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2009.01.31

日立製作所の連結純損益の推移(1998年3月期~2009年3月期<見込み>)

またまた不景気の感を強くするニュースが昨日飛び込んできた:
「2009年3月期業績予想の修正と今後の業績改善施策について(2009年1月30日、日立製作所)」

連結で7000億円の損ってどういうことよ?という話である。そういえば1999年3月期も2002年3月期も物凄い赤字が出ていたはず、と思って日立製作所の連結純損益の推移を調べてみた(同社決算短信に基づく):
Hitachinetincome

 1998年3月期: 34億7700万円
 1999年3月期: -3387億9400万円 (東南アジア経済危機、DRAM、システムLSI低迷)
 2000年3月期: 169億2200万円
 2001年3月期: 1043億8000万円 (米国経済高成長維持、アジア・欧州経済堅調)
 2002年3月期: -4838億3700万円 (911同時多発テロ、世界経済減速、半導体需要減少)
 2003年3月期: 278億6700万円
 2004年3月期: 158億7600万円
 2005年3月期: 514億9600万円
 2006年3月期: 373億2000万円
 2007年3月期: -327億9900万円
 2008年3月期: -581億2500万円
 2009年3月期見込み: -7000億円 (世界金融危機、自動車機器、半導体関連大幅減収)

ここ10年ほどで純益が1000億円を超えたのは2001年3月期(2000年4月1日~2001年3月31日)だけ。あとは微々たる利益か巨額の赤字のどちらかである。経済状況との関連性を見ると、好況では反応が鈍く、不況では過剰反応、という傾向が見られる。

巨額の赤字を出したときの状況を見ると、まず半導体需要の減退が大きな影響をもたらしている。そして、今回は自動車機器が輪をかけた様子である。ここ10年ほどの結果として半導体はハイリスク・ローリターンだからもうやめたら?と言いたい。

日立の10年にわたる壊滅的な状況は誰に責任があるのか、というとなかなか難しい問題だが、庄山悦彦社長就任(1999年4月)の直前から始まっているということだけは明らかである。

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【Wikipedia】バイデン副大統領の記事がチェイニー前大統領の記事より充実している件

オバマ大統領の一挙手一投足に注目が集まる中、小生はあえてその脇のバイデン副大統領(66)に注目しているのである。

オバマ大統領を支持する人々は、オバマ大統領の経験不足の面を理解しつつ、その理想主義の面を支持しているのだと思う。オバマ大統領の政治家としての経験不足の面を支えるのがバイデン副大統領であり、ヒラリー国務長官である。ということでバイデン副大統領はオバマ大統領やヒラリー国務長官と責任を三分するぐらい重要な立場である。

バイデン副大統領は上院議員生活36年のベテラン政治家である。その人生は凄い浪花節である。有名なエピソードを2つ紹介する。

1972年に30歳でデラウェア州選出の上院議員となったが、同年12月に交通事故で妻と娘を失っている。この事故で生き残った息子二人の看病のために上院議員を辞めようと思ったが、民主党の親分の説得で思いとどまった。普通の議員がワシントンD.C.で生活する中、バイデンは息子たちの世話のため、デラウェア州ウィルミントンの自宅から片道1時間半電車に揺られてワシントン.D.Cまで通勤するという生活を送ることとなる。この通勤生活はなんと最近まで(今はどうなんだ?)続いている。

1988年には脳動脈瘤破裂で生死の境を彷徨った。巷では政治家としての人生終了かと思われたが、7ヶ月のリハビリで見事復帰、「サバイバー」の異名をとることとなった。

最初のエピソードはテレビでも紹介されているエピソードで、小生みたいに老いて涙もろくなった人間なんかそれだけ聞いて一票投じちゃう可能性がある。

前の副大統領、チェイニーなんか軍事関連企業ハリバートン社の株主で、湾岸戦争とイラク戦争で巨万の富を得ているし、若い頃、飲酒運転で逮捕された経歴もあるし、政治能力有り無しにかかわらず、嫌われる人間の代表格。

それにしてもWikipedia(日本語版も英語版も)のバイデン副大統領とチェイニー(呼び捨て)の記事の量の違いは歴然としている。人間としての厚みの違いか?

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2009.01.22

「チェ 28歳の革命」を見た

昨晩、といっても数時間前だが、レイト・ショーで「チェ 28歳の革命」(スティーブン・ソダーバーグ監督)を見てきた。

これは、革命家チェ・ゲバラフィデル・カストロらと共にキューバ革命を成功に導くまでの過程を、1964年の国連総会(ニューヨーク)での演説やインタビューシーンと交錯させながら描いた作品である。ドキュメンタリーかと思うほど細部が良くできていて、戦闘シーン、とくにサンタ・クララでの市街戦はド迫力だった。

ベニチオ・デル・トロがチェ・ゲバラ(エルネスト)を演じているが、よーく似てると思う。本物のチェを知っているわけではないが、知的で、飾らず、人々に優しく、兵士に厳しいチェをよく演じている。

似ているといえば、カストロ(デミアン・ビチル)もよく似ていると思った。最近、ヒストリー・チャンネルでキューバ革命50周年記念・チェ・ゲバラ関連番組を集中的にやっている。その中に「カストロ 人生と革命を語る」というのがあるのだが、ま~、カストロ、語る語る。インタビュアーの「ル・モンド・ディプロマテック」編集長・イグナシオ・ラモネット氏が話を挟む余地がないほど、一方的に長々と話していた(計6時間)。そのようなカストロの話し方の特徴をよくとらえていたと思った。

2時間25分という標準よりもやや長い映画だったが、時間が気にならないほど面白い作品だった。ということで、次は「チェ 39歳 別れの手紙」を見ることを決意。

<1月22日午後加筆>
チェ・ゲバラについてコンパクトに、しかも面白くまとめたページを発見したのでご紹介する:
ヘタレ論 チェ・ゲバラ
チェについて愛情たっぷりに、ユーモアたっぷりの文体で解説してくれる。

あと、偶然なのか、今日の毎日新聞朝刊に「チェ・ゲバラってどんな人?」という記事が出ていた。今年はチェの年だ!

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2009.01.21

【経済学?】「市場(スーク)の中の女の子」読了

図書館の経済学の棚にこんなものが入っていたので借りてみた。2時間ぐらいで読了。

市場(スーク)の中の女の子市場(スーク)の中の女の子
スドウ ピウ

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文は経済学者の松井彰彦、絵はスドウピウ。

サブタイトルは「市場の経済学・文化の経済学」であるが、固い本ではなく、「路香(みちか)」という女の子を主人公としたファンタジーである。市場と文化の関係を分析する経済学の入門書ということだろうと思う。

各章の扉に引用された語句、そして内容を以下に示す。

「無知は死んだ」(『マリアによる福音書』)

第1章 図書館
「書棚の間を行く散策は、およそ散策のうち、最も楽しく、最も快いものです!」(千夜一夜物語)
主人公、路香(みちか)は経済学を学ぶ大学院生のお姉さん(実は叔母さん)と貨幣について会話する。そしてお姉さんに連れられて(東大の)図書館に行く。路香は図書館の地下階からいつしか昔のベネチアに迷い込む。ベネチアで奴隷として売られそうになるが、ギルという少年の手引きで逃れる。

第2章 アラビア
「売買は市場(スーク)においてなされなくてはならない」(イスラムの『伝承(ハディース)』)
路香はアラビアに行く。ギルはアラビアのジャジーラ国の王子だった。ジャジーラ国では市場での物々交換が行われていたが、塩を貨幣とする動きがあった。路香とギルは奴隷として売られていたニーモシュネ姫を買取り、自分たちの家庭教師とする。路香とギルはことあるごとに奴隷を買い取って解放するのだが、市場での奴隷販売の活発化を招いてしまう。

第3章 東の方
「遊牧民国家には国境がない」(安部公房『内なる辺境』)
路香、ギル、ニーモシュネ姫、ギルの家臣イブンらはカーペットに乗って東方への旅に出る。まず、元の上都(シャンドゥ)では紙幣が用いられていることを知る。つぎにジパングに行くが、金が余りすぎていて金が貨幣の役割をしていないことを知る。

第4章 家
「慣習は万物の王」(ヘロドトス『歴史』)
路香は夢から覚め、お姉さんに夢の中の旅について語る。お姉さんは夢の中の貨幣の話から貨幣の数量方程式:
  (貨幣量M)×(流通速度V)=(物価水準P)×(取引量T)
の話に触れる。また、お金も文化も「戦略的補完性=みんなが従うから私も従う」という点では同じだと述べる。

第5章 塔
「暴力は無能者の最終手段である」(アイザック・アシモフ『ファウンデーション』)
再び夢の世界。ニーモシュネ姫にジグラット(バベルの塔)を案内される。また、ギルの家臣イブンは「忘却」の化身、ニーモシュネ姫は「記憶」の化身だったことがわかる。路香は「記憶」=ニーモシュネ姫から「欲望が経済の第一原理」だということを教えられる。しかし限りない欲望をコントロールするために経済学が必要であるとも教える:

限りない欲望をどのようにコントロールするかということ。それを忘れたら人間はただのけだものよ。機械でもけだものでもない人間を育てていくことがあなたたちの『経済学』にもとめられているのよ。

あとがき
以下一部引用

市場の経済に反発する人たちも多い。 <中略> でも、反対ばかりしていても前へは進まない。いや、というより市場の経済学もたくさんいいことを言っている。その成果に耳を傾けないのはもったいない。

市場と文化は対立するものでも分離できるものでもなく、お互いに響き合っているものだ。

市場と文化の関係を分析する新しい経済学が少しずつだけど蕾をつけつつある。路傍にひっそりとたたずむ野の花のように。その香りをきみに伝えられたとしたら少しうれしい。


中表紙裏に引用された「無知は死んだ」という言葉、そして第5章における「忘却」の悪役っぷりから窺われるのは、無知は悪いことだという著者の考えである。とくに経済学において。

逆に「知」といっても、教条的で偏狭な「知」も悪いことだという考えが窺われる。路香の旅は経済システムの多様性を知る旅だった。

この本は、経済や文化についてなんらかの知識を与えてくれるタイプの本ではなく、多様性を認めること、過去の成果をふまえること、この2つのことの重要性を教えてくれる本である。

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オバマ大統領就任演説全文

夜遅くに見てしまった人も多いと思う「オバマ大統領就任式」。小生も当然の様に眠い目をこすって中継を見ていた。

オバマ大統領就任演説全文が公開されたのでご紹介する:
President Obama’s Inaugural Address (Bureau of International Information Programs, U.S. Department of State, January 20, 2009)

オバマ氏(大統領)の演説は"We"と"You"を多用し聴衆をひきつけるということが知られているが、就任演説を読んでみるとそれを再認識する。

On this day, we gather because we have chosen hope over fear, unity of purpose over conflict and discord.

On this day, we come to proclaim an end to the petty grievances and false promises, the recriminations and worn out dogmas, that for far too long have strangled our politics.


とか、
For us, they packed up their few worldly possessions and traveled across oceans in search of a new life.

For us, they toiled in sweatshops and settled the West, endured the lash of the whip and plowed the hard earth.

For us, they fought and died, in places like Concord and Gettysburg, Normandy and Khe Sanh.


とか、"we"とか"us"の連続集中投入。こういう話し方をすることで、聴衆にも「当事者」という認識を持たせるのであろう。スピーチライターは27歳のジョン・ファブロー氏だそうで、その若さにはびっくりである。

ほかの大統領の名就任演説はここで紹介されているので、英語の勉強にどうぞ:
Inaugural Addresses and Memorable Words, Tradition of president’s first speech dates back to George Washington

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2009.01.20

お天気ブログパーツを貼ってみた

最近は記事投稿をサボり気味だった。これを投稿拒否と言う。うっかり書くのを忘れると延々と忘れてしまうものである。

さて、記事再開に当たっていいネタが無いので、今回はブログの表示をいじってみることにした。日本気象協会のブログパーツを貼ってみたわけである。一昨年、NHK時計を貼ったとき以来の大改革である。それにしても小生、「日本○○協会」のお墨付きブログパーツが好きなようである、と記して筆を擱くこととする

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2009.01.06

【年賀状】誤配達事件【宇部日報にも載らないローカルニュース】

年賀状の誤配達というのは時々起きるものだが、小生宅では史上稀に見る規模の誤配達があった。

昨日の記事に書いたように、12月30日~1月4日は帰省のため家を空けていた。1月4日の晩に家に帰ってポストを開けてみたところ、ありえないほど多くの年賀状が入っていた。

だいたい、小生もツマも年賀状をそれほど書かない人間なので、来る年賀状もそんなにあるわけがない。見てみたら案の定、誤配達。推定200枚以上。やってくれましたね、宇部郵便局。

宇部郵便局の誤配達年賀状

小生宅のポストにはデカデカと住所と小生の名前が書いてあるので、字さえ読めれば誤配達がありえないのだが、こんな有様である。ちなみに1軒分の誤配達ではなく、2軒分の誤配達だった。

おそらく、年賀状配達のバイトがしでかしたに違いない。間違えたというよりも確信犯ではなかろうか。配るのがめんどくさくなって小生宅ポストに放り込んだのかもしれない。まあ、人目につかないところに捨てるよりはましだが。

とりあえず、翌日、宇部郵便局に連絡して引き取ってもらい一件落着。今後は宇部郵便局御中には気をつけていただきたいと思う次第である。

宇部日報にも載らないローカルニュースでした。

<ついでに>
誤配達年賀状についてこんな質問があってので紹介:
誤配達された年賀状を捨てたらどうなりますか?

あと早くに配達された年賀状についてはこんなニュースが:
誤配達の年賀状回収、わび状添え陳謝 二本松支店
うちにもなんか下さい。

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2009.01.05

正月大忙しの巻

あけましておめでとうございます。

読者諸氏におかれては、お正月はいかがお過ごしになられたことであろうか?

さて小生儀、年末年始は小生自身とツマの実家への移動で大忙し。
地図に移動経路を書き込んでみると、まあ、ほぼ毎日移動を繰り返していることを改めて認識した次第である:
2009年移動経路

12月30日に宇部から東京へ飛行機で移動し、そののち、静岡にある小生の実家に新幹線で移動。そうしたら、16時前に小田原駅で新幹線への飛び込み事故があったらしく、ダイヤが1時間半ほど遅延。

実家は富士山が借景になっている眺めの良い場所にある。下の写真は親父が1月3日に撮影したものだが、まあ、こんな感じ:
富士山が借景

1月1日は家族で初詣後、高速バスで静岡から東京に移動。既にUターンラッシュが始まっていたらしく、1時間遅れで東京に到着した。この日は東京で宿泊。

1月2日は栃木県のツマの実家に移動。晩に親戚の宴会に出て焼酎を大量に飲み、ベロベロ。

1月3日はツマの実家を出て、大宮の鉄道博物館に寄り、その後、東京に移動し宿泊。

1月4日は東京で多少の買い物をした後、最終のフライトで宇部に帰着。

宇部に戻って一安心できるかと思ったら大間違いで、ポストには誤配達の年賀状が大量に入っているわ、野良猫に花壇を荒らされているわで問題山積。誤配達の件は別記事でご報告いたしたい。

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