眉村卓『消滅の光輪』読了
眉村卓の司政官シリーズは面白い。だが、長編『消滅の光輪』には手を出さないままだった。あまりにも長いので、途中で挫折するかもしれないと思ったからだ。しかしそうこうするうちに、ハヤカワ文庫から姿を消してしまった。
それ以来すっかり忘れていたが、7月下旬、創元SF文庫に復活した。これを機に購入し、読了した。
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司政官というのは、連邦経営機構(銀河連邦か地球連邦かわからないが、その中心的な組織)が植民惑星に派遣する役人のことである。植民惑星が自治できるほど政治的に発達していない間、司政官がその惑星の行政をしきるのである。
司政官は一定期間で交代する。日本史でいえば、地元に根付く大名ではなく、中央政府から派遣される国司に当たる。
司政官を支えるのは、現地に配備されたロボット官僚機構である。ロボット官僚は私利私欲がなく清廉潔白だが、連邦の法制度の範囲でしか行動しない頑迷さをもつ。このロボット官僚をうまく駆使して担当した惑星の治安、経済成長、先住民と植民者との調停を行うのが司政官の仕事である。
「消滅の光輪」のあらすじは、「恒星の新星化(大規模なガス爆発)によって惑星ラクザーンが滅亡するという危機のもと、司政官が住民退避を推進する」というものである。
そのようなあらすじから、「消滅の光輪」というのは恒星の新星化による惑星ラクザーンの滅亡を暗示したタイトルだと思っていた。しかし上巻に描かれた主人公マセ司政官とトド巡察官との会話によれば「司政官の光輪が現代では消えかけている」という意味であるようだ。
この時代、連邦経営機構による植民地政策、つまり司政官制度が黄昏を迎えつつある。そんな状況の下で、新人司政官マセは司政官制度の権威を一身に背負って惑星ラクザーンに着任する。ラクザーンの太陽が新星化する前に居住者全員を別の惑星に移住させることが最大の使命だった。
しかし、ラクザーンには司政官制度などものともしない連邦直轄あるいは現地の事業体、まったく別の指揮系統で動く連邦軍、人類と共存しつつも同化を拒む現地先住民たち、マセに真意を告げることなく活動を続ける巡察官トドなど様々な障害が存在していた。こうした多数のステークホルダーの思惑が交錯する中で司政官制度の権威の失墜を防ぎつつ、退避計画を完遂するためにはどのような手を打つべきか?というゲームとしての面白さがこの小説にはある。
ゲームとしての面白さに加えて、この小説にはビルドゥングスロマン(主人公が環境と闘いながら成長する小説)としての面白さがある。上巻では気負いすぎの感があるマセが、下巻では苦境(先住民の退避拒否、大規模な反乱、連邦軍の陰謀、司政官更迭)を経て厚みを持った人間に変化していく過程が描かれている。こうした変化を無理なく描くためには上下巻で1000ページ近いボリュームが必要だったのだろうと思う。ゲームとビルドゥングスロマンという二つの性質が相俟って、この小説は傑作となった。
以下は補足事項。
小説の冒頭で数多くの登場人物の紹介、惑星ラクザーンの各大陸や首都ツラツリット市街の地図、ロボット官僚機構の組織図などが示されている。しかし、これらを頭に叩き込まないとこの小説を読破できないかと言うとそんなことはない。さしあたっては、以下の人物だけ把握しておけばよい:
マセ: 主人公。新人司政官
ラン: ヒロイン。ラクザーン科学センター職員
トド: 巡察官
カデット: マセの後任。大物ベテラン司政官
イルーヌ: 地元の大企業、ツラツリ交通幹部
チュン・~: ラクザーン先住民の皆さん
特に、マセが先住民のことを深く知るきっかけをつくったり、マセの左遷後もそれ以前と同じようにマセとの交流を続けたりすることによって、マセの精神に影響を与え続けたランは重要人物である。
また、ラクザーンの先住民たちも、マセに司政官制度に対する考察を深めさせたという点で重要である。
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