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2008.08.14

黒井千次『たまらん坂』読了

黒井千次という作家を知らなかった。すみません。

しかし「たまらん坂」というユーモアを含んだ不思議な書名に魅かれてこの短編集を読んでみた。すぐれた作品はタイトルからして違うという話があるが、これはまさにそういった作品集だと思った。

たまらん坂 武蔵野短篇集 (講談社文芸文庫 くA 5)たまらん坂 武蔵野短篇集 (講談社文芸文庫 くA 5)
黒井 千次

講談社 2008-07-10
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この本は「たまらん坂」、「おたかの道」、「せんげん山」、「そうろう泉園」、「のびどめ用水」、「けやき通り」、「たかはた不動」という武蔵野の地名を取った7つの短編で構成されている。どの作品でも主人公はそろそろ定年を迎えようとする男たちである。主人公たちがこれらの地名を聞くことによって古い記憶を呼び起されたり、あるいはその地名の場所に赴いて非日常的な光景に出会うというのが基本的なパターンである。

はじめの「たまらん坂」は一種の謎解きの要素がある小説である。毎日、多摩蘭坂を上って帰宅する主人公が、多摩蘭坂は落ち武者が「たまらん」と言いつつ逃亡していった坂だという説に魅かれ、落ち武者のイメージと自分とを重ねつつ、「たまらん」の由来を確かめようとする話である。由来を知ることで主人公は救われるのだろうか?

つぎの「おたかの道」もまた、謎解きの要素をはらんでいるが、その謎は主人公の妻によって瞬時に解消されてしまう。だが「おたか」という音の響きは主人公に青春の艶めかしい記憶を呼び起こさせる、という話である。

「そうろう泉園」の主人公は近所の庭園で、休憩所に備え付けの感想ノートを開く。そこには見覚えのある書体による文章が寄せられているのを見て、衝撃を受ける。

蝉の鳴かない夏なんて、嫌い。蝉の鳴かない庭なんて、いくら樹があっても庭じゃない。でももう一度来てみよう、今度は九月の敬老の日に。思い出が老い果てたのを確かめるために。
これは怖い。主人公はその敬老の日に再び庭園を訪れることにする。

「のびどめ用水」、「けやき通り」はこれらの地名の場所で主人公たちが非日常的な光景に出合う話である。「のびどめ用水」の黒いベレーを被ったコートの女性、「けやき通り」の猫を拾う女性、いずれも現実で出会ったら怖いだろうと思う。

全編を振り返ってみると、サスペンスとでもいうべき怖い作品が多いことに気がついた。日常はサスペンスに満ちているのか?

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