狐寝入夢虜(きつねねいりゆめのとりこ)
主人公の上岡鳥子は三週間前に職を失った20歳過ぎと思われる女性で、「痩せぎすで、大きな唇の分厚いのがやや捲くれ上がった、ロック歌手のミック・ジャガーが日本でアバンチュールをやらかした際に出来てしまった娘ッ子、とでも言うような風貌をしている。」
そんな鳥子が空腹に耐えながら近所の神社に散歩に行き、その帰りに迷子になり、年下の古本屋の倅、橘に出くわし、茶飲み話をし、花札をし、帰る道すがら古本屋勤めを考える、という話である。
あらすじだけからすると他愛が無いが、大事なのは出来事ではなく、まず、鳥子の姿勢や思考であり、さらにこの小説の文体である。文体については別記事で述べたいと思う。
鳥子は怠け者であり、職に就いていないこと自体は気にしていない。前の職も友人が世話してくれた手前、しぶしぶ続けていただけなのである。鳥子の仕事観は次のようなもの:
―仕事にあくせくしなければ自分の存在理由を確認出来ないなんて、それは一段と貧しいじゃないか。
―大体、自分の存在理由なんぞ気にしなければ生きていけないとは、随分気取ってやがるのね。
勤め人の友人から醜悪な忘年会の写真を見せられ、鳥子は(ひょっとしたら著者は)こう思った。
かようにして社会生活というものが健全かつ自由な精神活動を蝕むというのなら、労働の喜びなどというものは、何と空しい、胡散臭い言葉であろうか。
怠け聖人をめざす鳥子にとってさしあたっての問題は、口うるさい世間様との縁を切れずにいることである。この状況に対して行き詰まりを感じてはいる。
鳥子の行き詰まり感を解消するのは意外にも古本屋への就職という決断である。鳥子は自分を雇おうと企む橘(古本屋の倅)の狐に似た容貌に、自分が化かされているのではなかろうかという疑念を抱く。しかし、橘の勧誘は、熱心に見えて、実は熱心さを装った退屈しのぎなのであろうと、鳥子は察する。退屈しのぎでしか熱心になれない、孤独な人間なのであるという点で鳥子は橘に共感を覚える。そして孤独に向き合いながら世を過ごす術として、生活ごっこ、古本屋ごっこをしようと考えるのである。
この世で自分が孤独と向き合っていること自体、さびしい獣(狐)の見ている夢の中での出来事なのではなかろうかと思い至る。そしてさびしい獣が孤独と向き合う耐性を身に付けるために自分が存在しているのであろうと考える。
いつか寂しい獣が目覚め、そして、涙を拭いて歩き始めるのを、鳥子は支援するものでありたい、と思ったのである。
あえて、ここまで「ニート」という言葉を使わなかったが、鳥子はニートである。ニートたちが自分たちを肯定する言説を求めるのであれば、まずはこの本を読むことをお勧めする。もちろん、ニート以外の孤独と向き合っている人もOK。
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コメント
―大体、自分の存在理由なんぞ気にしなければ生きていけないとは、随分気取ってやがるのね。
↑ 大変共鳴し、気楽になりました。
投稿: おじゃまします | 2008.02.04 13:02
小説が人を救うこともあるのですね。
投稿: fukunan | 2008.02.06 23:27