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2010.08.30

Greg Egan: Zendegi (The Life) Part Oneのまとめ

いま、グレッグ・イーガンの「ゼンデーギー」(ペルシャ語で「生命・生活」の意味)の読み返し作業を行っている。

ZendegiZendegi

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で、いろいろ忘れているので、第1部の内容をここでまとめてみる。第1部は2012年に起こったイランの政変の話。


  ◆   ◆   ◆


第1章 
 マーティン、テヘランに向かい、
 機内でディジタル化に失敗した80年代POPSを聞く

2012年。オーストラリアのジャーナリスト、マーティン(Martin)がイラン国会(Majlis)の選挙の取材に行く。改革派政党Hazb-e-Haalaa (Party of Now)が支持を広げているが、立候補者が監督者評議会によって失格させられるので、保守派の優位は揺るがないだろうと思われている。

マーティンはテヘランに向かう前に大量のLPレコードコレクション(80年代POPS)をディジタル化した。そのデータをラップトップコンピュータに入れてiTuneを立ち上げて機内で聞いたところ、ディジタル化に失敗していることが判明して憤慨。


第2章
 マーティン、ハッサン・ジャバリのスキャンダルを知り、
 オマール、その愛人を国外に逃す

イランの選挙では監督者評議会によって改革派候補が軒並み失格させられ、保守派が勝利を収めた。

マーティンとその相棒であるイラン人オマール(Omar)は、イランの権力者で監督者評議会メンバーのハッサン・ジャバリ(Hassan Jabari)の同性愛疑惑を知る。マーティンとオマールはハッサン・ジャバリの愛人であるショクーフ(Shokouh)に接触し、亡命の手助けをする。


第3章
 マーティン、フィルドゥーシー広場に行き
 市民に広がる改革意識の高まりを知る

マーティンはハッサン・ジャバリのスキャンダルの件をイラン政府機関に問いただすが、無視され続ける。しかし、市民の間にはすでにスキャンダルの情報は広がっていた。

フィルドゥーシー広場には再選挙を求める市民が集まっていた。マーティンと通訳のベフルーズ(Behrouz)は取材を開始する。


第4章
 ナシム、カプランの奇異な提案を拒絶し、
 ディネッシュ、ビルゲイツ財団から資金を得る

ナシム・ゴレスタニ(Nasim Glestani)は幼い時に母とともにイランから米国に亡命してきた女性科学者である。今はヒト・コネクトーム(神経回路地図)プロジェクト(Human Connectome Project, HCP)で働いている。

ナシムが家でイランの政治情勢を伝えるニュースを観ていたところ、ネイト・カプラン(Nate Caplan)という見知らぬ人物の訪問を受ける。カプランは「HCPが進展したら、自分の神経回路地図を完全コピーしてほしい」という提案をするが、ナシムはカプランを追い返す。

ナシムが勤め先で同僚と昼食をとっていたところ、同僚の一人、ディネッシュが自分のプロジェクト(HETE)に対してビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団から多額の資金を得たことを知らせに来る。ディネッシュはナシムに対して、HCPをやめてHETEに加わらないかと提案するが、ナシムはこれを断る。


第5章
 マーティン、マフヌーシュに出会い、
 ダリウシュ・アンサリ暗殺される

改革派のデモはイラン全土に広がっていた。

マーティンは通訳のベフルーズとともにイラン国会(Majilis)へと向かう改革派市民のデモ行進を取材する。デモには改革派政党、改革派政党Hazb-e-Haalaa (Party of Now)の党首、ダリウシュ・アンサリが招かれていた。ダリウシュ・アンサリの演説のさなか、ハッサン・ジャバリの失脚の情報が入るが、デモは再選挙を求めて続行される。

そんな中、政府の妨害によってマーティンらの携帯電話は通信不能になる。しかし、デモ行進を誘導する女性、マフヌーシュの携帯電話は機能していた。マーティンがマフヌーシュに問いただすと、その携帯電話はSlightly Smart Systemで動いているという。市民は政府の気付かない通信ネットワークを作り上げていたのだった。

やがて、デモ参加者と政府側民兵組織Basijiとの間で衝突が起こる。マーティンはそこから避難し、オマールの家に向かったが、そこでオマールが行方不明になっていることを知る。そしてその直後にダリウシュ・アンサリが暗殺されたという情報を耳にする。


第6章
 ナシム、議会公聴会の中継を観、
 HCPへの助成中止を知る

HCPのリーダーであるレッドランドが議会の公聴会に呼び出された。ナシムらは昼食時間に議会の公聴会の中継を観る。

公聴会には独自にBenign Superintelligence Bootstrap Projectと名付けられたプロジェクトを推進している、石油王チャーチランドが招かれていた。チャーチランドのプロジェクトは人工知性が自力で進化し、あらゆる問題を解決するという内容だった。

チャーチランドは、精神病やアルツハイマー解決を目的として、人間が自らの神経回路地図を作成するHCPなど、自らのプロジェクトに比べたらとるに足りない、と主張する。

ナシムは中継を見ながら、政府がHCPへの助成を打ち切ることを感じ取る。


第7章
 マーティン、アバダンを訪ね、
 ダリウシュの兄弟、クーロシュ・アンサリに会う

マーティンとベフルーズは、トラックの荷台に身をひそめながら移動し、ダリウシュ・アンサリの故郷、アバダンを訪れる。そこで、ダリウシュの兄弟、クーロシュ・アンサリへのインタビューを行い、クーロシュ・アンサリが故人の遺志を継ぐことを知る。


第8章
 ナシム、母とともにニュースを観、
 イランから亡命してきた過去を振り返る

 ナシムは帰宅後、母親とともにイラン情勢を伝えるニュースを観る。そして、イランからシリアを経て米国に亡命した苦難の旅を思い出すのだった。


第9章
 マーティン、エヴィン刑務所でオマールと再会し、
 イラン市民、ついに改革を成し遂げる

マーティンとベフルーズは改革派市民に取り囲まれたエヴィン刑務所で取材を敢行する。エヴィン刑務所には政治犯、改革派関係者、ジャーナリストたちがとらわれており、改革派市民は彼らを解放しようと考えているのである。

政府はヘリなどで威嚇を続けるが、改革派市民に圧倒され、ついに市民にエヴィン刑務所への侵入を許してしまう。

市民とともにエヴィン刑務所に侵入したマーティンは、囚われていたオマールと再会を果たす。

エヴィン刑務所が市民の手に落ちた時、政府もまた改革に同意し、ついにイランは改革への道筋を歩むことになった。


第10章
 ナシムの母、新生イランの経済顧問就任を受諾し、
 ナシム、イランへの帰国を決意す

ワシントンで新生イランの次期大統領クーロシュ・アンサリを招いたパーティーが開催される。ナシムとその母はこのパーティーに参加する。

ナシムはこの会場で、ネイト・カプランに再会する。カプランはイラン・アメリカ友好協議会に多額の寄付を行ったので、招待されたのだという。カプランはナシムに対し、以前と同じ提案を行うが、ナシムは再び拒絶する。

ナシムの母はクーロシュ・アンサリから新生イランの経済顧問に就任するよう要請され、これを受諾、イランに帰国することを決意する。

ナシムはHCPで成すべきことは成したと考え、母とともにイランへの帰国を決意する。


  ◆   ◆   ◆


「イランの現代政治」と「ヒト・コネクトーム」という、どちらか1つだけでも小説が書けるホットな話題を2つも使い、それが第2部で結合するという、とても豪華な小説である。

あと、マーティンがLPレコードのディジタル化に失敗したり、ナシムがフェムトブログサービスとGoogle Mapsによってカプランに所在を知られてしまったり、イラン市民が情報伝達に赤外線通信(IR)を利用したり、とか技術的な小ネタが惜しげもなく満載されているのは、やはりグレッグ・イーガンならではである。

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2010.08.27

パワーポイントのテンプレートによる圧制に負けてはいけない、という話

プレゼンテーションと言うと、すぐパワーポイントのテンプレートに頼ってしまうのが悲しい性。小生の場合はOpenOffice.orgのImpressを使う場合もあるが、この場合もパワポのテンプレートを流用してしまったりする。

その結果、他の人と同じようなデザイン&レイアウトで、聴衆に印象を与えないような不明瞭なプレゼンをしてしまうわけである。

Garr Reynoldsのブログ"Presentation Zen"の記事:
"A long time ago, before death by PowerPoint" (2010年8月21日)
では、「スターウォーズ エピソード4」の一場面を例にとって、テンプレート使用の弊害を説明している。

どの場面かと言うと、反乱同盟軍のパイロットたちが集まって、デススター攻略のブリーフィングを受けている場面である。

パイロットたちが見ているのはデススターのワイヤーフレームCG。今の(西暦2010年現在の地球の)プレゼンテーション技術からすれば、恐ろしく旧式だが(スターウォーズは大昔の遥か彼方の銀河系の話だからね)、司令官の説明は極めて明瞭で、パイロットたちにも聴衆の我々にもよくわかる。

そのプレゼンテーションを某プレゼンテーションソフトのテンプレートに頼るとどうなってしまうか、というのがこのブログ記事の内容である。

メッセージは明瞭に、そしてプレゼンター自身がプレゼンテーションの一部になれ、というのが、このブログの主旨。

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誕生日から1万日目の日付は?

誕生日から1万日目や2万日目を祝う、という新たな風習が現れたようである。

Javascriptの練習として、生年月日を入力し、それから1万日目、2万日目、…等になる日を計算するプログラムを書いてみた。


生年月日 西暦
10,000日目
15,000日目
20,000日目
25,000日目
30,000日目
35,000日目

35000日って、96歳の誕生日まで2ヶ月ぐらい。ほぼ100歳。

一応、複数のパソコン+IE8で動作確認したが、ブラウザなどによっては動かないかも。

参考:「イヌでもわかるJavaScript講座

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2010.08.26

酒どころ、西条の宝積飲料がハイボール風飲料を開発

さきほどNHKの「Bizスポ」でやっていたけど、酒どころ、西条(さいじょう、広島県東広島市西条)の宝積(ほうしゃく)飲料がハイボール風ノンアルコール飲料を開発しているとか:
琥珀色のときめき HighBall Taste (ハイボールテイスト)

小生は全般的にアルコールが好きなんだけど、田舎に住んでいるため、車の運転が多く、気軽に飲むことができない。最近のノンアルコール飲料の広がりは非常に助かる。ハイボール風の飲料も大歓迎。

問題は、ノンアルコール飲料を飲むと腹の中がダブダブになること。その辺を解決する新技術は無いだろうか?

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小沢出馬よりも野田聖子妊娠でしょ

民主党代表選についに小沢氏出馬という話がもっとも注目されているようだが、自民党の野田聖子元郵政大臣(49)が妊娠、50歳で出産予定、という話の方がすごいと思う。

総裁より母を選んだ野田聖子」(日刊ゲンダイ、2010年8月26日)

お相手とは事実婚だし、卵子はよそから調達、というのも何か凄い。

びっくりする以外の何もない。

ご本人による報告等は以下のリンク先に:
あらためて」(ヒメコミュ、2010年08月26日)
御礼」(ヒメコミュ、2010年08月27日)


  ◆   ◆   ◆


有名人の高齢出産ということで思い出すのが、黒柳徹子の母、黒柳朝(くろやなぎ・ちょう、通称「チョッちゃん」※)47歳の時の超高齢出産。

その話、一筋縄ではいかない話で、ここでは詳しく書けない。各自、調べてみるように。


※その半生はNHK朝の連続ドラマ「チョッちゃんが行くわよ」で描かれた。演じたのは古村比呂

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2010.08.25

【関西広域連合】三重は?奈良は?【道州制】

道州制とは別、と言っているようだが、やはり道州制へ向けた第一歩でしょう:
関西広域連合、12月にも発足 7府県が議会提案へ」(asahi.com、2010年8月25日)

参加するのは滋賀、京都、大阪、兵庫、和歌山、鳥取、徳島の2府5県。

Photo
 関西広域連合

・・・おや? 三重県は? あと、奈良県は?

記事によると、奈良県は今回の広域連合に対しては冷めた姿勢の様子だが、三重県のコメントは書いてなかった。

奈良県は明治の初めは大阪府に併合されていて、明治20年にようやく独立を勝ち取ったという歴史がある。広域連合は大阪が主導権を握るのだし、こういう動きには抵抗があるのかもしれない。

Photo_2

三重県についてだが、三重県はどちらかというと、近畿地方(あるいは関西)というよりも東海地方に属しているというイメージ。天気予報では東海地方扱いだし。東海州ができたら、そっちに入るのだろうと思う。

鳥取県民と徳島県民が関西寄りなのはわりと知られている話。中国州とか四国州に入れられてはかなわないと思って、早々に広域連合入りしたものと見える。


  ◆   ◆   ◆


ついでに中国・四国の未来も想像してみる。

鳥取と徳島の離脱で、中国州・四国州の成立要件(?)が崩壊。仕方がないので、瀬戸内海に面している県で連合して、瀬戸内州が成立。岡山と広島が主導権争いをするが、広島が辛勝して州都は広島に。

Photo_3
 瀬戸内州

こうなると、高知県と山口県がどうなるのか問題になる。

高知県東部は関西寄りの傾向がある。なので、高知県は東西分離して、東は関西州、西は瀬戸内州入りするのではなかろうか? あるいは他の四国3県との交通アクセスの悪さ、もともとの独立性から、高知県だけ独立した県となるかも。

山口県は周防と長門で方向性(文化・商圏)がかなり違う。ここは東西分離して、長門は九州入り、周防は瀬戸内州入りするのだろうと思う。

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2010.08.20

【中東情勢】シュタイニッツ財務大臣(イスラエル)、米国に対イラン最後通告を要請

イスラエルの閣僚がイランの核保有問題について公式に主張したのは今月に入って初めてではないかな?:

"Steinitz demands ultimatum for Iran"(イスラエルの最有力紙:イェディオト・アハロノト、2010年8月20日)

イスラエルのユバル・シュタイニッツ財務大臣が、

 「アメリカはイランに対して、数週間以内に爆撃する、という最後通告を突きつけるべきだ」

と述べたという。

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記事によると、シュタイニッツ財務大臣は、先日、ボルトン元国連大使が「攻撃のチャンスはブーシェフル原発に核燃料が装填される8月21日まで」と期限を想定していたことに対し反論している。「ブーシェフル原発はイランの核保有計画の一部に過ぎない」と考えているからだ。

イスラエルにとってイランの核保有は脅威には違いないが、個別の核施設について争うよりも、大局的に核保有計画を食い止めたいということのようである。

イスラエル自身がイランを攻撃したら、先日紹介したThe Atlantic誌9月号の記事:

Jeffrey Goldberg: "The Point of No Return" (The Atlantic, 2010年9月)

で描かれていたような破滅のシナリオに至るだろう。

同記事で述べられていたように、「アメリカによるイラン核施設攻撃の可能性が現実味を帯びること」が破滅を回避する最良の手ということになるのだろうか?

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2010.08.18

【中東情勢】イラン側の話も聞いてみる

昨日、「風雲急を告げる中東情勢」(2010年8月17日)という記事で書いたように、イスラエルがイラクの核関連施設を爆撃するかも、という情報が流れている。

一方で、「そんなこたぁねぇ」という話もある。情報を恣意的に集めれば、話をどうにでもでっちあげられるからだ。

シナリオ・プランニングのやり方では、未来は予測不可能ということを前提に、複数の未来の状況とそれに対する対策を準備しておく。つまり、あれこれ未来を想定しておいて、それに対して準備するのが肝要ということである。

今回の危機においても、爆撃の有無のほか、アメリカの対イラン工作などによっていくつかの状況が生まれる可能性があるわけだが、真剣にそれらを検討し、対策を準備している国はどれだけあるだろうか?

と偉そうに書いたが、小生は何も考えていない。今のうちに車のガソリンを満タンにしておくぐらいか?


  ◆   ◆   ◆


昨日の記事では米国のソースばかり引用していたが、今度は当事国の情報を拾ってみることにした。

【イスラエルのメディア】

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イスラエルの最有力紙:イェディオト・アハロノトのサイトを覗いてみた。

しかし、今回の危機に関しては、アメリカのボルトン元国連大使がFOXニュースで「イスラエルがイランを攻撃する機会はあと数日だけだが、すでにその機会を失ってしまったのではないかと思う」という旨の発言をしたという「外国の」情報しか出ていなかった。

まあ、当事国が「攻撃する/しない」などというニュースを流すわけはないか。

あとは、「エルサレムやハイファやテルアビブの公共施設の地下に、生物化学兵器による攻撃に対する大型シェルターを建設中」、というニュース:"Israel's 'Judgment Day' shelters"があるぐらい。


【イラン国営放送】

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防御側、ということになるイランでは、外務省の報道官による公式のコメントが出ている:「ブーシェフル原発への攻撃には対抗措置」(2010年8月17日)

あ、小生は例の原発を「ブシェール」と書いていたが、「ブーシェフル」の方が正しいのですな。訛ってすみません。

メフマーンパラスト報道官のコメントは以下の通り:

  • ブーシェフル原子力発電所が攻撃された場合、相応の対抗措置を取るだろう
  • イランに対するイスラエルの脅迫は、繰り返されてきたため、本来の効果を失っている


  ◆   ◆   ◆


ということで、ボルトン発言とメフマーンパラスト発言は同じ結論に至っている:

  「イスラエルの攻撃は無い

と。

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2010.08.17

風雲急を告げる中東情勢

今月の21日にイランのブシェール ブーシェフル原発に核燃料が装填される。それを阻止するべくイスラエルが攻撃を加えると言う情報が流れている:

"Will Israel Strike Iran This Week?" (The Right Perspective, 2010年8月16日)

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アメリカはこれまでブシェール ブーシェフル原発の稼働に反対の姿勢を示してきたが、ロシアが核燃料の装填と搬出に責任を持ち、イランに軍事転用させないということで、容認する姿勢に転じた。

Irannuclear
 イランの核関連施設等

だが、イスラエルはブシェール ブーシェフル原発の民生利用に疑念を持っているようだ。

同じイスラム国家ではあるが、宗派も政体も異なり※、イランと対立しているサウジアラビアはイスラエルによるイラン攻撃を容認しているとの情報も2ヶ月前に出ている:

"Saudis OK Israel For Attack On Iran Nuke Sites" (The Right Perspective, 2010年6月13日)

  ※ イランはシーア派12イマーム派で共和制、サウジアラビアはスンナ派ワッハーブ派で君主制。

イスラエルによる攻撃がある、という情報にどのくらい信憑性があるのかわからないが、イスラエルは1981年にイラクの原子力発電所(建設中)を爆撃したこと(イラク原子炉爆撃事件)があり※※、国際的な非難を浴びようと、やるときはやる国であるので可能性はゼロではない。

  ※※ あと2007年にはシリアの北朝鮮製の原子炉を攻撃した。

中東情勢が危ういと見てか、ハーバード大の基金を運営する会社がイスラエル企業の株を全て手放したという情報もある:

"Harvard University fund sells all Israel holdings" (Citizens for Legitimate Government, 2010年8月17日)

The Atlantic誌9月号の記事:

Jeffrey Goldberg: "The Point of No Return" (The Atlantic, 2010年9月)

では

  • 今後1年ぐらいのうちに経済制裁・政変・西側情報機関の暗躍などによってイランが核の保有をあきらめる可能性があるが、現時点でオバマ政権がそれに取り組む可能性は低い
  • むしろ、来春、イスラエルによるイラン核施設への爆撃が行われる可能性が高い

ということが述べられている:

もちろんそうなったら、中東の状況はもちろんのこと、世界経済も破滅的な結果に至る。しかし、イランの核保有というのはユダヤ民族にとってヒトラーなみの脅威であるから、誰かがイランの核保有をストップさせない限り、イスラエルが核施設爆撃に踏み切る可能性は大きいというのである。

同記事によれば、オバマ大統領は行動こそ起こしていないが、本件の重要性を認識している、ということだ。そして、オバマ政権は「イスラエルによるイラン核施設攻撃を防ぐ最良の方法は、アメリカによるイラン核施設攻撃の可能性が現実味を帯びること」だと考え、意図的にリスクを増しているように見えるという。本当にそうかどうかはわからないが、そうだったらかなりの高等戦術。

日本ではあまり報道されないが、かなりの危機なので、読者諸氏は中東に注目されたし。

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2010.08.16

コンビニ本にもかかわらずクオリティが高い半藤一利の本

コンビニの本棚で見かけてスナック菓子とともに買ったものの、放置していた本をちゃんと読んでみた:

半藤一利『日本海軍の興亡(愛蔵版)』(PHP研究所、500円(税込))

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半藤一利は「週刊文春」や「文藝春秋」の編集長を務め、また、昭和史を中心としたノンフィクションを数多く手がけていることで知られている作家である。夏目漱石の親族であるということも有名。小生が読んだことがあるのは『ノモンハンの夏』である。

「半藤一利の謹厳なイメージ」と「ワンコイン本というお手軽さ」が組み合わさったらどうなるのだろう、と思って読んでみた。読了まで3時間。編集の仕方というか章建てに難が感じられたものの、内容は1000円ぐらいの本の価値が感じられた。

どこに価値を感じたかというと、今まで無かった視点と、今まで知らなかった史実を得ることができたという点である。日本海軍の歴史の全貌もつかめた。


  ◆   ◆   ◆


<今まで無かった視点>

最初からいきなり、「日本人がいまだかつて海洋民族だったことなどあるのだろうか?」という疑問が提示されている。コロンブス、マゼラン、クックに比するほどの世界史的活躍があっただろうか?というのである。日本人は「海浜民族」だった、というのが半藤一利の主張である。

小生なりに概念整理するとこんな感じ:

  • 海洋民族:世界史的視点・国際社会の潮流を読む力
  • 海浜民族:国土のまわりの海だけが舞台・国内志向

で、日本海軍70年の歴史とは、海浜民族を脱し、海洋民族たろうとして努力し、挫折し、「最後は悲惨をもって終わ(本書10ページ)」った歴史だったということである。その歴史の概要は以下の通り。


<海軍の歴史>

その1 海軍創設期 

日本海軍の歴史といえば、勝海舟に始まるのだが、実質的に日本海軍を作り上げたのは山本権兵衛(通称は「ごんのひょうえ」だが、本当は「ごんべえ」)である。

この人がいなかったら、海軍は陸軍に隷属したままだった(明治36年まで陸軍参謀本部の中に海軍軍令部が含まれていた)だろう。まともな艦隊を整備できず、日本海海戦における勝利も無かったかもしれない。

山本権兵衛の尽力によって海軍は独り立ちすることに成功するが、山本権兵衛は海軍に3つの負の遺産を残した。

ひとつは陸軍との対立である。海軍を陸軍と対等の組織にすることが山本の目標だったが、それが陸海軍の深刻な対立を生むこととなる。山本権兵衛はシーメンス事件(1914(大正3)年)で失脚するが、この事件は陸軍長州閥による山本への復讐であるという説がある。

もうひとつは、これも陸軍との対立と関係あるが、仮想敵国をアメリカに設定したことである。陸軍がロシア->ソビエトを仮想敵国としていたのに対して、山本は海軍の独自性を貫くため、別の仮想敵国としてアメリカをもってきた。そしてアメリカの海軍力をベンチマークとしてその7割の海軍力を保持すること(対米七割)を海軍の方針としたのである。ここで重要なのが「仮想敵国」という概念。これは山本にとってはベンチマークという位置づけだったのだが、後継者たちの多くはその意図を理解できず、アメリカを真の敵国として位置づけてしまったのである。

最後のひとつは東郷平八郎元帥である。予備役編入のうわさまで上がるほど風采の上がらない男だった東郷平八郎を山本権兵衛は日露戦争において連合艦隊司令長官に抜擢した。山本は東郷を客観的・論理的判断のできる司令官だと見抜いていたのである。この人事は成功し、日本海海戦の勝利につながる。しかし、この勝利は東郷平八郎元帥の神格化につながり、後に海軍を混乱に陥れることとなった。


その2 軍縮時代

山本の後継者とも言うべき存在は加藤友三郎(ともさぶろう)だった。1921(大正10)年に開かれたワシントン海軍軍縮会議において、海軍大臣として出席した加藤友三郎は、アメリカ国務長官ヒューズの「米英日の主力艦のトン数比率を5対5対3とする」という提案、つまり「対米6割」案を受け入れた。

山本権兵衛の唱えた「対米7割」は絶対的なものではなく、国際社会や経済、日本の国力の状況に応じて変えるべきだというのが加藤の考え方なのである。また、日米の主力艦の総トン数を5対3とすることは、むしろアメリカの海軍力を制限する枠組みとなる。

しかしながら、加藤友三郎の考えは海軍省と海軍軍令部との間の対立を生んだ。海軍省は対米不戦の方針をとっていたが、海軍軍令部にはタカ派の加藤寛治(ひろはる)、末次信正(すえつぐ・のぶまさ)らがいた。かれらはアメリカを真正敵国とみなし、対米7割の方針を堅持していた。


その3 対米強硬派

1930(昭和5)年、ロンドン海軍軍縮会議が開催された。ここでは補助艦の対米比率が検討され、重巡洋艦の総トン数に関しては対米6割とするが、補助艦の総トン数においては対米7割とする妥協案が提示された。

日本政府および海軍省(条約派・対米不戦派)は対米不戦の立場からこの案を支持したが、海軍軍令部(艦隊派・対米強硬派)は反対の意思を示した。軍令部長加藤寛治、次長末次信正らは政友会と結託し、帝国議会で「政府が統帥権を干犯している」と糾弾した。加藤・末次はさらに皇族伏見宮と"神様"東郷元帥を持ち出し、条約派を追放した。

昭和8~10年にかけて海軍の中枢は「対米強硬派か、ないしはどっちつかずの八方美人主義の提督たち(本書69ページ)」によって占められた。また、海軍の中には「つねに科学的、合理的であるべき海軍の本質から逸脱し、いたずらにあおられた危機感や反英米感情をもった夜郎自大の政治的軍人が輩出した。(本書71ページ)」

戦後、「戦争は陸軍が起こしたもので、海軍は止めようとした」というような「海軍善玉論」が流布されるようになったが、実際には海軍の軍人の多くは好戦的な行動をとっていたのである。


その4 海軍の終焉

海軍の良識派(対米不戦派)が最後の奮闘を見せるのは昭和12年から14年にかけてである。海軍大臣米内光政、次官山本五十六、軍務局長井上成美(しげよし)の3名、いわゆる「条約反対三羽ガラス」が海軍省の中枢を占め、三国同盟締結阻止に動いた。しかし、平沼内閣が倒れて後、「条約反対三羽ガラス」は海軍中枢を追われ、対米強硬派が海軍の実権を握ることとなった。以後、海軍は太平洋戦争への道をつきすすみ、破滅に至ることとなった。


<知らなかった史実>

日本海海戦というと、「坂の上の雲」の影響であろうか、東郷平八郎と秋山真之(さねゆき)ばかりがクローズアップされるのであるが、かれらと同等以上の功績があるのが、上村彦之丞(かみむら・ひこのじょう)と藤井較一であることを、本書を読んで知った。

日本海海戦当時、上村彦之丞は第二艦隊司令長官、藤井較一は第二艦隊参謀長だった。

「坂の上の雲」では東郷平八郎はバルチック艦隊が対馬海峡に来航するという確信を持っていたかのように描かれているが、史実ではそうではなかった。

来航が予定されていた日が過ぎてもバルチック艦隊は対馬海峡に現れず、秋山真之も東郷平八郎もバルチック艦隊が津軽海峡に向かっているものと判断した。その結果、1905年5月24日には各艦に対して津軽海峡移動を指示する「密封命令」が交付された。

しかし、同日および翌日、藤井較一は孤軍奮闘、バルチック艦隊の対馬海峡来航の論陣を張り、津軽海峡移動の阻止に努めた。藤井の意見は島村速雄第1戦隊司令官に支持され、津軽海峡移動は延期された。これにより、連合艦隊はバルチック艦隊を対馬海峡で迎え撃つことに成功した。

日本海海戦当日も、藤井較一は上村彦之丞とともに重要な働きをしている。

戦闘開始30分を過ぎてから、連合艦隊があやうくバルチック艦隊を取り逃がしそうになる局面があった。藤井はバルチック艦隊の行動を的確に読み取って上村に進言した。上村の第2艦隊はバルチック艦隊の退路を断つことに成功し、連合艦隊を完勝に導いた。


  ◆   ◆   ◆


というわけで、ワンコインでこれだけ知識が得られれば、非常にお得だと思った。半藤一利の本はコンビニの棚のであってもクオリティが高い。

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マン・レイ展

某月某日、国立新美術館にマン・レイ展を見に行った。

マン・レイ展

マン・レイ(Man Ray)は元の名前をエマニュエル・ラドニツキーという。1890年8月27日、アメリカのペンシルヴェニア州フィラデルフィア生まれ、1976年11月18日パリで死去。姓名を改めたのは1912年。ユダヤ人差別を逃れるためだという。

マン・レイは写真家として名高いが、オブジェ・絵画・映画にもその才能を発揮した。今回の展示ではおよそ400点の作品が展示されている。個人の展覧会としてはかなり大規模である。小生は最初、なめてかかって見物していたが、展示数が多すぎて疲れ果てた。

今回の展示の最大の見ものは「黒と白」という2枚1組の写真だろう。フィルムの保存状態が悪く、プリントができないと言われていたのが、最新のスキャニング技術によって復活したのである。

オブジェの中では、マン・レイが情熱を注いで設計した一群のチェスの駒およびチェスボードが優れた作品であると思う。

1500円で2時間以上は楽しめる、お得な展覧会である。2010年9月13日まで開催されているので、興味がある人は見に行くとよい。

さて、下の写真は国立新美術館で同時に開催されていた「オルセー美術館展」に入場するべく並んでいる人々である。最後尾は入場まで50分待ちというありさま。

マン・レイ展

日本人は印象派とゴッホが大好きですねぇ、と喫茶コーナーで相席になった刈谷市からお越しの元サラリーマン(推定70歳)と話したものである。

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2010.08.15

【Victoria AAR 中国編】中華雄立宇宙間

"Victoria Revolutions"を久々にプレーした。19世紀から20世紀にかけての世界を舞台とした、国家間競争がテーマのゲームである。

小生が選択したのは中国(大清帝国->中華帝国)。いきなりアヘン戦争(小生は第1次中英戦争と名付けている)という苦難に見舞われるが、あらかじめ大軍を準備しておいたので、その難局を乗り越え、史実のような半植民地化を防ぐことができた。

そのあとはイギリス・フランスを相手に戦い続け、領土を拡大した。その一方で、文明国になって以降は工業化を推し進め、史実よりも半世紀以上早く、「世界の工場」となり、勝利を収めたのであった。

以下は年表風に書いたゲームの推移。

大清帝国時代(清朝末期)

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 大清帝国国旗

  • 1840年3月27日~1858年1月8日 第1次中英戦争 大清帝国 vs イギリス & 藩王国 引き分け
イギリスはこの戦争のせいで、肝心のクリミア戦争に大軍を割くことができず、クリミア戦争はロシアの勝利で終わった。
  • 1866年9月1日~1868年5月22日 第1次中仏戦争 大清帝国 & アンナンvs フランス 大清帝国勝利、ハーティエン・カンボジア・ドンナイ・ランチャンがアンナン領に
  • 1867年8月3日 “文明国への仲間入り!” が発生

これ以降、軍事力を増強するのみならず、可能な限り工場を建設・増設し、鉄道を敷き、RGOを拡大し、生産力の向上に努めることとなった

  • 1869年12月13日~1871年3月19日 第2次中英戦争 ロシア & 大清帝国 & パンジャーブ vs イギリス & 藩王国 大清帝国勝利 ディブルガール・葉城・シャンが大清領に
  • 1875年9月21日~1881年6月13日 第2次中仏戦争 大清帝国 & アンナン vs フランス 大清帝国勝利、ルックタウン・オラン・リーブルヴィル・アルジャゼールが大清領に

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 フランスからの和平提案(1881年6月13日)

  • 1878年11月29日~1891年2月16日 第3次中英戦争 ロシア & 大清帝国 & パンジャーブ vs イギリス & 藩王国 大清帝国勝利、ジャイサルメル・オリッサ・バスタール・インドール各藩王国はイギリス支配下から脱し、宗主国を大清帝国に変更、ビカネール藩王国は大清帝国に併合。バートパーラ・カルカッタ・ パーニーパットが大清領に、セムラがパンジャーブ領に
  • 1900年1月11日~1903年7月24日 第4次中英戦争 大清帝国 vs イギリス & 藩王国 大清帝国勝利、ラージシャーヒ・デリー・アグラ・ジャムシェドプル・カタックが大清領に

中華帝国時代(袁世凱による独裁体制)

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 中華帝国国旗

  • 1907年2月1日 上からの民主化。改革に伴う憲法改訂
  • 1907年2月10日 孫文、袁世凱に地位を譲る
  • 1908年12月1日 袁世凱ら保守派による新政権。“改革に伴う憲法改訂”が発生。国号を「中華帝国」に
  • 1917年12月29日~1921年12月24日 第5次中英戦争 大清帝国 vs イギリス & 藩王国 中華帝国勝利 メワール・ベロダ・トラヴァンコール各藩王国はイギリス支配下から脱し、宗主国を中華帝国に変更。パトナー・マチリパトナム・ジャバルプール・パマ・イエンディ・アクラ・ラゴス・カチン・チン・シャン・シットウェ・カーンプル・バガルプール・ビハール・イシャカパトナムが大清領に

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 イギリスからの講和提案(1921年12月24日)

  • 1924年5月5日~1925年6月20日 第6次中英戦争 大清帝国 vs イギリス & エジプト & 藩王国 中華帝国勝利 エジプトはギルドアブムハリク・アルカサイル・アスワン・ダンガルを中華帝国に割譲、イギリスはアラハバード・ヴァーラーナシー・ゴーラクプル・ネロールを中華帝国に割譲

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 イギリスからの講和提案(1925年6月20日)

  • 1930年8月17日~1931年9月7日 第7次中英戦争 大清帝国 vs イギリス & エジプト & 藩王国 中華帝国勝利 エジプトはマトゥルー・オーラッドアライ・アクミーム・アルファイユームを中華帝国に割譲、イギリスはコラープル・マンガロール・ニアメー・スィンダー・キンタンポ・クマシ・マヒン・モネイト・アヴァ・マンダレイ・ペグー・セコンディ・ギャオン・マドラス・ナーシク・ショラープル・ベルゴームを中華帝国に割譲

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 イギリスからの講和提案(1931年9月7日)

最終結果

国威や軍事力はイギリスに及ばないが、工業力は世界一。わが中華帝国は世界一の国となった。

Victory2

Victory

なお、本記事のタイトル「中華雄立宇宙間」は史実の中華帝国の国家である。

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2010.08.10

【愛欲・残虐・猾智こそ神の本質】木村純二『折口信夫―いきどほる心』を読む【生涯不婚の決意】

折口信夫(おりくち・しのぶ)は民俗学・国文学・国学に多大な業績を残した学者として、また、優れた詩人・歌人として知られる人物であるが、木村純二『折口信夫―いきどほる心』を読むと、こうした幅広い学芸活動を貫くのは「神の探求者」として立場であることがわかる。

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本書の説くところによれば、折口は神を、時として全てを破壊するような怒りを発する、人知を超えた非合理的な存在としてとらえている。善人を保護し、悪人を罰するような、道徳的な神は日本本来の神ではないということである。本書で引用されている折口の論文「万葉びとの生活」(1922年)にはこのような一節がある:

愛も欲も、猾智も残虐も、其後に働く大きな力の儘(まま)即(すなはち)「かむながら……」と言ふ一語に籠つて了ふのであつた。倭成す人※の行ひは、美醜善悪をのり越えて、優れたまことゝして、万葉人の心に印象せられた。

※大国主、神武天皇、崇神天皇らの尊称

つまり、「愛欲・残虐・猾智」という情念にかられた神々の行動は「かむながら」という言葉で修飾され、神々らしい行動として古代人に記憶されたというのである。

情念のままに生きる古代の神々、というのはまるで古代ギリシアの神々、あるいはこの間読んだ「カレワラ」の神々・英雄たちのようである。

なぜ、このように自由に情念のままに行動する神々を折口は探求するのか、ということについては、本書序章19ページに引用されている、折口の日記が答えになる。

「神の憎み」を抱く事が出来ない。だから、我々の感情はいつもをりを持つて居る。一挙にすべてを破壊する事の出来る怒りを、我々は欲する。(零時日記III、1922)

つまり、折口はある暗い情念(をり)を抱いており、それに苦しめられている。そして、怒りを発して全てを破壊し、暗い情念を払拭できる古代の神々にあこがれているのである。

では、その暗い情念とは何か?そのあたりを探っているのが本書の第4章である。

第4章では折口の家庭の問題、同性愛の問題が取り上げられている。家庭の問題というのは母の不義のことで、本書では折口は母の不義の罪を負って生涯不婚を通した可能性を指摘している。同性愛の問題はもともとは母の不義とは無関係だが、子を成さないという点で、生涯不婚の誓いを裏打ちすることになったのではないかとも指摘している。

母の不義、同性愛の問題というのは愛欲の問題である。折口にとってこれらの愛欲の問題は大きな負い目になったことだろうと考えられる。しかし、古代の神々はこれら愛欲の問題に関して自由であった。古代の神々を肯定することは折口の抱える愛欲の問題の肯定につながる。人生において負い目を感じ、社会に適合できずに生きていかざるを得なかった折口にとっては、上古の神々(とくにスサノオ)探求することが生きるよすがだったのだろう。

本書の述べることをまとめれば、このようになるだろう。

折口の学問的探求は単なる好奇心からではなく、自分自身の人生の裏づけを求めるために始まったものである。そして、「折口の思索は、まさに己れ自身が納得できる思想体系を、日本の思想伝統を素材に再構成しようという子試みだった」(本書、256ページ)と。


  ◆   ◆   ◆


折口の家庭の事情について補足。

折口家はもともとは商家であるが、祖父造酒ノ介(みきのすけ)の代から医者を兼ねるようになった。造酒ノ介の長女こうと結婚し、医業を継いだのが婿養子の秀太郎である。こうと秀太郎の間には6男1女がおり、折口信夫は4男であった。図1は公式の家系図である。

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しかし、こうと秀太郎の子供たちの名前を見ると、あるところから命名法が変わっているのに気付く。上の3人の男子は一文字の名前であるのに対し、下の3人の男子は「○夫」である。何かあったと見てよい。

実は親夫・和夫は、こうの妹ゆうと秀太郎の間に生まれた双子なのである。このことは事実として知られている話である。

では、信夫はどうなのかというと、これも怪しい。木村純二『折口信夫―いきどほる心』では、ゆうと秀太郎の一件の前に、こうに不義があったらしいことを記している。信夫が秀太郎の子であるか、こうの不義の子であるかは不明である。しかし、名づけ方からすると、秀太郎が不義の子と見なしていた可能性がある。この可能性にもとづくと、家系図は図2のようになる。

Orikuchi02

信夫という名前は普通に読んだら「のぶお」になる。しかしながら、これを「しのぶ」と呼ぶあたり、折口信夫自身かこうか、誰かはわからないが、上の3人と同じく一文字の名前「忍」、すなわち秀太郎の子であって欲しいと思う気持ちがあったのかも知れない。

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2010.08.08

Rで地図の塗りわけ

以前、
住宅用太陽光発電パネルの普及率は日照時間と関係があるのか?」(2010年4月7日)
という記事を書いて、住宅用太陽光発電システムの普及状況と日照時間について検討してみた。

昨日(2010年8月7日)は都道府県別の太陽光発電システム普及状況と日照時間をもうちょっとビジュアル的に表現しようと、統計用言語であるRを使用して「地図の塗り分け」を行ってみた。

参考資料は群馬大・青木繁伸先生の「Rによる統計処理」の「塗り分け地図を描く」のページ。

作業手順は勤務先のウェブページ「Rで地図の塗りわけ」に記載しているので、Rを使用した地図の塗り分けをしてみたい人は参考にしてほしい。青木先生作成のプログラムを改造して、新たなカラーパレットと凡例の追加を行ったコードを掲載しているので、少しは役に立つのではないかと思う。

塗り分け結果だけ見たい人は以下を見てほしい。

Capacity

都道府県別設備容量累積値(1994~2007年度・人口1000人あたり)


Daylight

都道府県別年間日照時間(1971~2000年平年値)


これらを比べてみると、少なくとも、日照時間が少ない都道府県では普及状況が悪いという傾向が見て取れるだろう。

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2010.08.06

米軍が日米同盟を説明する漫画を配っています

以前、「合衆国海軍が漫画を配っています」(2008年6月10日)という記事を書いたことがある。原子力空母「ジョージ・ワシントン(CVN73)」が横須賀配備が決まったのを機に、同空母の紹介漫画が冊子およびPDFで配布されたという記事である。200ページもある力作だった。

それから約2年が経過した今日(こんにち)、在日米軍が日米同盟50周年を記念して「わたしたちの同盟―永続的パートナーシップ」なる漫画を公表したのである: "U.S. - Japan Alliance Manga now available online"

著者はヒライユキオ、実左、超肉、綾部剛之(ホビージャパン)となっているが、小生は良く知らない。かなり萌え~っとした(ちょっと違うか?)キャラクター、「新居(あらい)あんず(= Alliance)」と、「うさクン(= USA)」との会話で日米同盟が解き明かされていくという内容。

今公開されているのは第1部で、第1章では「日本とアメリカは大切な友達」、「日本とアメリカは同じ考え方を持つ似た者同士」ということが主張されている。まあ、日本にとっては、中国よりはアメリカの方が近い存在だろうとは思う。

今後、第2~4部が公開されるようだが、内容は日米同盟50年の歴史の紹介のようだ。

あと、第1部第2章では米陸軍「第一軍団前方司令部」と陸上自衛隊「中央即応集団司令部」が今度から神奈川県のキャンプ座間で一緒になって活動する、という話が紹介されている。これらはどちらも緊急時に即応するための司令部である。東亜有事には日米共同で対応するというわけである。

それにしても日本人の理解を得るため、漫画という手を使うとはよく考えている。

そうそう。著者の一人、ヒライユキオ氏のブログが見つかったので紹介しておく。最新記事は今回紹介した日米同盟の漫画のことだった:「不定期絵日記わたしたちの同盟」。

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2010.08.03

【2010年版労働経済白書】日本型雇用の再評価【人材育成の観点】

新聞報道でも取り上げられているが、今日(7月3日)発表された、2010年版「労働経済の分析」(労働経済白書)の目玉は、「日本型雇用の再評価」である。逆に言えば、非正規雇用拡大に対する批判である。

そのことが詳しく述べられているのが:

平成22年版 労働経済の分析-産業社会の変化と雇用・賃金の動向-
第3章 雇用・賃金の動向と勤労者生活」

である。

第1節152ページにはこんなことが書かれている:

1990 年代から2000 年代にかけての雇用や人材育成についての企業側の考え方の変化をみると、1990 年代には、職業能力開発は本人主体という考え方が強かったが、2000年代も半ばをすぎると、人材育成を会社主体で行うという考え方が強まっている。 <中略> 企業と労働者の協力と納得のもとに職業能力の形成がなされることが重要である。

仕事の内容が複雑化・高度化していくに従って、能力開発ということがますます重要になっている。能力開発は一朝一夕には成し遂げられない。従って長期雇用の中で人材育成を行うこと必要となる。

本白書では独立法人労働政策研究・研修機構の調査結果(2010年)が取り上げられているが、企業の人事方針も、「採用方針は、即戦力志向からじっくり育成型へ」、「専門性をみて配置し、総合的に力を発揮できるように育成」という姿勢に変わってきている(156~157ページ)。

同じく、独立法人労働政策研究・研修機構の調査結果(2010年)によれば、長期雇用のメリットの方が大きいとする企業の割合は約7割に達している。

長期雇用のメリットとしては

  • 知識や技能の継承
  • 従業員の長期的人材育成
  • 組織的な一体感の維持

が挙げられている。デメリットとしては

  • 経済状況の急激な変化への対応が困難
  • 新しい発想の生まれにくさ
  • 従業員の企業への依存

が挙げられているが、総合的には「人材育成の価値は、長期安定雇用のもつデメリットを補ってあまりあると判断されているものと思われる。」と白書では述べられている。

第3節では非正規雇用者の増大によって格差社会が生まれたことを指摘しており、このことを背景に人々の意識が「自由」から「平等」にシフトしていることを述べている。

第3章はこのようにまとめられている:

今まで、業績・成果主義によって日本的雇用慣行を改めようとする動きが強かったが、その背景には、競争を重視する社会意識が強まり、反対に、連帯を重視する社会意識が後退してきたことがあると思われる。しかし、こうした人々の社会意識は、今、急速に変化している。目指すべき社会の姿に関する国民意識をみると、意欲や能力に応じ自由に競争できる自由競争社会を目指すべきか、貧富の差の少ない平等社会を目指すべきか、という問いに対し、2000 年代前半までは自由競争社会を目指すべきとする割合の方が高かったが、2000 年代後半には、平等社会を目指すべきという割合の方が勝っている。

我が国企業に歴史的に形成されてきた雇用慣行には様々な課題もあるが、雇用を安定させる機能とともに、長期的な視点に立って人材を配置、育成、評価するという人材育成機能が備わっている。政労使の連携と協力のもとに長期雇用を基盤とした我が国の雇用システムを改善し、拡充させ、すそ野の広い技術・技能の蓄積を通じて、人々の所得を底上げることによって、雇用の安定と格差の是正を一体的に進め、内需を力強くしていくことが、今日、我が国に生きる人々の希望に応え、着実な経済・社会の発展を生み出す道であるように思われる。(197ページ)

ということで、本白書では、人材育成の観点から日本型長期雇用が再評価され、また長期雇用によって育成された人材が所得を底上げすると主張されているのである。

単純に長期雇用がいい、と言っているわけではないことに注意。

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猛暑の中で剪定作業

昨日は月曜日だけど、小生にとってはお休みの日。

午前中は曇っていたので日差しも弱く、庭木の手入れにはちょうどいいと思ったのが間違いの始まりだった。

保冷剤を包んだタオルを首に巻いて、10時ごろから庭の金木犀の剪定作業を開始。先日、金木犀の葉に「イラガ」の幼虫(蛍光緑色の毛虫。通称デンキムシ。サクラとかに良くつく)を発見したので、こいつらが居そうな葉や枝を刈込ばさみと高枝切りばさみを駆使してバッサバッサと切り落とした。

切り落とし始めたら、木の形も整えてやろうと、剪定作業が暴走。結局1時間半も作業をしてしまい、その間に日が照ってきてえらい気温に。着ていたTシャツはびしょびしょになった。

こりゃ、熱中症になってしまうと思い、家屋に入って、塩分と水分を補給し、5分ほど休憩。落とした枝葉を集めてゴミ袋に入れて、今日の作業を終わりにしようと思ったのだが、庭に出たとたんに気が変わって、ついでに「マメツゲ」(よく庭や校庭に植えてある、丸く剪定されている低木)も形よく剪定してやろうと決意。途中に水分補給休憩をはさみながら、さらに1時間半も作業をしてしまった。

炎天下、結局、午前から午後にかけて3時間も作業をしてしまった。軍手をしていたので、腕が焼けたのに、手先は白いままという、奇妙な日焼けになってしまったことである。


  ◆   ◆   ◆


剪定作業中、庭に勝手に咲いているスミレを食べているツマグロヒョウモンの幼虫(赤と黒の毒々しい奴。実は毒は無いし、人も刺さない。我が家では「赤黒ちゃん」と呼んでいる)を発見。踏みつぶしちゃいかんと思って別の所に移しておいたら、蟻に襲われて死んでしまった。申し訳ないことをした。供養のために、イラガの幼虫を3匹、蟻の大群の中に放り込んで殉死させた。

Tumagurohyoumon

↑うちの庭に飛んでいるツマグロヒョウモン


Akaguro01

Akaguro02

↑「赤黒ちゃん」こと,ツマグロヒョウモンの幼虫

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