『海の帝国』第5章「文明化の論理」
さて、第5章。この章は「インドネシアの近代における『わたし』、カルティニのikとスワルディのsaya」(東南アジア研究34巻第1号、1996年)に加筆修正したものだという。
本章では、西欧によって、東インドというか東南アジアの住民の間に近代的自我意識が植え付けられたプロセスが語られている。
この地域の支配層である白人にとって、現地人たちは何を考えているのかわからない不気味な存在である。それならわかるようにしよう、ということで始まったのが「文明化」、ようするに西欧文明の強制である。
本章ではジャワ人の上流階級に属する、カルティニという若い女性が取り上げられている。彼女はオランダ語教育を受け、西欧的なものの考え方を身につけ、自己の中に「わたし」という自我意識を醸成した。
この自我意識の登場は画期的なものである。なぜかというと、内省したり想像したりすることが可能になり、さらに他人に伝えることが出来るようになったからである。
西欧化以前に内省や想像がなかったかというと、そうではないと思うが、明文化することができるようになったのは19世紀の西欧化によってだろうと思われる。
オランダ語教育を通して、多くのジャワ人は単に現状を追認するのではなく、あるべき理想像を求めるようになる。それが、インドネシア人意識、インドネシア国家意識を醸成し、後のインドネシア独立の基盤となる。
この章で19世紀の話は終わりを告げ、次は風雲急を告げる20世紀に移る。
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