企業に道徳を求めるのは滑稽だ:コント=スポンヴィル『資本主義に徳はあるか』
アンドレ・コント=スポンヴィル『資本主義に徳はあるか』の本編全部を読了。
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あと、講演会での参加者との質疑応答が記録された「対話編」というのがあるが、これは今後、ちまちま読むということで。
第4章「混乱する秩序」と終章に当たる「おわりに」の要約は以下の通りである:
1. パスカルの言う「滑稽さ」と「圧制」 第2章で示したように、世界には4つの秩序がある。ある秩序が他の秩序と混同されることをパスカルに倣えば「滑稽さ」と言う。そして、ある秩序を他の秩序に従えようとすることを「圧制」という。例えば、共産主義は「経済-技術-科学の秩序」を「道徳の秩序」に従わせようとした「圧制」の一例である。2. 「野蛮」と「純粋主義」
4つの秩序には主観的に見て優劣があり、「経済-技術-科学の秩序」<「法-政治の秩序」<「道徳の秩序」<「愛(あるいは倫理)の秩序」というように後者の方が上位の秩序となる。「圧制」にも二種類あり、低次の秩序に高次の秩序を従わせようとする場合を「野蛮」、高次の秩序に低次の秩序を従わせようとする場合を「純粋主義」と言う。先ほどの共産主義は「純粋主義」の一例である。多数決で道徳行為を決めようとする場合、多数決というのは「法-政治の秩序」であるから、「法-政治の秩序」に「道徳の秩序」を従わせようということであるから、「野蛮」の一例となる。テクノクラシーもまた野蛮の一例である。
「野蛮」や「純粋主義」に陥ることなく行動するためには、秩序をわきまえた上で行動しなくてはならない。例えば、AIDS対策の場合はこうである。AIDSは最終的には医学的に解決される問題であり、道徳や政治で解決されるわけではない。道徳的立場からAIDS患者を助けようと思った場合、直接AIDS患者を励ましにいくのは道徳的には良いかもしれないが、実際の効果は無い。そうではなく、まず政治を動かし、政府にAIDS対策予算を計上させ、それによって医学的研究と治療を推進させなくてはならない。
3. 「責任」
4つの秩序はそれぞれの原理に基づいて働いており、必ずしも同じ方向を向いているとは限らない。お互いに対立しあう場合もある。そういう場面に直面したとき、個人がどの秩序を優先するかを決定しなくてはならない。これを責任と言う。責任とは個人的なものである。4. 企業倫理
企業に道徳を求めてはいけない。なぜなら、企業とは経済の秩序にしたがって行動するものであるから。道徳を求めるとすれば、それは企業で働く人々個人個人に求めなくてはならない。経済活動において「顧客尊重」という価値があるが、これは経済の価値であって、道徳の価値ではないことにも注意しなくてはならない。
5. 政治の必要性
経済活動の持つ可能性を最大限引き出すことによって、資本主義社会は繁栄した。しかし、経済の秩序を放置すれば、ウルトラ・リバータアリズムに至る。つまり「貧乏人は死ね」という状況に陥る。道徳的立場から見ればこれは正しくない。経済の暴力性を掣肘することができるのは政治の力である。個人のささやかな道徳を強力な経済に影響させるためには政治を介さなくてはならない。6. 個人における秩序の優越、集団における秩序の優位
個人レベルでは「経済-技術-科学の秩序」<「法-政治の秩序」<「道徳の秩序」<「愛(あるいは倫理)の秩序」というように後者の秩序がより重要になる。これを「優越」という。これに対して、集団の場合、「経済-技術-科学の秩序」>「法-政治の秩序」>「道徳の秩序」>「愛(あるいは倫理)の秩序」というように前者の秩序がより重要になる。これを「優位」という。
7. 重力と恩寵
シモーヌ・ヴェイユの言葉を借りれば、集団が「経済-技術-科学の秩序」>「法-政治の秩序」>「道徳の秩序」>「愛(あるいは倫理)の秩序」というように前者の秩序をより重要に見なす傾向を「重力」という。道徳や倫理はきわめて個人的なものであるので、政治の方が優先される。また一国の政治よりもグローバルな経済の方が優先される。こういう傾向を「重力」と呼ぶ。人々は「重力」に服従してしまうが、時として経済よりも政治が、政治よりも道徳が優先されることがある。これを「恩寵」という。集団をより高次の秩序に導く人のことをカリスマという。
重力に抗してより高次の秩序に向かおうとするためには愛と明晰さと勇気とが必要である。
ということで、資本主義自体には徳はなく、その中の個人個人に徳が求められるということが本書の結論である。
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