【自爆する若者たち】ユース・バルジ(若年層突出)の脅威
テロ、内戦、戦争を引き起こす根本的な原因は民族対立でもイデオロギー(や原理主義)対立でも貧困でもなくユース・バルジ(若年層の人口突出)であるというのがこの本の主張である。
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ユース・バルジとは人口ピラミッドにみられる若年層の異様なふくらみの事を指し、ハインゾーンによると、15歳~24歳までの者が全人口の20%以上を占めるとき、あるいは0歳~15歳未満の年少人口が30パーセント以上を占めるとき、「ユース・バルジが見られる」というのだそうだ。
なぜ、ユース・バルジが脅威なのかというと、その状況下では若者が望んでいる社会経済的地位を獲得できないからである。
若者が多すぎると、しかるべきポストにありつけない。また遺産相続の際も、相続分が少なくなるか、全く相続できなくなるか、という状況に陥る。伝統的な社会の場合、男子であれば次男以下は家を出て他に活路を見出さなくてはならない。
大都市や外国があふれた若者を吸収することができれば良いが、そうでなければ、余剰と見なされた若者のフラストレーションが高まり、テロ、内戦、戦争が引き起こされる・・・というわけである。別の言い方をすれば、上昇志向の若者の野心を社会が吸収できなくなったときにテロ、内戦、戦争が発生するということである。
この説によれば、飢餓対策や教育の普及は根本的な問題解決にならない。飢えているわけでも教育レベルが低いわけでもない国々でテロリストが生まれるのは、ユース・バルジが原因だからである。
ハンチントン『文明の衝突』風に考えるとイスラム原理主義がテロを生み出しているかのように思えるが、この本によれば、そうではなく、イスラム社会のユース・バルジがテロの原因ということである。
ユース・バルジ理論は現代社会だけでなく、世界史にも適用できる。この本によれば15世紀から20世紀の間のヨーロッパ人による世界制覇はヨーロッパにおけるユース・バルジが原因である。テクノロジーレベルに関してはヨーロッパ、イスラム、アジアに大差は無かったにもかかわらず、ひとりヨーロッパのみが世界制覇を成し遂げたのは、ヨーロッパにおけるユース・バルジの発生により居場所のない次男坊、三男坊が地位と財産と名声を求めて新大陸やアフリカ、アジアに乗り出したためだと著者は説明する。
ユース・バルジ理論を将来に当てはめると中国は脅威ではない。なぜなら、15歳未満の年少人口が15%程度であるからだ。先進国と同様に、大事な一人っ子である「小皇帝」たちを戦地に赴かせたいとは中国の親たちは思わないだろう。
「オッカムの剃刀」という言葉がある。「現象を同程度うまく説明する仮説があるなら、より単純な方を選ぶべきである」という考え方である。
テロや紛争の発生原因には様々なものが考えられるが、「ユース・バルジ」はこれらの現象を非常にすっきりと、そして統一的に説明できる概念である。「オッカムの剃刀」を適用すれば、民族対立・イデオロギー・貧困よりも「ユース・バルジ」理論の方が説得力があると考えられるが、読者諸氏はどう思うだろうか?
たとえ理論として「ユース・バルジ」理論に欠けているところがあるとしても、テロや紛争の脅威を予測する上で「ユース・バルジ」が重要なインディケーターの役割をしてくれることは間違いが無いと思う。
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