古典にチャレンジ:『有閑階級の理論』
「命短し、たすきに長し」ということで、人生を無駄にしないように時間を惜しんで古典にチャレンジすることにした(実は本なんか読んでいるより重要なことがあるという可能性を否定しきれないが)。
で、取り出だしましたるはソースティン・ヴェブレン『有閑階級の理論』(ちくま学芸文庫)である:
有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫) ソースティン ヴェブレン Thorstein Veblen 高 哲男 筑摩書房 1998-03 売り上げランキング : 13884 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
とりあえず点検読書をした後で、まず第1章「序説」を読んだ。以下その要約:
有閑(レジャー)階級という制度は、封建時代のヨーロッパや日本などの「野蛮時代の文化」が高度化した段階で、最高に発展している。有閑階級というのは貴族や聖職者およびその従者で構成される階級であって、統治、戦闘、宗教、スポーツなどの非産業的な職業に従事している。
まだ有閑階級を持つにいたっていない、より原始的な社会でも、男は戦闘、狩猟、スポーツ、宗教に、女は産業的な仕事に従事するというような形で、有閑階級VS労働者階級の構図の原型が存在する。産業は原始社会で女性が担当していた仕事の派生物だと言って良い。
有閑階級という制度は、共同社会が平和愛好的な原始未開から好戦的な野蛮へと移行する間に発生した制度である。
有閑階級が従事する非産業的な仕事は尊敬に値する英雄的な仕事とみなされ、産業的な仕事は退屈な仕事として貶められる傾向がある。この区別は現代でも存在し続けている。その原因として次のようなことが挙げられる。
人間はもともと有用性や効率性を高く、不毛性や無能さを低く評価する性向=製作者(ワークマンシップ)本能を持っている。
好戦的な野蛮時代、製作者本能の下では、戦闘や狩猟などで目に見える形で富をもたらすことが高評価を得る。これに対し、骨を折るだけで退屈な産業的な仕事は低く評価される。
ここに有閑階級の従事する仕事への賞賛と、産業的な仕事への厭わしさが生じる。
ここで、注意。
ヴェブレンの用語ではどうも、「原始未開」->「野蛮」->・・・というように社会が進歩するということらしい(ついでに言うと封建社会は野蛮人の社会なのか?とも思ってしまうようなことが書かれている)。普通は民族学者ルイス・ヘンリー・モーガンが『古代社会』(1877)の中で唱えたような、野蛮->未開->文明の古代社会三段階進化説がとられるのだが。いずれにしても現在から見ると死語にも近い古い用語である。
第1章で読み取るべきことは
- 有閑階級は上流階級であり、産業的な仕事をしない
- 有閑階級の仕事は尊敬され、産業的な仕事は嫌がられる
の2点である。なんか腹立つ話であるが、セレブがもてはやされることと関係ありそうだなとも思う。
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