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2009.09.30

保阪正康『本土決戦幻想 オリンピック作戦編』

これは今までに無かったタイプの昭和史もしくは太平洋戦争史の本である。

歴史にifは禁物だというが、もし太平洋戦争が8月15日で終わらなかったら日本はどうなっていたのか、そういうかなりの確率で「起こりえた」歴史を「検証」しようとする意欲的な内容の本である。

本土決戦幻想 オリンピック作戦編   昭和史の大河を往く第七集本土決戦幻想 オリンピック作戦編 昭和史の大河を往く第七集

毎日新聞社 2009-06-19
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著者は資料を渉猟するばかりでなく、当時の情報参謀や航空隊長からの証言を集め、また知覧、鹿屋、万世等の南九州の特攻隊基地、長野県の松代大本営などを訪ね歩くことによって、本土決戦がどのように進展しただろうかということを推理している。

この本を読む限り、昭和天皇の聖断による終戦は非常に危ういものだったということがわかる。よく知られているように、御前会議ではポツダム宣言受諾派と本土決戦派は3対3に分かれていたし、聖断が下った後も、大本営参謀や陸軍省軍事課の本土決戦派中堅幕僚によるクーデター未遂事件が起こっている。

8月15日に終戦を迎えなかった場合、事態はどのように進展していたか。著者の導き出した結論はこうである:

  1. 鈴木貫太郎内閣が倒れ、新しい軍事主導内閣が樹立される
  2. ソ連の北海道侵攻、そして制圧という事態になっていく。日本が朝鮮半島のような分断国家になっていた可能性は高い
  3. 国内で講和待望派、和平派の動きが活発化して騒乱状態になる。一方で本土決戦を主導する軍事指導者は一億総特攻を呼号し、アメリカ軍への体当たり攻撃の訓練が日常的につづけられることになる
  4. 国民の生活環境は疲弊し、とくに食料不足が著しく国民の厭戦意識は高まる
(本書228ページより)

そして、これらの経緯を経た後、昭和20年11月1日、アメリカ軍による南九州上陸作戦、「オリンピック作戦」が始まる。すなわち、クリューガー大将指揮下の米第6軍が宮崎沿岸、志布志湾、吹上浜の3箇所から上陸を開始する。これに対して日本側は特攻作戦により抵抗。しかし同月末には都濃~川内ライン以南が米軍によって制圧され、占領下に置かれる。そして、南九州各地にはB29の基地が整備され、日本の残りの地域、とくに首都圏への爆撃が続けられる・・・。

こうした本土決戦のプロセスの中で、日本人は肉体的のみならず精神的にも荒廃していったであろうことを著者は予想している。

実際には8月15日に日本は終戦を迎える。しかし、そこに至るまで敗北を認めず、自分たちの願望を現実にすりかえるロジックを展開していった軍事指導者たちに対し著者は怒りをぶつけている。その一方で、愚劣な指導者のためではなく、この国と人々のために特攻していった若者に対して涙している。特攻作戦に関するエピソードの中でわずかに救いがあるとすれば、特攻作戦に一貫して反対を続けた航空隊長(美濃部正氏)が実際にいたということであろうか。

終戦を迎えることができたのは昭和天皇と鈴木貫太郎の姿勢が一貫してぶれなかったためである。著者は言う:

わたしたちの国が、いかにして最終的に国が崩壊することを避けたかを知ることこそ、あの戦争から学ぶ最大の歴史的教訓といっていい(中略)。日本は軍事的敗北から、かすかに残っていた「政治の知恵」によって辛うじて亡国から救われたのだ。
(本書228ページ)

オリンピック作戦による南九州占領後も日本が降伏しなかったら・・・。そのことに関しては続編の『コロネット作戦編』を参照。

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2009.09.29

【ビジュアルブログ検索エンジン】Blogopolisによる検索結果その2

Blogopolisというブログ検索エンジンがひそかに話題であるという話を先日書いた(参照)。この検索エンジンでは、様々なブログを2次元の地図として表示してくれる。

で、再び、本ブログがどこに位置するのかを再度調べた結果、今度はホリエモン(松田誠司)氏の隣ではなく、小説家の原田宗典先生の隣に引っ越していた:「はらだしき村 | 原田宗典 公式サイト

Blogopolis20090929

「はらだしき村」って、「新しき村」のもじり。武者小路実篤を知っている人ならこのシャレ理解できるでしょう。

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あなたにとってのIT史上10大事件とは?

TechRepublic.comというサイトで、Jack Wallenという人が「全員が同意することは無いと思うが」という前置きをしつつ、コンピュータ史の概観をつかむべく、「IT10大事件」をまとめている:
Jack Wallen, The 10 biggest moments in IT history, TechRepublic, September 17th, 2009

Jack Wallenは次の10の出来事を挙げている:


  • 1959: the development of COBOL
  • 1969: the development of the ARPANET
  • 1970: the creation of UNIX
  • 1979: the first "clamshell" laptop
  • 1991: the beginning of Linus Torvalds's work on Linux
  • 1995: the advent of Windows 95
  • 1990s: The 90s dot-com bubble
  • 1996: Steve Joves rejoining Apple
  • 1999: the creation of Napster
  • 2000: the start of Wikipedia

詳しくは、原文、あるいはZDNet Japanの日本語訳記事「IT史上の重大事件--トップ10」を読んでいただくとして、やはり少し違和感を感じる。

<なぜにCOBOLが>
最初にCOBOLが思いっきり出ているが、これはおそらく商用という立場から見た結果だろう。技術者の立場からすれば、FORTRANだし、1980年代にホビーとしてパソコンを楽しんだ人々からすれば、BASICだろう。特定の言語を取り上げる限り、ここは異論続出だと思う。

<Napster???>
P2Pファイル共有という仕組みは凄いのかもしれないけど、小生は全く利用していないので、ピンと来ない。ITをガンガン駆使する(言っている意味不明)人にとっては不可欠なのかもしれん。"Torrents now make up nearly one-third of all data traffic"って本当か?そりゃ凄い。

<その他>
マック(日本初上陸のMacintosh->DynaMacを見たとき、小生は衝撃を受けた。未来のパソコンが来たと思った。当時は100万円近い値段だったような気がする。)やNetscapeの登場は取り上げなくていいのかい?

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2009.09.24

【ビジュアルブログ検索エンジン】Blogopolisを使うと、小生のブログがホリエモンのブログの隣に位置する件

最近、"Blogopolis"というブログ検索エンジンがひそかに話題である。これは、様々なブログを二次元クラスタリング(分類)し、立体地図として表示するサービスである。

で、小生も本ブログが地図上のどこらへんに位置づけられるのか、Blogopolisで検索してみた。結果がこれ↓である:

Blogopolis

いつも雑多な記事を書いているので、まわりのブログも雑多な内容のブログのようである。

で、注目するべきは本ブログ「椅子は硬いほうがいい」の右隣の巨大ビル(?):「松田誠司のビジネスショット(六本木で働いていた元社長のブログゴルフ編)」。

これ、調べてみたら数あるホリエモン氏のブログの一つらしい。袖触れ合うも他生の縁?

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これがカマゲッチョだ

ツマの家族がシルバーウィーク中に拙宅に遊びに来たという話は別の記事で触れた。

義母は栃木県出身であり、昆虫や動物の名を方言で呼ぶ。その名が面白いので、以下紹介する:

「カナチョロ」
これはニホンカナヘビのことである。Wikipediaにも「カナチョロ」という呼び名が記されている。

「バケチョンマ」
「チョンマ」とは蝶のことである(参考:「栃木県の方言ページ」)。で、「バケチョンマ」とは義母によると「茶色い汚い蝶」なのだそうだ。改めて聞くと、ようするに蛾のことだという。

「ハイメ」
蝿のことである。「ハエ」を「ハイ」という人は結構いる。きっと、「ハエめ!」という嫌悪感をこめて「ハイメ」になったのだろうと小生は勝手に想像している。

「カマゲッチョ」
ネットで調べると「千葉方言でトカゲ・カマキリのこと」という答えが出てきた。トカゲとカマキリだとだいぶ開きがあると思うが・・・。とりあえずトカゲ≒カナヘビと解釈し、「カナチョロ」と同じだと思って義母に聞いてみたら、違うらしい。「足がたくさんあって、毛がいっぱい生えている」と義母は言う。「ゲジゲジ」(正確には「ゲジ」らしい)のことかと聞いてみたら、それは「孫太郎」(下記参照)なのだそうだ。???・・・。とりあえず、義母に絵を描いてもらったらこういう生き物だった。
Kamageccho
↑これがカマゲッチョだ。庭にこんなのが出たら怖い。知っている人がいたら教えて欲しい。

「孫太郎」
「ゲジゲジ」かと思って義母に聞きなおすと、川に居ると言う。じゃあ「フナムシ」かと聞くと、そうだというが、「川底に住んでいる」という。良くわからないので、困ったときのネット検索。結局、ヘビトンボの幼虫で、水中に住む奴らしい。ということはヤゴのようなものである。小生、小学校一年生のとき、休み時間にヤゴ採りに夢中になって、授業をサボってしまったことがある。
ネットで「孫太郎虫」を調べてみると、「子供の疳に効く漢方薬」になるのだそうだ。写真見てドン引き。

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馬の絵を家族で描いてみると・・・

このシルバーウィーク中にツマの家族が小生の家に遊びに来た。

義父は絵が上手いという話題が出たので、家族で馬の絵を描くことになった。

とりあえず、義父に手本を書いてもらってから、小生、ツマ、義母がその絵を真似して書いてみた。

まずは義父の絵。
Umagifu
↑何も見ないで描けるからたいしたもんです。年賀状に使えそう。

つぎにそれを模写した小生の絵。
Umajibun
↑まあ、及第点?

やはり義父の絵を模写したツマの絵。
Umatuma
↑これも及第点でしょう。メリハリが効いている。

最後に義母の絵。
Umagibo
↑なんだろうな~。別の生き物だよ。

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2009.09.23

ゴールドクレストをバッサバッサと伐採

うちの家は中古物件なのだが、庭にご立派すぎるゴールドクレストの木が林立している。

そいつらは成長しすぎて、最近では電話線やケーブルテレビの線に引っ掛かっている有様。強風でこれらの線を切る恐れが生じてきたので、シルバー人材センターに頼んで伐採というか剪定をお願いした次第。

で、今日、シルバー人材センターの人が来て切ってくれた。

剪定・伐採時間4時間。切り落とされた枝葉は全部で200キロを超えた。3メートルを超えていた木は2メートル程度になり、すっきり。いや、よかったよかった。これで台風が来ても安心。

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2009.09.21

【生キャラメル】ブーム終焉【田中義剛先生!】

ライブドアニュースによると、田中義剛氏の花畑牧場・札幌工場が一部閉鎖されていたとのこと:
300人が派遣切りの憂き目に 花畑牧場、札幌工場を一時閉鎖の真相」(ライブドアニュース、2009年9月19日)

生キャラメルブーム終わっていたんですね。知らんかったわ。

これからの問題は300名の「派遣切り」。田中義剛先生も罪な人です。

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2009.09.15

【中国は何でも大きい】このキャリアカーは積み過ぎでは?

帰国しました。

中国は何でもでかい。

マイクロバスで武漢から襄樊という都市に移動したのだが、その途中、休憩したパーキングエリアに停まっていたのがこれらのキャリアカーである。

Chinesecarriercar01

↑車を2列に積んでいる。6台×2列だから上側だけで12台運ぶことになる。下側のコンテナーの中にもおそらく車が入っているのだろうと思う。

Chinesecarriercar02

↑これは別の積み方。斜めにすれば沢山積める。6台×2列だから12台・・・と思っていたら末尾にも2台積んでいるんですね(赤い車の後ろに水平に置かれた車がある)。

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2009.09.08

またまたまたまた中国に行きます

最近さぼり気味のブログですが、今回は出張のお知らせ。

えー、新型インフルエンザがどうなっているのか謎のまま、はたまた出張準備もままならないまま、明日から中国に出張いたします。

行先はいい加減見あきた湖北省の武漢。また黄鶴楼をみることになるのかもしれません。

とりあえず帰国したらブログを再開致します次第。

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