沢木耕太郎『凍』を読む
つい先日のことである.NHK BSハイビジョンだと思うが,「夫婦で挑んだ 白夜の大岩壁」というドキュメンタリーをツマとともに観た.
世界的クライマーとして知られる山野井泰史・妙子夫妻――二人とも凍傷で手足の指を失っている――が,グリーンランドの未踏の大岩壁に挑む,という内容である.
「世界的クライマー」と偉そうに書いたが,このドキュメンタリーを観るまで小生ら夫婦はともに,山野井泰史・妙子夫妻のことを全然知らなかったわけである.
山野井夫妻が手足の指を失ったのは,2002年秋,二人でヒマラヤのギャチュンカン(7952メートル)北壁に挑戦したときのことだった.
正確に言うと,山野井妙子氏が指を失ったのは,1991年にマカルー(8481メートル)を無酸素で登頂後,下山途中で凍傷を負った時が最初である.このとき,妙子氏は手足の指18本と鼻の頭を失った.妙子氏はギャチュンカンから下山する際に再び凍傷を負い,手の指全てを根元から切り落とすことになった.山野井泰史は右手中指・薬指・小指,左手薬指・小指,右足の指5本全てを失った――と,書いていたらなんだが指が痛くなってきた.
このギャチュンカンでの出来事を克明に描いたのが,沢木耕太郎の『凍(とう)』という作品である.上述のドキュメンタリーを観て以来,ツマが山野井夫妻にすごく興味を持ち,近所の図書館から借りてきた:
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ツマに遅れること数日,小生も読んでみたが,なんと過酷な登山.山野井夫妻は短期間に山頂にアタックするアルパイン・スタイルを採っている.包囲法と呼ばれる大規模なチームを運用する登山方法と異なり,アルパインスタイルでは自分たちだけが頼りで,ほかに何の支援も受けられない.
寒さと疲労で体が動かなくなる中,それでも冷静に行動する山野井夫妻は凄い.
ベースキャンプに戻る途中,疲労が極限に達する中,夫妻はカメラ撮影をするシーンがある.以下,単行本236ページから引用:
ファインダーから覗いた妙子の顔はすさまじかった.凍傷で鼻が炭のように黒くなり,両頬がやはり黒くなり,唇も真っ黒になっていた.
「死んじゃうかもしれないからな」
山野井は軽い調子で言ったが,そう言われなくとも,妙子には山野井がそういう思いで撮っているのだろうということがわかっていた.
「そうだね」
山野井と同じように軽く返事をしながら,しかし私は死なないと妙子は思っていた.確かに体は動かない.だが,頭ははっきりしている.山で死ぬ人はまず頭からやられるのだ,という確信があった.
死の淵に立たされても,冷静に思考できるっていうのがトップクライマーたる所以なのだろう.
ちなみに終章で2年ぶりに山野井夫妻はギャチュンカンを訪れる.このとき,同行している年上の男性というのがいるのだが,これは沢木耕太郎氏自身なのかね?
山岳小説を読んだのは今回が初.なお,マンガだったら,これを読んだことがある:
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これはフィクションだが,まあ凄い.妙子氏が手足の指と鼻を失った,マカルーも出るよ.
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コメント
なんだか凄まじいですね。
途中で指を数えるのは止めました。
山野井夫妻。うーん、確かに興味の湧くご夫妻ですね。
投稿: おじゃまします | 2010.11.04 21:34
『凍』にはギャチュンカンからの生還後,山野井夫妻が凍傷の治療を受けるところも描かれているのですが,読んでいるだけで,手足に痛みを感じそうになります.
山野井泰史氏は「山野井通信」というブログらしきもので近況を伝えているので,興味あれば見てください.
投稿: fukunan | 2010.11.05 00:37