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2009.07.15

『海の帝国』第8章「アジアをどう考えるか」

さて、最終章。

ここではこれまでの章の総括と今後の展望が述べられている。今後の展望は「これからどこに行くのか」という一説にまとめられている。

著者はアジア(東南アジアだけでなく東アジアも含む)は今後どうなるのか、という問題を考えるために、つぎの三つの視点を提示している:


  • アメリカのヘゲモニー(覇権)
  • 地域秩序の統合能力
  • 中国の将来

まず、アメリカのヘゲモニーであるが、(1)アメリカがアジアにおけるヘゲモニーを放棄することは当分ない、(2)中国がアジアにおいてヘゲモニーを掌握することも当分ない、というのが著者の判断である。

つぎに、地域秩序の統合能力であるが、これはアジアを一つの単位とした地域秩序を構成できるかという問題である。結論としては、アジアという単位では地域秩序は無理、ということである。日本、韓国、タイのように「国民」が形成され、意識がまとまっている国家もあれば、華僑と現地人が別々の方向を向いているインドネシアやマレーシアのような国家もある。近代国家といっても性格がバラバラなので、アジアという単位では地域秩序の形成は難しい。

最後に中国の将来であるが、これは中国のヘゲモニーの話ではなく、中国が国家としてやっていけるかという問題である。現在、中国内外で華僑ネットワークが大繁盛している(経済的に繁栄している)。しかし、中国は伝統的に農本主義社会である。市場の反映は国家の基盤である農村を脅かす。都市と農村の対立という図式を中国が克服できるか?という問題がここにある。

このような三つの視点(というかサブテーマ)を示した後、著者は日本の目指す道について次のようなことを述べている:

――東南アジア各国が開発主義を掲げていた時代、日本はアメリカ非公式帝国の下でアジアのハブとしてプレーしていれば良かった。

しかし、開発主義の時代は終わり、一部の東南アジアの国では混乱が生じている。また、中国は国内に爆弾を抱えながらも次第に影響力を及ぼしつつある。

この状況下で日本が成すべきことは、「現にあるこのアジアの地域秩序のシステム的安定をはかり、かつその下で日本の行動の自由(多分アメリカからの自由ということだろう)を拡大していくこと」である。

日本は地域主義としてのアジア主義に未来を託すことはできない。近代国家成立の経緯、また近代国家としての性格があまりにも違いすぎるから。目指すべきは国際主義とアジア主義の調和、アジア地域秩序の安定である。

経済協力、技術協力などを通じて日本・アジア関係をゆっくり変えていき、長期的に日本の行動の自由がアジア各国の利益にもなるという仕組みを作っていくことを目指すべきである――。


さて、この章を読んで小生が思うことを述べる:

2000年の時点では、著者の意見は妥当だったと考えられる。では、9年後の今はどうか?

例えば、中国のヘゲモニー。中国の軍事力に関する年次報告書が示すように、確かに中国の軍事力増強は脅威である。Quadrennial Defense Review Report(2006年発行)には「中国は将来的には合衆国に軍事的に拮抗し、また長期的には合衆国の伝統的な軍事的優位性を相殺しうる破壊的な軍事技術を打ち立てる可能性がある」と記述されている。

ところで、ここに述べられた「将来」や「長期的」はどのくらいのスケールだろうか?小生は「あと50年でアメリカに拮抗、100年で優位に」と見ているのだがどうだろうか?そうだとしたら、著者の意見はまだ有効。

中国の対外的な影響力よりも重要だと思うのが中国国内の格差問題。著者の指摘はますます当たってきていると思う。格差問題に加えて民族問題も発生しており、中国のヘゲモニーが問題化するよりも前に、中国がずっこけるおそれがある。上海万博後が分水嶺か?

アジアに安定的な地域秩序をもたらすことができるか、という問題が難しいというのは今でも同じ。例えばASEAN各国が互いに争うという図式は無いと思うが、一部の国の中では混乱が広がっている。東南アジア各国では無理して近代化したツケが回ってきたような感じがする。優等生だったタイでは都市VS農村というどこかで見たような図式の対立が続いている。また、華僑ネットワークに経済の主導権を握られている国が多すぎる。

アジア主義に身を投じることは出来ないという著者の意見はそのとおりだと思う。ASEANを経済のパートナーとして迎えることは問題ないが、ミャンマーのような軍事独裁政権をメンバーの一員としているASEANと価値観を共有することはできない。日本の近代国家としての性格は、どちらかというとまだ欧米の方に近い。国際主義とアジア主義の調和を目指すべきだという著者の意見は現在でも生きていると思う。

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