『海の帝国』第4章「複合社会の形成」
「○○人」という民族意識が生まれたのは近代国家=リヴァイアサンのせいであるというのがこの章の内容である。
この章では、ラッフルズの書記として働いていたアブドゥッラー・ビン・アブドゥル・カディール(1794年マラッカ生まれ。1854年メッカ巡礼途中、客死)という人物が紹介される。
この人の曽祖父はイエメン出身のアラブ人でインドで結婚し、その子(祖父)はインドを出てマラッカで結婚した。そしてその子(父)がマラッカでインド人の娘(母)と結婚してアブドゥッラーが生まれたわけである。アブドゥッラーはタミル語とマレー語、そしてコーランに通じ、アラビア文字でマレー語を書くこと(代書)ができた。当時としては知識階級に属する。
本書ではこの人物に欠けているのは国家や民族の概念であるという。アブドゥッラーにとって重要なのは出自のような社会関係であって、自分が何人であるとか、何国に住んでいるかということは重要ではなかった。しかし、その後、この地域において近代国家が整備されていくとともに状況は急変した。アブドゥッラーの3人の息子たちは「マレー人」として生きていった。
「○○人」というのは、近代国家が住民・土地台帳をまとめたり、統計を取ったりするために恣意的に作った分類である。しかし、いったん成立するとそれが思考の枠組みとなり、分類された人々の間に「○○人」意識が芽生える。本書では、オランダ人男性と現地女性との間に生まれ、オランダ語ができないにもかかわらず「オランダ人」に分類されたメスティーソの女性が子供たちにはオランダ語教育を受けさせ、本国のオランダ人に同化していくという例を挙げている。
西洋から持ち込まれた近代国家は、19から20世紀にかけて、この地域の住民に民族意識を植え付けた。そしてそれがこの地域の現在の国家や民族に関する考え方の基盤となっていったのである。
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