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2010.06.26

【類人猿】ボノボだって狩をする

だいぶ前のニュースだけど,人気記事になっているらしい:
“愛のサル”ボノボ、他のサルを食べる」(ナショナル・ジオグラフィック,2008年10月13日)

ボノボが友好的な付き合いをしているのは同種内でのことで,別種のサルに対しては攻撃的であるらしい.たまに別種のサルと遊ぶことがあるらしいが,状況が一変すれば,狩の対象になるとか.

チンパンジーなんかは乱暴で,同種内でも領土拡張のために戦争をするようである:
チンパンジー、殺し合いで縄張りを拡大」(ナショナル・ジオグラフィック,2010年6月22日)

ただし,こうした研究が,そのまま,人間同士の闘争の原因を解明するわけではないという.まあそりゃそうか.

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2010.06.24

【Mother】母性・父性ならぬ小母(おば)性・小父(おじ)性【八日目の蝉】

昨晩で"Mother"は終わり。

感動の最終回、と言いたいのだが、最後の親子再会のシーンは余分な気が・・・。

ドラマ全体の質を高めているのは、田中裕子(望月葉菜役)、松雪泰子(鈴原奈緒役)の抑えた語り口であり、玲南/継美役の芦田愛菜ちゃんの愛らしさである。うちのツマなんか継美ちゃんが語る度、滂沱の涙である。

あと、観てない人にはネタばれになるのだが、幼かった奈緒が放火の真犯人で、それが奈緒が葉菜の顔を覚えていない原因だったということが最終回でようやく判明した。

まあ、細かいことはさておき、「生月さん、医事監修お疲れ様」ということで(なんでそういうことを言うかというと、以前書いた「【八日目の蝉】子連れ逃亡劇【Mother】」の「2010年4月29日加筆分」をご参照のこと)。


 ◆   ◆   ◆


さて、ようやく本題。というかちゃんと深く考察していないのだが、ほぼ同時期に放映された"Mother"と「八日目の蝉」の比較から、さらに発展して「母性・父性ならぬ小母(おば)性・小父(おじ)性」ということを考えた。

"Mother"と「八日目の蝉」がディテールの違いはもちろんあるものの、「母性は女性を狂わせる」という点で一致しているということについてはすでに「【八日目の蝉】子連れ逃亡劇【Mother】」で述べた。

あと、そこで述べていなかったものの、後で気づいたのが、「同性の疑似親子の旅」ということである。

それに気づいたのは、最近、日本映画専門チャンネルで北野武の映画「菊次郎の夏」を観たときのこと。この映画では、家を飛び出た小学三年生の正男を心配してチンピラ中年、菊次郎(ビートたけし)が同行するわけである。これもまた「同性の疑似親子の旅」。

「同性の疑似親子」すなわち、疑似母・娘、疑似父・息子の組み合わせでなく、「異性の疑似親子」すなわち、疑似母・息子、疑似父・娘でドラマを作るとどうなるか。その場合には純粋な母性、父性の発露ではなく、疑似恋愛的な要素が絡み、観ていて気持ちのいいものにはならないだろう。

ドラマを成立させる上での「同性の疑似親子」の持つ重要性はそれだけではない。同性でないと共有し得ない価値観というものがあり、それを共有することによって血に頼らず絆を強くすることができる。"Mother"において奈緒が男性だったら、継美の「好きなものノート」の重要性を理解しえただろうか? 映画「菊次郎の夏」において正男が女の子だったら、菊次郎のくだらない悪戯などに一緒になって興じただろうか?

ここで思い出すのが(「旅」の要素が無いのだが)、ジャック・タチの「ぼくの伯父さん」。伯父さんは間抜けなことばかりやっているのだが、それを観る「ぼく」の目には伯父さんへの共感が含まれている。「ぼくの伯母さん」や「わたしの伯父さん」ではだめなのである。

血がつながっていないのに、母性や父性が発露する。そして、同性の子供と価値観を共有する。これを小生は小母(おば)性・小父(おじ)性と名づけてみた次第である。ひょっとしたらそういう研究がすでにあるかもしれんが。

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2010.06.23

[ Greg Egan ] 第2章のペルシア語会話 [ Zendegi : The life ]

昨日届いた、グレッグ・イーガン"Zendegi"の第2章に突入。

テヘランに入ったジャーナリストのマーチン (Martin)。オマール (Omar)に起こされ、携帯電話の動画で、時の権力者、ハッサン・ジャバリ (Hassan Jabari)のスキャンダルらしきものを目にする。なんだか政変の予感。

本章ではちょこちょことペルシャ語会話が登場する。昔取った杵柄で、英語に直してみる。

Bidar sho! : Wake up!
Agha Martin? : Mr. Martin?
Lotfan, bidar sho! : Please, wake up!

Aatish?: Fire?

Na!: No!

Lotfan, ajaleh kon!: Please, hurry up!

Bebin!: Look!

Berim be...: Go to...

Dorost: Correct

ご参考までに。

ZendegiZendegi

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【Zendegi前半のあらすじ】(2011年8月6日加筆)
Zendegi前半のあらすじは次の記事でまとめている:
Greg Egan: Zendegi (The Life) Part Oneのまとめ

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[ Greg Egan ] 第1章だけ読んだ [ Zendegi ]

グレッグ・イーガン(Greg Egan)の最新作"Zendegi (Life)"が届いた。

英語は苦手だが、翻訳が出るのはずっと先なので、とりあえず開いて読んでみた。

2012年。ジャーナリスト、マーチン(Martin)がシドニーを出てイランに向かう話。イランでは国会の選挙があるのでその取材に行くのだが、何事も起こらないだろうと思われている。

マーチンは莫大な量のLPレコードのコレクション(Devoとかエルヴィス・コステロとか)を持っているのだが、イランに向かう前に全てをデジタル化してiTuneで聞くことにする。LPのコレクションはリサイクルショップ経由埋立地行き。ところが、旅の途中で、デジタル化に失敗したことが発覚するのである。

グレッグ・イーガンの小説の第1章は全体を暗示させるものである。アナログ<->デジタル、リアル<->ヴァーチャルの2項対立が軸になるのか?

グレッグ・イーガンのサイトでは第2章がサンプルとして掲載されている:
Zendegi by Greg Egan

【Zendegi前半のあらすじ】(2011年8月6日加筆)
Zendegi前半のあらすじは次の記事でまとめている:
Greg Egan: Zendegi (The Life) Part Oneのまとめ

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2010.06.22

【休刊じゃないって】コミックバンチ

コミックバンチ:青年向け漫画誌休刊」(毎日新聞、2010年6月22日)

コミックバンチは創刊号出たときにコンビニで山積みになっていて、それを買って読んだものだった。そのあとは買ったこともあれば、立ち読みで済ませたこともある。

ジャンプ黄金時代の遺伝子を受け継いだ雑誌で、原哲夫『蒼天の拳』と北条司『エンジェル・ハート』が二枚看板である。前者は『北斗の拳』のケンシロウの2代前の伝承者、霞拳志郎が1930年代の中国で大暴れする作品。後者は『シティ・ハンター』の槇村香の心臓を移植された台湾出身の殺し屋、香瑩の物語。

最近はこの雑誌、どうなったのかと思っていたら、休刊と言う情報が出たわけである。で、公式サイト:「週刊コミックバンチ☆コアミックス」を見てみたら、

一部メディアで「週刊コミックバンチが休刊する」という報道がなされております。 「コミックバンチ」は、週刊誌としてこの夏にいったん刊行をストップしますが、これは、新たな“創刊”のためであり、年内には、装いも新たな「コミックバンチ」をスタートさせる予定です。

とのことで、「休刊じゃない」的な主張。本当はどうなんだい?再スタートがどんなものになるか、それ次第。

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2010.06.21

【YCAM】Political Mother【日本初公演】

日曜日、ツマとYCAM(山口情報芸術センター)に行って、ホフェッシュ・シェクターが創作したダンス"Political Mother"を観てきた。これは日本初公演なのだそうだ。

Politicalmother01

身体的で多義的なダンスの内容を言葉で説明するほど困難なことはないが、敢えて内容を書いてみるとこんな感じである:

  • 鎧をまとったサムライの切腹で始まる
  • 痙攣するかのように踊る二人の男性
  • 重厚なギターとパーカッションのサウンド
  • 軍服をまとったパーカッショニストたち
  • 演題の上で演説をする指導者らしき人物
  • 痙攣するかのように踊る人々
  • 囚人服をまとった人々の群舞
  • 抱き合い、絡み合う男女たち
  • "Where there is pressure there is folkdance"のイルミネーション
  • 甘く美しいメロディーにあわせて踊る人々
  • 剣を振りかざして叫ぶサムライで幕を閉じる

"Political Mother"の"Political"について
軍服姿のパーカッショニストや演説する指導者の姿が"Political"という言葉を象徴しているかと思ったのだが、講演後のアフタートークでホフェッシュ・シェクター自身のコメントによると、Politicalというのは単に独裁政治のようなものを象徴しているのではなく、生活に溶け込んでいる制度、システムをも意味しているのだそうだ。それを表しているのが、"Where there is pressure there is folkdance"という言葉である。

踊りについて
特徴的な体の動かし方が3つあった。

  • 痙攣のような激しい手足の振り方
  • 阿波踊りのような手の動作
  • 両手を上に挙げてややうつむいたまま立ち続ける姿勢

アフタートークによれば、阿波踊りのような手の動作は実はいくつもの民族の踊りに共通して見られる動きで、folkdanceを意味しているそうである。また、パンフレットによれば、両手を上に挙げたまま立っている姿勢は、「降伏」、「服従」を表しているとか。

謎なのは痙攣のような動き。システムに抑制された身体の抵抗を表しているのか、拒絶反応を表しているのか?ダンスと言うのは多義的なので、そうかもしれないし、また別の意味もあるかもしれない。


  ◆   ◆   ◆


で、講演後、ダンサーの一人、ブルーノ(Bruno Karim Guillore)にサインもらった。
After the performance of the "Political Mother", I got an autograph from one of the dancers, Bruno Karim Guillore:
Politicalmother02
"With all my heart, Bruno"

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【映画観てきた】I VICERE: 副王家の一族【西京シネクラブ】

土曜日にツマと西京シネクラブ6月例会の映画を観てきた:
『副王家の一族』(2007年、イタリア・スペイン合作、監督:ロベルト・ファエンツァ、キャスト:アレッサンドロ・プレツィオージ、ランド・ブッツァンカ)

Ivicere01

シチリアの名門貴族ウゼタ公爵家がイタリア統一直前、19世紀後半の激動の世の中をしたたかに生き抜く姿を描いた映画である。

ウゼタ家はかつてシチリアを支配していた「副王」の末裔である。副王というのは植民地などに置かれた国王代理の行政官で、総督と同じ役割。

ウゼタ家の当主、ジャコモ公爵は絵に書いたような貴族である。家族に君臨して彼らを道具のように扱う、強欲で母からの遺産の独占を狙う、狡猾でブルボン家への忠誠を捨ててガリバルディ派に乗り換える、貞操観念が薄く、妻が死ぬや否や従妹を新しい妻に迎える、迷信深く、頭に癌らしいものができても医者に見せず、尼僧にお祓いを頼む、というような有様。

このジャコモに反発するのが息子で主人公のコンサルヴォ。強欲・不誠実・退廃したウゼタ家など滅びてしまえばよいと思っている。

このジャコモ・コンサルヴォ親子の骨肉の対立を軸に華麗な貴族社会とイタリア国民国家設立の激動を描いているのが本作であるが、面白いのは、ジャコモの死後、ウゼタ家の当主となったコンサルヴォは、結局父親と同じような考え方、すなわち名門ウゼタ家の生き残りのためには何でもやる、という人物になってしまうことである。貴族の遺伝子は強い。貴族は滅びない。

Ivicere02

ストーリー展開が早く、飽きが来ない。また、パーティーや結婚式など豪華絢爛な場面はまるで絵画のようである。

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2010.06.16

【アマゾンに文明があったんだ】実松克義『アマゾン文明の研究』を読んだ【驚異のモホス文明】

これは、「文明」という言葉の再定義を迫る本である。

アマゾン文明の研究―古代人はいかにして自然との共生をなし遂げたのかアマゾン文明の研究―古代人はいかにして自然との共生をなし遂げたのか
実松 克義

現代書館 2010-02
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アマゾンというと、未開の地というイメージであるが、実はスペイン人・ポルトガル人が進出する遥か以前に、アマゾン一帯には高度な文明があったという。また、アマゾンの森林やサバンナは原始のままのように見えるが、実はかなり人の手が加わったものだという。

著者も言っているが、文明というと都市のイメージが浮かぶ。エジプト文明にせよ、チグリス・ユーフラテス文明にせよ、アステカ文明にせよ、膨大な人口を抱える都市、ピラミッドやジッグラトといった巨大建造物というものが頭に浮かぶわけである。そして、そういうものを持たない社会は「非文明的」とみなされるのが普通である。

しかし、アマゾン文明、とくに本書で紹介されるモホス文明はそういった都市型文明とは全く異質なものである。アマゾン文明は高度な治水・養殖・農耕技術を持ちながら、過度の人口集中を避け、自然と調和したものだった。著者が紹介しているウィリアム・デネヴァンの推計によると、コロンブス到来時、アマゾンには860万人の人々が住んでいたという。これは現在のアマゾンの先住民族の人口、100万人よりも遥かに多い。


  ◆   ◆   ◆


モホス文明の痕跡としては、堤防兼道路であるテラプレン、人工丘陵ロマ、人造湖、運河、土器、農耕地跡などがある。

小生も本書を参考に、Googleマップを利用して、ボリビア、トリニダード市周辺にあるテラプレンを探してみた。

テラプレンは直線的な森林として見出される。それはなぜかというと、次のような仕組みがあるからである。テラプレンは盛り土をして周囲よりも1~2メートル高く作られた道である。雨期に河が氾濫した場合、そこだけが冠水を逃れる。古代文明崩壊後、道路として使われなくなった後は、氾濫時にも冠水しないテラプレンにだけ木が生い茂るわけである。

小生はまず、本書193ページの地図を参考に、Googleマップでベロト湖畔のテラプレンを確認してみた。

01

赤い線を添えた所がテラプレンである。

このあと、ベロト湖から東に数キロ移動しながら、独自にテラプレンらしきものを探してみた(この辺)の右半分には何本かのテラプレンらしきものが見出される。

02

わかりやすいように赤い線を加えてみた。
03

ほんとうにテラプレンかどうかは現地に行かないとわからないが、小生は確信している。


  ◆   ◆   ◆


さて、本書の紹介にもどろう。というか、総括的な感想を述べたい。

本書はアマゾン文明に関するこれまでの研究成果をまとめ上げたものである。アマゾンとは生態学的にはどのような場所なのか、今までどのような人々がアマゾン文明の研究に携わってきたのか、またどのような研究成果が上がっているのかを網羅している。

唯一、残念なのは索引が無いことである。しかし、本書の巻末4分の1は注釈と参考文献のリストで占められており、これらを頼りにさらにアマゾン文明についての研究を勧めることができる。

本書はこれからアマゾン文明について知ろうとする人々にとっては絶好の入門書である。すくなくとも小生にとってはそうである。

著者のホームページはここ。今回紹介したアマゾン文明のほか、マヤ、アンデスなどの文化についても情報が提供されている。

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2010.06.15

【ブブゼラうるさい】南アW杯【日本よくやった】

昨晩はNHKBSでオリビア・ハッセー演じるマザー・テレサの生涯を描いた映画を見て(本当に昨日は映画三昧。全部で4本見た)、それが終わるや否やチャンネルを変えて南アW杯「日本対カメルーン」を見てしまったわけである。早寝せにゃいけんのに。

視聴率は前半44.7%、後半45.2%だったそうで、要するに小生も平均的な日本人の一人だったわけですね。日本勝ってよかった。カメルーンは精彩欠いていた感じ。

それにしても今回のW杯はどこのチームもシュートの精度が悪い。やはりどこのスタジアムも高地にある影響か?

それはそうと、ブブゼラはうるさい。時事通信によると、ブブゼラは127デシベル、審判のホイッスルは121.8デシベルだそうで。ホイッスル聞こえないじゃないか:
音量下げた新型ブブゼラはいかが?=批判受けメーカーが開発―南アW杯」(AFP=時事、2010年6月15日)

製造元が音を20デシベル下げた新型ブブゼラを開発したとか言うけど、すでに大会は始まっているわけで、間に合わないと思う。そもそもブブゼラの使用を認めたのは誰だ?

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2010.06.14

【ムービープラス】チェ・ゲバラ祭りの件

今日は休みなのでケーブルテレビを見ているんだが、「ムービープラス」が朝から「チェ・ゲバラ祭り」の様相である。

ムービープラス2010年6月14日のラインナップ


  • 06:00 モーターサイクル・ダイアリーズ(監督:ウォルター・サレス、出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、ロドリゴ・デ・ラ・セルナ)

  • 08:30 チェ・ゲバラ‐人々のために‐(監督:マルセロ・シャプセス、出演:チェ・ゲバラ)

  • 10:15 チェ 28歳の革命(監督:スティーヴン・ソダーバーグ、出演:ベニチオ・デル・トロ、デミアン・ビチル)

  • 12:45 チェ 39歳 別れの手紙(監督:スティーヴン・ソダーバーグ、出演:ベニチオ・デル・トロ、デミアン・ビチル)

「チェ・ゲバラ‐人々のために‐」はチェに関わった人々による証言を交えたドキュメンタリーである。皆、コンゴ、ボリビアにおけるチェの判断の失敗を認めつつも、チェに対しては尊敬の念を今でも抱き続けていることがわかる。いかに、チェの人望が厚いことか。

チェはいつまでも人気があるよなぁ。



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2010.06.11

【メキシコ湾石油流出事故】爆風で封じたらどうかという意見【すべての爆弾の母】

今、米国では日本の政局も欧州の経済危機もワールドカップも大したニュースにはなっていない。彼らにとって最も関心があるのはメキシコ湾の石油流出事故である。

BPが行った"Top kill"などの作戦は失敗が続いており、毎日500~3000キロリットルの原油が海底から流出している。

そこで立ち上がったのが、海兵隊きっての技術者、フランツ・ゲイル(Franz Gayl)氏である(Wired, 2010年6月10日

ワイアード誌の記事によると、フランツ・ゲイル氏は、「すべての爆弾の母」=Mother of all bombs=MOAB(本当はMassive ordnance air blast=大規模爆風爆弾の略)として知られている、史上最強の爆弾をさらに強化したものを、海底で爆発させれば衝撃波で原油のパイプを封じることができると述べている。

大規模火災を爆風で鎮火するという話は聞いたことがあるので、小生も爆弾で原油の流出を止められるのではないか?と思ったのだが、やはりそういうことを考えている専門家が居たわけである。

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2010.06.09

[[Zendegi]] 予約した [[Greg Egan]]

グレッグ・イーガンの新作"Zendegi"が出る(というかNightshade Bookからはもう出たのか?)というので、予約した。

ZendegiZendegi

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あらすじ(の意訳)

主人公は二人、ジャーナリストのマーチン(Martin Seymour)とイラン人科学者ナシム(Nasim Golestani、女性)。

ナシムはアメリカに亡命していて、"Human Connectome Project"とかいうプロジェクトへの参加を望んでいたのだが、米政府の決定でこのプロジェクトは頓挫。ちょうど2012年のイラン国会(イスラーム諮問評議会?)選挙により、イランの政治情勢は大きく好転したので、ナシムはこの機に帰国した。

そして15年後。ナシムは電脳空間"Zendegi"の管理責任者となっていた。ナシムは"Human Connectome Project"の成果を生かして、より人間らしいバーチャル人格をZendegi内に生み出し、Zendegiを他者の運営する電脳空間の追随を許さないものに変えていった。

バーチャル人格の人権に関する議論が沸騰する中、マーチンはナシムにある頼みごとをもちかける。そのころ、Zendegiはまさに戦場と化そうとしていた・・・。

面白そう。電脳空間やバーチャル人格といったネタはグレッグ・イーガンにとってはお手の物。それにペルシャの味付けが加わるあたりが今回の特色か?

日本語訳が出るまでには何年もかかるので、英語で頑張ることにした。

ちなみに"Zendegi"とはペルシア語で"life"の意味。ゼンデギー・キャルダンで「生活する」という言葉になる。岡田恵美子の『ペルシャ語基本単語2000』で調べた。

"Zendegi"の一部はグレッグ・イーガンのサイトで読める:
Zendegi by Greg Egan

【2011年8月6日加筆】
Zendegi前半のあらすじは次の記事でまとめている:
Greg Egan: Zendegi (The Life) Part Oneのまとめ

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渡辺京二『黒船前夜 ロシア・アイヌ・日本の三国志』読了

渡辺京二『黒船前夜 ロシア・アイヌ・日本の三国志』(洋泉社、2010年)を読み終わった。

黒船前夜 ~ロシア・アイヌ・日本の三国志黒船前夜 ~ロシア・アイヌ・日本の三国志

洋泉社 2010-02-02
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<目次>
第1章 はんべんごろうの警告
第2章 シベリアの謝肉祭
第3章 日本を尋ねて
第4章 蝦夷大王の虚実
第5章 アイヌの天地
第6章 アイヌ叛き露使来る
第7章 幕府蝦夷地を直轄す
第8章 レザーノフの長崎来航
第9章 レザーノフの報復
第10章 ゴローヴニンの幽囚
エピローグ
あとがき

日本は16世紀後半から17世紀前半にかけて西洋と交流した。これをファースト・コンタクトとすれば、1771(明和8)年のベニョフスキー(はんべんごろう)の阿波来航から1813(文化8)年のゴローヴニン解放に至る30年余りの、ロシアが日本に接触を試みた一連の事件は、北方におけるセカンド・コンタクトと呼ぶことができる。豊富な資料を基に、日本だけでなくロシアおよびアイヌの立場からもこのセカンド・コンタクトを捕らえようとしたのが本書である。

小生、この時代の「北方史」には全く明るくなかった。司馬遼太郎の随筆やら北海道の民話やらを少し齧っただけなので、ロシアについてはその南下政策の脅威を、アイヌについては和人に収奪され塗炭の苦しみに喘ぐ人々をイメージしていた程度である。そんな小生に対し、著者は数々のエピソードを挙げて日本、特に松前藩の状況、シベリア経営の様子、アイヌ社会の実態を詳しく教えてくれた。

蒙を啓かれるというか、本書によって初めて知ったことを以下に羅列してみる:

極東ロシアの状況
東シベリアやカムチャツカなどの極東植民地は風紀が乱れ、アナーキーな状態を呈していた。悪徳官吏の横行はシベリアの名物だった。また「どこのシベリアの町においても性病を訴えている。それは酒乱とともにこの地方の人口問題について恐怖すべき不幸となっている」(パラス、本書46ページ)というような惨状を呈していた。極東は常に食糧難や経済的な困難に悩まされており、日本との交易によって社会経済的基盤を強化することを熱望していた。19世紀にはロシアの植民地はアラスカまで拡大しており(露米会社の設立)、対日交易の必要性はますます増加していた。

商人国家松前藩
松前家は他大名から嘲笑の意味も込めて「蝦夷大王」と称されていた。しかし実際には、松前藩は土地を有せず、アイヌとの交易によって生計を立てる、商人国家だった(銀英伝におけるフェザーン)。アイヌを支配することは考えていたなかった。

独立不羈のアイヌ
アイヌは和人に一方的に収奪されていたわけではなく、その居住地においては自らのルールに則って生活していた。和人はアイヌの領域においてはその慣行を尊重せざるを得なかった。アイヌのルールに違反した和人はツグナイと称してタカラをとられた。

不利な交易、漁場での過酷な雇用労働、という俗説
アイヌは不利な交易を押し付けられていたとか、漁場で過酷な労働を強いられたというのは客観的根拠に乏しい神話。漁場の開設がアイヌから感謝された例、アイヌからの懇請によって交易所が設置された例がある。

幕府の北方観
幕府の役人たちはアイヌの素朴な生活を美風とみなし、またアイヌを日本に同化すべき存在と考えた。また、松前藩がアイヌを教化しないのは、その方がアイヌを収奪しやすいからであると考え松前藩に不信感を抱いていた。また、幕府の上層部は蝦夷地への度重なるロシア人の到来に危機感を覚え、松前藩ではなく幕府が蝦夷地を直接支配するべきであると考え始めた。ナショナリズムのはじまりである。

と、まあ、当時のロシア、アイヌ、日本の状況について新たな知見を提供してくれるのが本書の特徴であるけれど、本書で一番大事な軸は日露貿易の実現如何?ということである。

ロシアは極東ならびにアラスカの植民地の経済的基盤を強化するために対日交易を望んでいた。しかし、日本の国是はあくまでも「鎖国」であり、ロシアとの直接交易は慮外のことであった。ありうるとすれば、蝦夷地を介した間接的な貿易の可能性ぐらいである。

ロシア人の来航が重なるにつれ、幕府官僚や民衆の間には日露交易の可能性が醸成されていった。ロシアは日本人漂流民を届けてくれるなど礼を尽くしている、そろそろ交易を許してはどうか、というわけである。本書によれば、1808(文化5)年には松前奉行の河尻・荒尾と老中たちとの間で極東ロシアと蝦夷地という辺土同士の交易の可能性が検討されていた(第9章 レザーノフの報復)。これは注目すべきことであるけれど、結局、ゴローヴニン送還時の「此後交易を乞うの念を絶つべきなり」という幕府からロシア側に宛てた諭旨文書により日露交易の可能性は潰えた(第10章 ゴローヴニンの幽囚)。

失われた可能性についてあれこれ考えても仕方がないが、まだ帝国主義に染まっていないこの時代に日露交易が成立していたら、日本史はかなり違ったものになっていただろう。日露関係はより密接なものになっていて、司馬遼太郎が言うところの「防衛戦争」としての日露戦争は無かったかもしれない。そもそも明治維新もなかったかもしれない。あれこれ考えさせられる話である。

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2010.06.08

【スパム】Twitterを名乗るスパムメールが横行している件

ここ数日間、大量のスパムメールが押し寄せている。

差出人はTwitter
件名はTwitter 692-55
というように、3桁の数字と2桁の数字の組み合わせが付く。

ヘッダーの一部を見せると、こんな感じ。

Date: Mon, 7 Jun 2010 20:47:11 +0200
From: "Twitter"
X-Mailer: The Bat! (v3.5.25) Educational
Reply-To: wetland8136@rodenhofer.com
X-Priority: 3 (Normal)
Message-ID: <439068194.01195058570470@rodenhofer.com>
To: xxxxx@*****.ac.jp
Subject: Twitter 692-55
MIME-Version: 1.0
Content-Type: text/html; charset=utf-8
Content-Transfer-Encoding: Quoted-printable
Content-Disposition: inline

どっかの大学のパソコンが感染して、そこからばら撒かれているような感じである。

わしゃ、ツイッターは使わんと言っとろうが。

皆様もお気をつけ遊ばせ。


  ◆   ◆   ◆


【2010年6月8日追記】
上述のスパムメール(htmlファイル)をエディターなどで詳しく見てみると、
You have 4 unread message from Twitter

Please click on the link below:

http://twitter.com/account/=xxx@***.ac.jp

となっている。

この"http://twitter.com/account/=xxx@***.ac.jp"のところが実は"http://cartesiancircle.com/x.htm"とかいう、良くわからんウェブページにリンクしている。

いわゆるフィッシング詐欺か、ウェブページを介したウィルス感染の類だと思われる。

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2010.06.07

ビクトリア女王の周辺の男たち

先日、LaLaTVで「ビクトリア女王が愛した男たち」という番組をやっていた。

ビクトリア(ヴィクトリア)女王のイメージは、喪服に身を包んだ、謹厳なる、偉大な、大英帝国最盛期の女王、というものだったのだが、この番組を見たら、随分と印象が変わった。

アルバート公が居る間は全てをゆだねていたのだが、その死後は、使用人ジョン・ブラウン、首相ディズレーリ、インド人使用人アブドゥル・カリムの3人を寵愛していたという。

アルバート公はビクトリア女王にとって、単に夫であっただけでなく、父であり、母であった。それゆえ、アルバート公を喪失したビクトリア女王の落胆は凄まじく、生涯、公式の場では喪服のままで通した。

アルバート公亡き後の空白を埋めるのは3人の男性である。

ジョン・ブラウンは献身的な愛をささげた。ビクトリア女王の暗殺を事前に防いだこともある。使用人であるにもかかわらず、ビクトリア女王と一緒に肖像画に収まったことは、当時の王侯貴族たちの眉をひそめさせた。ビクトリア女王とジョン・ブラウンがひそかに結婚したという噂が広まっていた。その証拠となる文書は現エリザベス二世女王の母君、エリザベス王太后が焼き捨てたという。

ディズレーリは派手な服装と大仰な礼儀によってビクトリア女王を魅了した。アルバート公の死後、議会に顔を出さなかったビクトリア女王をうまくたらしこんで議会に出席させたのはディズレーリの業績のひとつである。

アブドゥル・カリムはジョン・ブラウンと同様、ビクトリア女王からの寵愛を受けた。ジョン・ブラウンは恋人の立場であったが、アブドゥル・カリムは息子のような立場であり、ビクトリア女王の母性をくすぐっていた。また、インド女帝でありながら、高齢のためインドを訪れることのできないビクトリアにとって、そのインド趣味を満足させる存在だった。ビクトリア女王の側近がアブドゥル・カリムを遠ざけようとしたとき、ビクトリアは側近たちを「人種差別主義者」と罵った。

というわけで、大英帝国の栄光を体現するビクトリアを支える男たちがいたということである。


ヴィクトリア女王の王室: 側近と使用人が語る大英帝国の象徴の真実ヴィクトリア女王の王室: 側近と使用人が語る大英帝国の象徴の真実
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