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2007.12.25

近代とは何か?

廣松渉という哲学者がいて、かつて(高校卒業後~大学3年生ぐらいまで)はこの人の本を何冊か読んだものである。小生は漢語とドイツ語が混じる特異な文体に妙にひきつけられて、何回かまねして文章を書いたことがある。

さて、先日、近所の宮脇書店をぶらぶらしていたところ(だいたい書店に入ると1時間以上はぶらついてしまう)、久々に廣松渉の名前を眼にした:

廣松渉-近代の超克 (再発見 日本の哲学)廣松渉-近代の超克 (再発見 日本の哲学)
小林 敏明

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小林敏明という1948年生まれの、小生から見たらいわば父親ぐらいの世代の人が書いた解説本である。本の章立てが序章+三章で、各章が三節に分かれているという、まるで廣松渉の著書のスタイルを真似したかのような構成である(廣松渉なら三章×三節にしたことだろう)。

その第二章は廣松渉自身の思想から離れ、廣松が思想的に格闘した対象である「近代」について整理した章である。「近代とは何か?」ということを考えるときに、ここを読むと良く分かる。以下は小生による要約:

「近代とは何か?」


  • 近代とは特定の時代のことではなく、一つのパラダイム(考え方の枠組み)
  • 近代の特徴(メルクマール)として挙げられるもの

    • 産業資本主義: 人間の労働が商品となる体制=「賃労働」化
    • 市民社会の成立: 人間が共同体(ゲマインシャフト)に所属しながらも、同時に労働を売る個人となる。その個人同士の交流によって市民社会(ゲゼルシャフト)が成立する(まあ、日本で言えば、自治会に所属しながらも会社にも所属しているというわけである)
    • 国民国家の成立: これにも3説ある

      • ゲルナー説: 産業を成立させるために、一定水準の教育を行うために国民国家が必要になった
      • ウォーラスティン説: 国際競争の中で拠りどころとして国民国家が必要になった
      • 柄谷行人説: 共同体の解体とともに帰属先として国民国家が必要なった

    • 機械的合理主義: 官僚組織が整備され、労働の専門化が進み、資格や規定が整備され、国家が機械のようになった。そして人間が組織の歯車のようになった
    • アトミズム: 社会における原子、すなわち最小単位として個人が重視されるようになった。個人を中心としてものを見る見方が成立し、主観と客観が分離し始めた。客観的世界は主観的個人が征服するべき対象となった

哲学の世界では常識なのだろうが、うまいことまとめてますな。

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