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2008.11.30

【都会VS農村】分裂するタイ

タイはカンボジアに向かうときの中継地として利用しているだけなので、あまり政治情勢に詳しくないのだが、最近は小生にも影響のあるような事態が起こっている。PAD(民主主義のための市民連合)によるスワンナプーム(スワナブミ?タイ語の発音は難しい)空港&ドムアン空港の占拠のことである。スワンナプーム空港が閉鎖になると小生が周辺国に移動しづらくなるので、非常に困るわけである。

さて、なぜ、黄色い服を着た皆さん(PAD)が空港を占拠しているかという理由は読者諸氏もニュースなどでご存知であると思うが、一応おさらいをしてみる。ことの始まりはタクシンが政権をとったところから始まる。

タクシン・チナワット(丘達新)はいろいろな肩書きを持つが、一番重要なのは華人企業家という側面である。詳しい話はWikipediaに譲るが、携帯電話サービスで巨万の富を築いた。1990年代に政治活動を始め、1998年にタイ愛国党を設立した。そして2001年2月の総選挙で勝利し、政権獲得。

タイ愛国党が2001年の総選挙で勝利したのは、人口の8割を占める農民が抱えている債務の繰り延べを約束したからである。次ぎにタクシン政権が行ったのは低額(定額)医療制度の実施。その他、いわゆるバラマキ政策を実施したり約束したりすることにより貧しい農民の多い北部・東北部で圧倒的な支持を集め、2005年の選挙でも大勝利をおさめた。

タクシン政策は基本的に経済中心のもので、タクシノミックスと呼ばれている。タイ経済成長の成果、つまり首都圏の儲けを地方、低所得者層にばら撒くというやり方である。まあポピュリズム。これまでタイを支えてきたと自負する王族、貴族、軍部、そして都会の経済人にとっては腹立たしい限りである。

そこで発生するのが2006年1月のタクシン一族の脱税(節税)疑惑。首都ではタクシン退陣要求が起こり、下院解散総選挙。そうしたら、北部、東北部といった田舎ではタイ愛国党が勝利し、首都圏では選挙ボイコット成立という事態に。都会VS農村という対立が明確になり政治が混迷する中、2006年9月、タクシンのニューヨーク滞在中に軍部によるクーデターが発生。しばらくは軍部が政治を仕切ることになる。タイ愛国党は解散を命ぜられる。

ここで脱線。日本のマスコミでは軍部=悪=民主主義の敵という変換が行われるが、発展途上の国ではこれはかならずしも当てはまらない。タイもそうであるし、トルコも(あとパキスタンも?)そうであるが、軍部が良識派を自負し、政治が混迷した場合にバランサーとして機能しようとする国もあるわけである。脱線おわり。

軍部主導の「民主改革評議会」によって新憲法が制定され、2007年12月に選挙を行うと「人民の力党」が圧勝するが、実はこれはタイ愛国党が名前を変えて出直したもの。ようする政治状況がクーデター前後で全く変わっていなかったわけである。この選挙結果を受けて、タクシンの流れを組むサマックが政権に。

これで政局が安定したかというと全然ダメ。2008年8月には反タクシン派のPAD(民主主義のための市民連合)がサマック政権に腹を立て、首相府を選挙するという事件が発生。もちろんタクシン派「反独裁民主同盟」も黙っておらず、首相府に突入してPADと乱闘、死傷者が出る有様。これはいかんと、サマックは非常事態宣言をバンバン出すものの、軍部は無視(静観?)という状況に。さらに、サマックが料理番組に出て料理の腕を披露したところ、憲法裁判所がこれに対して違憲判断を下す事態に。これでサマック内閣は総辞職、今度はタクシンの義弟ソムチャイが政権に就いた。

タクシン派の政権が続く状況にますますヒートアップしたPADが街に繰り出し、とうとう空港占拠に至ったのが今回の事件である。

さて、まとめてみると、一連のタイの状況というのは都会VS農村の対立であると要約できる。タクシンが金に汚い政治家だということは瑣末な話に過ぎない。ソムチャイが退陣し、総選挙が行われようと同じ事の繰り返しになると思われ、今のところ打つ手がない。だから今回は軍部も出てこないのである。

 ◆   ◆   ◆

【2010年4月17日追記】
2006年9月のクーデターから始まったタイ政局の混乱であるが、まだまだ続いている。上述の話は黄色いシャツのPADが空港占拠したときの話だが、そのあとタクシン系ソムチャイ政権が崩壊し、2008年12月、民主党アピシット・ウェーチャチーワに政権が移る。ジョン・川平、川平慈英兄弟の如き顔立ちの英才である。ちなみにWikipediaを読めばわかるように、アピシット首相の実家、ウェーチャチーワ家は由緒正しい華僑系貴族である。

アピシット政権の樹立により、都会派というかエスタブリッシュメント層が権力を掌握したわけだが、これで納得いかないのがタクシン派「反独裁民主戦線」(UDD)、別名赤シャツ隊である。2009年4月にはパタヤで開催中のサミット(ASEAN+3および東アジアサミット)を中止に追い込んだ。

このときの騒動は同月中に鎮静化したが、再び火がついたのが2010年3月である。

きっかけは2010年2月26日にタイの最高裁によるタクシンの資産の一部没収判決。それはちょうど小生がラオスにいるときで、連日、テレビでは赤シャツ隊が抗議行動を準備しているという情報が取り上げられていた。実際に抗議行動が始まったのは3月14日。連日10万人に近い参加者を動員し、しまいにはバンコク中央部を占拠するに至ったわけである。読者諸兄もご存知の通り、4月10日には治安部隊とUDDとの間で衝突が起き、日本人カメラマン村本博之(ロイター)を含め、多数の死者が出た。

アピシット首相が赤シャツ隊鎮圧に失敗したのは、赤シャツ隊をなめていたからだと言う話がある。つまり、政権側は、「赤シャツ隊は田舎の出身者、もしくはタクシン派からバイト代をもらっている連中だろうから、タイ正月ソンクラーンが近づけば自然に解散、沈静化するだろう」という見通しをもっていたが、それは間違いだった、という話である。赤シャツ隊はいつのまにか都市(バンコク)の中間層にも浸透して、首都に強固な地盤を築き上げてしまったようなのである。

また、軍の中にも「スイカ(西瓜)」と称される、すなわち迷彩色の戦闘服の中は真っ赤な実がつまっているタクシン支持層が広がっていて、治安部隊全体が鎮圧に消極的になっているという話もある。

以前にもまして強力になった赤シャツ隊の前に、アピシット首相やプレーム枢密院議長はそろそろ譲歩せざるを得ない状況になってきたのでは?(政府支持派も激励集会やっているけど:「市民5000人が政府を激励」(バンコク週報、2010年4月17日))

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コメント

お邪魔致します。

タクシン元首相が六年前の首相になる前に、巨額の税逃れの件があったにも関わらず不況に喘いでいた国民は、それを知りながらも経済的な手腕を期待してタクシン首相を誕生させてしまいました。

この時私はタイ人の友人達と話し、タクシン政権の誕生は民主化を遅らせるものと、その様に話した事があります。

結果として思ったほどの経済対策も打てず、それどころか自身の一族に特権を与え、税を逃れたり様々な不正蓄財を行なっていた事が国民にバレてしまいました。

今日タクシン元首相を支持する人達にはお金持ち層があり、彼等にとっては金持ち優遇策のタクシン政権がいいという事です。

また地方の人達はタクシンのバラマキによって支持を打ち出しているだけと考えます。

確かにPADの今回のやり方には問題がありますが、明らかに多大な不正を行っていたタクシン元首相が戻って来るようであっては、金まみれの政治体制になってしまう事でしょう。

また現国王はタクシン首相を支持してはいない様ですが、既に高齢である事と容態がすぐれない様ですので、調停にはのり出さないのではという事です。

そしてタクシン元首相は王室関係と自身の息子を結婚させているそうですので、もしプミポン国王の調停が無いという事になれば、タクシン元首相の独裁体制が築かれてしまう場合があります。

投稿: 蛇螺夢 | 2008.12.02 20:56

蛇螺夢さま、タクシン政権誕生前夜の状況や金権体質、王室との関わりなどの情報提供ありがとうございます。

タクシン派の金権体質は嘆かわしいものですが、地方での圧倒的支持があり、また普通選挙を続ける限り、タクシン派の政権が続くのは止めようがないと思います。それだけ、タクシン派とそれを支える一部金持ち層(ダーティ・リッチ?)の対選挙民政策が巧みだといえると思います。

一方、チャムロン率いるPADは政治にモラルの回復(国、王室、宗教の護持)を求める都市中間層で構成されていますが、都市と農村の格差(農業従事者は就業者40%を占めているのに、GDPでは11%にしかならない)を埋める政策をもっていません。

モラルがあって、地方政策に強い政治家が登場しない限りは(そんな政治家いるの?)、(1)金権ポピュリスト政権か(2)清廉潔白非民主主義政権か、の選択しかないという不毛な結果になるのではないかと思います。

投稿: fukunan | 2008.12.03 17:35

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