「倫理は儲かる?」:コント=スポンヴィル『資本主義に徳はあるか』
アンドレ・コント=スポンヴィル『資本主義に徳はあるか』(紀伊国屋書店)の第1章を読んだところである。企業倫理とかCSRとか技術者倫理とかが問われる世の中になっているが、哲学者が道徳と資本主義の関係について検討した本はあまりないのではないか?小生が読んでいないだけの話かもしれないが(環境倫理の本は良く見るが)。
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第1章「道徳の回帰」を要約するとこういう感じである:
今は道徳とか倫理とかが問われる時代になっている。別に人々が道徳的になってきたというわけではない。なぜ、道徳への回帰が起こっているのかというと、つぎの3つの原因が挙げられる。これらの原因から道徳が必要とされるようになってきた。
- 第一に、政治が人々をひきつけなくなったということが挙げられる。一世代(30~40年)前は政治の方が重要だったはずだ。例えば、一世代前は左か右か、チェ・ゲバラかドゴールかという議論が行われていた。今は人権のような道徳に属するものが議論され、国境なき医師団のようなNGOの活動が重要視される時代になっている。
- 第二に、冷戦時代は資本主義陣営は社会主義陣営がうまく行っていない(経済低迷、人権抑圧)ということで正当化されていたのに、社会主義陣営の崩壊によって資本主義陣営の正当性のよりどころがなくなってしまったということが挙げられる。世界が資本主義化した状況下で何に頼ったらよいかということで道徳への回帰が始まっている。
- 第三に、かつては宗教が社会を結び付けていたのに、現在では信仰は完全に個人に帰属する問題になっており、社会の絆が必要とされていることが挙げられる。宗教の変わりに道徳が必要とされている。
この「道徳への回帰」の時代、驚くべき出来事が起こっている。「企業倫理の流行」である。アメリカ発の「倫理が企業イメージを向上させ、生産性を上げ、最終的には企業に利益をもたらす」という考えが広がっている。しかし、カントによれば、道徳的価値とは利害を離れたところにあるはず。企業倫理が利益をもたらすとすれば、それは表面上、道徳にかなっているように見えるだけで道徳とは無関係である。
小生もちょっと考えてみた。例えば、落し物を拾って届ける行為について。落とした人が困っているだろうと思って交番に届けるとすれば、これは道徳的行為、1割もらおうと思って届けた場合は道徳にかなっているが利益行為というわけである。
つまり企業倫理とは、倫理的に見える企業活動ということであって、企業の倫理ではない。
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