大学院重点化の陰で
これは非常に売れている本である。小生も読んでみた:
水月昭道『高学歴ワーキングプア』(光文社新書)
博士の学位をとりながら、就職できない者が多く存在するという問題。この問題に真正面から取り組んだ書籍はこれが初めてかもしれない(記事としては、かつて「アエラ」で取り上げられたことがある)。
センセーショナルな話題としては次のようなことが取り上げられている:
- 平成18年の博士課程修了者は15966人であるのに対し、死亡・不詳者が1471人(9.2%)、就職者が9147人(57%)
- 非常勤とコンビニで月収15万円の生活を過ごしている博士課程修了者がいる
- 旧帝大などの植民地と化している他の大学院。その大学院の修了者が母校の教員になる可能性はほぼゼロ。
このような状況を生み出したのは、大学進学者の絶対数が減少する中で、大学院設置という手で教員数の維持(既得権の維持)を図った大学指導者層のせいであると同書は断罪する。
フリーター博士や無職博士たちは、個人の努力が足りずにそうなったわけではなく、博士が政策的に大量に生産された結果、教員市場が完全崩壊をきたしたことで生み出されてしまった(168ページ)高学歴ワーキングプアたちは、大学市場全体の成長後退期と無謀にもそれに抗おうとした既得権維持の目論見の間に生じた歪みの狭間に生み落とされた、因果な落とし子だったのである(168ページ)
本書の中ほどまでは気持ちが暗くなるような話ばかりが続いているが、終わりに近づくにしたがって、今後の大学院教育に関する提案が述べられているのが救いである。主な提言は以下のとおり:
- 研究者育成大学院から社会人大学院への転換
- 博士課程に進む者は研究者になることにこだわらないこと
- 利他精神に基づき、学生を大事にすること
最初の「研究者育成大学院から社会人大学院への転換」とは以下のようなことである。
著者は教育・研究者を育成するという従来の大学院教育はすでに破綻がはじまっており、今後は生涯教育の一環としての大学院教育を行うべきであろうと提案している。
大学院は論理的な思考を鍛える訓練の場である。これは、学部から上がってきた学生にとっても、社会人にとっても同じ意義を有している。今後は欧米に見習い、一度、社会に出た人が、それまでに獲得した知識を整理し、論理的に思考する訓練を行う場として機能すればよいのである。
次の「研究者になることにこだわらないこと」とは、フリーター博士、無職博士、これから博士課程に進む者たちに向けた提言である。博士課程で学んだことを全て捨ててしまうことではない。大学院で思考訓練を積んだことは、研究者にならずともほかの分野でも役に立つことである。また、期限を区切って自分のやりたいことに集中するということは、悔いの無い人生を送る上でも重要なことである。
最後の「利他精神に基づき、学生を大事にすること」とは、大学法人の運営者に向けた提言である。これは学校に大事にされたという経験をもつ学生たちが、出身校に愛着を持ち、やがては学校を支える基盤となることを言っている。現在、大学閥よりも高校閥が重視される現状があるらしい。これは、大学は学生たちを大事にしていないのではないかという問いかけである。これからの大学は単に学生を確保することのみに専念するのではなく、たとえ時間と労力がかかろうとも、学生を大事に育成することに尽力するべきであろう。
本書の内容を見る限りでは、取材された範囲はおそらく文系や文系に近い性質を持つ大学院だろうと思われる。理系大学院出身で企業を経て大学教員になった小生としては違和感を抱く部分も含まれるが、全体的には賛同できる内容だった。
高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書) | |
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