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2008.06.07

英語の冒険

久々に書評をする。今回取り上げるのは英語史を面白く描いた『英語の冒険』である。

英語の冒険 (講談社学術文庫 1869)英語の冒険 (講談社学術文庫 1869)
三川 基好

講談社 2008-04-10
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英語は5世紀頃、ゲルマン人(ローマ帝国の傭兵部隊)によってイングランドにもたらされた。当時は15万人程度の話者しかいなかった。そんなローカルで小さな言語が今や15億もの人々が使用する言語に成長しているのである。その成長過程を描いているのが本書。

本書によれば、英語はバイキングの襲来とフランス系王朝の支配(ノルマン・コンクエスト)によって二度滅亡の危機にさらされている。

バイキング(デーン人)の襲来は、ケルト文化を駆逐し、イングランドの地に根付きつつあった英語を根こそぎ滅ぼしかねない事態だった。しかし、アルフレッド大王(英国史唯一の大王)がエサンドゥーンの会戦でデーン人に打ち勝ったおかげで、この危機を脱することができた。この後、デーン人とイングランド人の間で交易が行われることになり、その過程で英語は語尾が変化する「屈折語」であることを辞め、前置詞を利用する「孤立語」へと姿を変えた。

つぎの危機はノルマン・コンクエストである。ノルマンディー公ギョーム(ウィリアム)がイングランド(というかアングロ・サクソン)のハロルド王を戦死させたのである。これによってイングランドの支配層はノルマン人になった。ノルマン人はもともとはバイキングであるが、フランス王の支配下にあるので、広い意味でのフランス語を使っている。この結果、支配層はフランス語、非支配層は英語という二重構造が生まれる。

ノルマン・コンクエストによって約10000のフランス語彙が入ってきた。しかし、ここで、英語は持ち前の柔軟性を見せた。もともとの英語単語とフランス語単語とを置き換えるのではなく、吸収してしまったのである。

例えば果物一般を表していたappleに対し、フランス語からfruitが入ってきたとき、果物一般を表すときにはfruitを、りんごを表すときにはappleをという使い分けを行うことにした。また、もともとあったaskとフランス語から来たdesireとを併用し、微妙なニュアンスの違いを使い分けによって表すという対応もした。こうした柔軟な対応によって、英語は滅ぼされること無く、むしろ表現豊かな言語に成長した。いつの間にか、支配層も英語を用いるようになってしまった。

2つの危機を乗り越えた後、英語はチョーサーシェイクスピアの作品によってイングランド人の言語として完全に根付いた。さらにイギリスが世界帝国として成長するのに伴い、アメリカ、オーストラリア、インドへと世界中に拡大していった。アメリカではマーク・トウェインによる新しい文体が生まれた。

英語の強みの一つはその語彙吸収力である。上述したノルマン・コンクエストのときの対応もその一例である。また、植民地では地元で生まれた表現が英語に取り入れられた。たとえば、"OK"は語源不明であるが、アメリカで生まれた言葉であり、現在は英語圏以外でも使用される最も有名な言葉となった。産業革命以降の科学技術の進展に伴って生まれた新語も英語を豊かにするものとして迎え入れられた。

もう一つの強みは「屈折語」をやめたことである。これによって、文法が簡略化され、習得が簡単になった。小生はロシア語やフランス語を学んだことがあるが、人称変化、格変化には悩まされたものである。

本書にはヤーコプ・グリム(あのグリム兄弟の兄の方)による英語の強みについて述べた文章が引用されている:

現代の諸言語の中で、英語ほど大きな力を持ち生気に満ちているものはない。それは英語が古い音韻体系を捨て、ほとんどすべての語形変化を捨てたことと、教えるのも学ぶのも困難な曖昧な音を排してきたことの結果だ。英語はおそらくこれまでにどの言語も達成したことがないほどの表現力を獲得した。<中略>現存する言語のどれひとつとして、その豊かさ、合理性、精緻な構造において英語に比ぶべくもない(450ページ)

異文化、新文化に対して柔軟に対応できることが、英語を世界的な言語に成長させた理由の一つなのだろう。原著は2003年に出版されたものであるため、ネット上で生まれた"blog"という新語も取り上げられている。本書で"blog"の意味を「ネット上のメールマガジン」としているのはご愛嬌。ともかく、英語はこれからも新たな語彙を加えながら成長していくのだろう。

著者は言語学者ではなく作家である。丹念な調査をベースにしながら、英語を一個の成長する生き物として(つまり擬人化して)描き出すことによって、英語史を読みやすく楽しいものとしている。

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