【ダン・シモンズ】文庫版『イリアム』上下巻を一気読み【ローカス賞】
皆様、GWはいかがお過ごしでしょうか?
小生は行楽にも行かず、ネットにも接続せず、ダン・シモンズ(酒井昭伸訳)『イリアム』上下(ハヤカワ文庫)、計1350ページを一気読みしておりました。
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さすが、ダン・シモンズ、面白い。
アマゾンのレビューにも書いたけど、
- 今から数千年後の未来、火星のオリュンポス山に住むギリシア神話の神々が、ナノテクを駆使して紀元前のトロイア戦争に介入している
- そして、神々によって蘇生させられ、トロイア戦争の観察を命ぜられている、20世紀生まれの文学者ホッケンベリーが、ある日、アフロディテからアテネ暗殺を命ぜられた
という設定だけでもSFファンを引き付けるのに十分。
だというのに、さらに
- 謎の生物ヴォイニックスや下僕と呼ばれるロボットたちにかしずかれ享楽に耽るだけ、創作的なことは何もせず、文字も読めなくなっている、いわばウェルズ『タイムマシン』におけるイーロイ(Eloi、エロイ)化した古典的人類たちの物語
- 木星の衛星から派遣された半生物機械モラヴェックの凸凹コンビ(身長1メートルのヒューマノイド:マーンムートと全長6メートルのカブトガニ型:オルフ)の火星冒険譚
の2つが絡んでくるという、超豪華なSF作品である。
本作品の中で読者がもっとも親しみを覚えるのは、我々とほぼ同時代人であるホッケンベリーか、モラヴェック凸凹コンビだろう。
小生はモラヴェック凸凹コンビが好みである。彼らは本作品の中ではもっとも教養あふれる人格で、暇さえあれば、シェークスピアやプルーストに関する文学談義ばかりしている。火星の船旅で嵐に出くわすと、『テンペスト』のセリフを引用しあい、気球での移動のことを『八十日間世界一周』としゃれこむ。
人間味あふれる人工知性というのは、グレッグ・イーガンの『ディアスポラ』に出てくる主人公たちを彷彿とさせるが、ディアスポラの主人公たちは理系だったので、主として数学や物理の談義をしていた。あと、人工知性といえば、攻殻機動隊のタチコマ(フチコマ)たちか? しかし、文学にのめりこむというのはダン・シモンズならではである。
あと、この凸凹コンビで思い出したのが、スターウォーズ。C3POとR2D2のコンビを彷彿とさせる。とはいえ、この凸凹コンビはかなり主体的に行動し、脇役ではなく主人公的存在なのだが。
3つのストーリーのうち、ギリシア神話の神々とトロイア戦争の英雄たちのストーリーとモラヴェックの凸凹コンビ(マーンムートとオルフ)の冒険譚は下巻でついに結合する。一方で、享楽的な生活をやめ、自立し始めた古典的人類たちのストーリーは次作「オリュンポス」で結びつくようだ。
下巻の終わり、63章にアカイア(ギリシア)+トロイア(イリアム)+モラヴェック連合軍がオリュンポスを攻囲し、神々と対峙する情景が出てくるが、これは圧巻である。
ゼウスが
「汝らの種が打ち滅ぼされる前に、言い残しておくことはあるか?」
と問うたのに対し、連合軍の総大将、アキレウスが
「わが軍門に降れ。さすれば、女神どもの命までとるとはいわぬ。奴隷として、娼婦として、未来永劫、使役してやろう」
と傲然と言い放つところでこの章は終り(フェミニストに叩かれやしないか?)。その後の戦いの趨勢は「オリュンポス」を読まないとわからないのが殺生なところである。
本作品はギリシア神話をベースとしているせいか、小生にとっては以前のハイペリオン四部作よりもかなり読みやすくなっていると思う。おかげで3昼夜で読みとおせた。
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