歴史的なイスラム庭園が紹介されるのだが,重点的に紹介されるのはイスラム期のスペイン,ペルシャ,そしてムガル朝のイスラム庭園である。マグリブ世界やトルコに関してはあっさりとした解説のみである。
スペインのイスラム庭園の代表としてはグラナダのアルハンブラ(アランブラ)宮殿とヘネラリーフェが,ペルシャ・サファビー朝の庭園の代表としてはカーシャーンのフィン庭園が詳細に解説されている。アルハンブラの獅子の中庭,カーシャーンのフィン庭園は極めて完成度の高い四分庭園と言える。
この本で最もページ数を割いているのは実はムガル朝の庭園である。初代バーブルから第6代アウラングゼーブまで皇帝の治世ごとに庭園が紹介されている。この本をもとに皇帝たちと庭園の関係をまとめておいたので,下図をご参照いただきたい:
ムガル朝では初代皇帝バーブルがそもそも庭園造りに熱心で,その影響がシャー・ジャハーンまで受け継がれたのだと言える。バーブルはカーブルにおいてヴァファー庭園を造営したのだが,インド征服後もカーブルの庭園のことを気にかけ,管理人に水遣りや花の育て方について指示を与え続けていたという。
ムガル朝における庭園造りが黄金期を迎えるのは第4代皇帝ジャハーンギールの治世であるといえる。父アクバル大帝によってカシミール地方に連れて来られて以来,カシミールの景観を愛好し,この地にシャーラマール庭園など数々の名園を造営し続けた。この時代のこの地のイスラム庭園の特徴は,他のイスラム世界では貴重なものとされる水をふんだんに使って水のカーテンなどを演出しているところにある。水の豊富なカシミール地方でなくてはできない芸当である。
第5代皇帝シャー・ジャハーンは父ジャハーンギールとともにカシミールの庭園造りに加わっていたものの,むしろ,アーグラにタージ・マハルを造営したことで有名である。
タージ・マハルは最愛の王妃,ムムターズ・マハルの死を悼んでヤムナー川のほとりに建設した霊廟であるが,シャー・ジャハーンはヤムナー川をはさんで対岸に自分自身の霊廟を建設しようと考えていたようである。そして,タージ・マハルと皇帝自身の霊廟を結ぶ一直線上に水路を設けることにより,ヤムナー川とその水路によって区切られる巨大な四分庭園を実現しようと考えていたフシがある。
ムガル朝のイスラム庭園文化に陰りが見えるのは第6代皇帝アウラングゼーブの治世である。アウラングゼーブはいわばイスラム原理主義者であり,インドで多数を占めるヒンドゥーに不寛容だった。また,庭園や建築には興味が薄かった。アウラングゼーブの不寛容さは帝国内に不和を生み,マラータ同盟との戦争など,帝国の衰亡を招くこととなる。ムガル建築文化の黄金期はこの代で終焉を迎える。
この辺の話は,陳舜臣『インド三国志』を読むとわかる:
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と,まあ,ジョン・ブルックス『楽園のデザイン イスラムの庭園文化』を読み通すことによって,イスラム庭園やムガル帝国についてずいぶんと知識を得ることができた。実際にイスラム庭園を見たことは無いけれど,スペインやイランやインドに行く機会があったら,この本で得た知識によって,庭園を深く観賞することができるだろう。
ちなみに巻末に「中東での庭園設計に関するノオト」という一節があるが,中東では大変な努力をして芝生を維持しなければならないことが書かれている。1平方メートル当たり毎日30リットルの水が必要なのだそうだ。樹木もまた大量の水を必要とし,成長中の樹木は1本あたり毎日40リットルの水を必要とするという。
以前読んだ『地獄のドバイ』(実際はアブダビの話)にはスプリンクラーの故障により,見る見る枯れ始める芝生の話があったが,そのことを思い出した。
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