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2009.07.15

『海の帝国』第7章「上からの国民国家建設」

植民地支配体制が崩壊した後、東南アジア各国は次々に独立した。独立後の国家モデルとしてまず挙げられるのが社会主義モデルであり、ビルマ、ベトナムはこれを選んだ。アメリカ非公式帝国の藩屏たるタイ、インドネシア、フィリピンは「豊かな社会」を目指し、「上からの国民国家」建設を試みた。

<タイ: 「権力集中」から「権力共有」、「権力共有」から「権力拡大」>
植民地ではなく独立国だったタイは、まず19世紀に絶対王政による近代国家建設を行い、人々に、タイ系、中国系などの出自にかかわらない「タイ人」という国民意識を植えつけた。

1930年代には平民出身の官僚・軍人によるクーデターによって、王族による権力集中状態から王族、エリート官僚、軍人による権力共有が図られた。エリート層主導による経済開発が進展すると、実業家、財閥などのビジネスエリートも権力を共有するようになった。

さらに経済が発展するに従い、中産階級が成長し、民主化を求めるようになった。中産階級にも政治権力が行き渡るようになることを本書では「権力の拡大」と言っている。何度かのクーデターを経て、タイの政治権力は全国民に拡大した。権力集中との対比を考えると、権力が拡散したといった方が良いかもしれない。

<インドネシア: スハルトへの「権力集中」から地方への「権力分散」>
1960年代後半、左派軍人によるクーデター、その反動としての共産党員虐殺(50万人?)などの政治的混乱の中、親共路線のスカルノ大統領は失脚し、国軍主流派のスハルトが政権を掌握した。

スハルト軍事独裁政権は安定と開発を柱とする政治を行った。これは国民の支持を受け、長期安定していた。しかし、軍事独裁政権はやがて腐敗、国家はスハルト一族によって私物化された。

1997年のアジア通貨危機はインドネシア国民の生活に打撃を与えた。事態を打開できないスハルト政権に対し不満が噴出し、1998年、反政府デモが全土に波及。スハルトは失脚した。

その後、インドネシアの指導者たちは、スハルトへの権力集中を問題視し、地方分権を拡大、権力分散を図るようになった。

<フィリピン: 根強い権力分散システム>
フィリピンには権力集中のシステムがそもそも存在しなかった。フィリピンでは中国人商人の活動に圧迫されて、商人から高利貸しや地主に転じたメスティーソ(中国人と現地人の混血)たちが、やがて地方ボスとなり、議員としてマニラの議会に乗り込み、利権を分け合った。フィリピンでは議会という権力分散のシステムが機能した。

これに対して権力集中を図ったのがマルコスであるが、マルコスは国民国家を建設せず、自らの王朝を築いてしまった。これに対して地方ボス、キリスト教勢力、軍人、マニラの中産階級の連合による民主革命が起こり、王朝は崩壊、再び地方ボスが権力を分け合う体制が復活して現在に至る。


ということで、各人各様の国家建設が行われたが、要約すると、タイでは順調に権力が民衆に拡大、インドネシアでは権力集中の反省から地方への権力分散へ、フィリピンでは昔も今も地方ボスたちによる権力分散、ということになる。

2000年時点での結論だが、タイ以外は現在でもあまり変わっていないような気がする。タイでは旧エリート層(旧支配層)+バンコク中産階級VS新興財閥+タイ農村部という新たな対立の構図が生まれたように感じる。

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