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2007.11.28

『幼年期の終わり』を読み終わり

アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』を読み終わった。

ネタばれになるので詳しい内容は書かないが、最後は我々のような旧人類が滅び、地球の消滅と共に子孫である新人類がいずこかへ旅立つ、という結末だった。

人類を支配していたオーヴァーロードたちはさらに上位の精神的存在であるオーヴァーマインドに支配されていた種族だった。そして、オーヴァーマインドの命令により、人類がより精神的な新世代に交代するのを見届けるために地球に来ていたのだった…。あれ、ネタばれしてしまった。まあ、Wikipediaでもあらすじが紹介されているからまあいい。

人類の未来というテーマを難解な概念を使用せずに平易な文章で描いており、SFファンでなくても(SFを読みなれていなくても)楽しめる作品である。巨匠というのはやはり巨匠なのだなと力量を感じる。

巻末の解説(巽孝之)には日本文学に与えた影響として、いくつかの面白いエピソードが紹介されている。

  • 『家畜人ヤプー』の著者として知られる異端作家、沼正三は原書刊行時(1953年)、すでにこの作品を読み、人類が異星人によって支配される「マゾヒズム小説」として理解していた。
  • 沼が読んだ時点では邦訳がなかったので、沼はこの作品を『幼児期終わる』、オーヴァーロードを「上君(うえさま)」と訳していた。
  • 三島由紀夫もこの作品を読み、賞賛していた。

沼の『幼児期終わる』という訳も味わいがあって良いと思う。前回の小生の記事では「これが書かれた1953年は、日本で言えば、三島由紀夫が『潮騒』を発表した前年。」と書いているが、やはり三島も読んでいたのだ、と我ながら勘のよさに恐れ入る次第である。

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2007.11.26

Yahoo!ニュースを張ってみた

ブログの調子が悪くなる可能性はあるものの、Yahoo!ニュースのブログパーツを張ってみた。
もっと面白いニュースのブログパーツは無いだろうか?

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北浦亮子作品について

昨日、リベラルアートというギャラリーで「北浦亮子銅版画展」を見たわけだが、思い返すといずれも味わいのあるエッチングの作品ばかりだった。

現在手元に銅版画展の案内のポストカードがある。「朝比奈サンポ」という2005年の作品だ。「神は細部に宿る」(ウィトゥルウィウス)というが、中央の人物がポケットに手を入れいているという細かい表現がある一方で、丘や樹木は水墨画のように大胆に省略あるいは抽象化されて表現されている。この両者が相俟って散歩の楽しさ、朗らかさを伝えてくれる作品である。

Kitaura


北浦亮子については、ほかのブログ等でも紹介されているので参照されたし:
review:北浦亮子銅版画展 a letter《10/22》
ギャラリー本城
若手アーティストが銅版画展-「かわいい」「シリアスな」作品20点

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2007.11.25

北浦亮子作品購入

北浦亮子作品購入
毎週土日は広島に出張している。
今日は仕事の合間に袋町のリベラルアートというギャラリーに入ってみた。
するとなかなか良いエッチング作品が並んでいたので、面白い小品を一点買ってみた。
北浦亮子という1979年生まれの画家の作品で「庭」という。いかがでしょうか?

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しかし昼間は…

しかし昼間は…
下の記事のイルミネーション。やはり夜見るべきものである。
昼に見ると…

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こういう季節

こういう季節
さて、毎年毎年早まっているクリスマス関係行事ですが、出張先の広島市内も先週からこのような有り様です。
景気は良くなってんのかしら?

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2007.11.23

幼年期の終わり

アーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』が光文社古典新訳文庫に登場した。
「古典なのか?」と一瞬とまどうのだが、これが書かれた1953年は、日本で言えば、三島由紀夫が『潮騒』を発表した前年。「やや古典」といえると思う。

まだ第一部「地球とオーヴァーロードたち」しか読んでいないが、面白い。人類の文明を遥かにしのぐ他の文明から超巨大宇宙船(複数)がやってきて、人類を穏やかに支配しているところ。といっても特に搾取したりしているわけではなく、地球総督を名乗るカレランというオーヴァーロードが、国連事務総長を通して人類にいろいろ勧告するというやり方で支配しているのである。なんで彼らがおせっかいにも人類を指導しているのか?というのが今のところの謎なのである。

ちなみに、この第一部は1990年に書き改められたものであり、旧バージョンでは米ソ冷戦の影響があったものの、新バージョンではその影が取り払われている。この書き改められた第一部の日本語訳が読めるのはこの光文社版だけであるらしい。それだけでも読む価値あり。

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2007.11.21

ホットワイアード復活

以前、gooが"Hotwired Japan"というウェブマガジンを提供していた。

最先端技術やインターネットやサブカルなど面白い話題が掲載されていて、読むのが楽しみだったのだが、2006年3月に更新が停止されてしまった。愛読者としては残念な限りだった(そのころの読者の反応としてブログ記事:「『ホットワイアード更新停止』を考える。」がある)。

で、月日が流れ、いまその後継者である、"WIRED VISON"が登場した。Hotwired Japanと同じような未来志向の内容で小生としてもうれしい限りである。

今日一押しの記事はこれ:
「『サーファー物理学者』の新たな統一理論に注目集まる」

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2007.11.14

北広島の居酒屋

北広島の居酒屋
ここ3日間、北広島(広島県ではなく、北海道なんですね)に出張していた。
で、出張を終えて、飲みに行ったのが、北広島駅近くの居酒屋、魚馳走亭(ぎょちそうてい)「きときと」。
ラーメンが安い。あとジンギスカン定食が600円で、これまた安い。
北広島お越しの節は、是非ご利用下さい。営業時間は11:00~23:00。

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2007.11.11

長沢ガーデン

長沢ガーデン
広島出張からの帰り道である。
やや遅い夕食を食べるべく立ち寄ったのが、ここ、長沢ガーデン。小生は刺し盛り釜飯定食セットを食べたのであった。

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2007.11.10

本当にエマージングカントリーへの投資だろうか?

某新興国ファンドの標準価額の動きを日経225やインドのSENSEXなどの株式指標と並べて比べてみた。1月4日の値を基準にして何%増減しているのかを比較しているのである。

そうすると、この新興国ファンドの値動きは日経225の値動きに近かった。ひょっとして新興国に投資していると言って、日本の株を買っているのではなかろうか? まあ偶然かもしれないが。

Analysis001

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2007.11.09

関東学院大ラグビー部員の大麻栽培事件に関連して

関東学院大ラグビー部員による大麻栽培事件が報道されているが、それに関連して、同部の春口広監督のインタビュー番組(今日の午前10時ごろからNHKで放送予定だった)が延期になったそうである。その番組名は:

「知るを楽しむ選 人生の歩き方―春口広“雑草”がつかんだ日本一」

”雑草”って・・・。なんか大麻を想像させる。監督とは関係ないのにね。

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2007.11.06

使える「哲学」

哲学というと、「人生いかに生きるべきか?」などという話題ばかり扱っているかのように思える。なんでそういう印象を受けるかというと、「野球哲学」とか「ビジネス哲学」とか、「哲学」という言葉が「生き様」や「精神」の意味で使われているからである。

しかしながら、哲学の守備範囲は上述の「人生哲学」にとどまらず、分析哲学や科学哲学や倫理学とか非常に広い領域に広がっている。哲学の成果の中には、「論理」とか「議論の技法」とか、普段の生活や仕事に役立つものがある。

伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』は少し前に出た本だが、いわゆる「クリティカル・シンキング」(批判的思考。クリシンと略するらしい。栗本慎一郎のことではない)の道具として役に立つ思考法を紹介してくれる本である。

哲学から供給されるクリシンの道具としては、この間紹介した「反証可能性」も紹介されているが、他に主なものとして


  • 聞き手の姿勢である「思いやりの原理」
  • 話しての姿勢である「協調原理」
  • 確実な事柄を追求するための「方法的懐疑」
  • 論理的思考を行うための「演繹論理」
  • 演繹論理の具体的な形式である「三段論法」
  • 議論の判断は文脈に沿って行うべきであるという「文脈主義」
  • 価値主張の対立があるときに一致点を探すための「分厚い記述」と「薄い記述」
  • 倫理的な判断を行うための「実践的三段論法」

などが紹介されている。

議論をしているときに、「なんで話がかみ合わないのか?」と思っている人たちは、この本を読むとその理由がわかると思うし、また建設的な議論への転換を図ることができると思う。

哲学思考トレーニング (ちくま新書 (545))哲学思考トレーニング (ちくま新書 (545))
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2007.11.03

プラスチック・ワード

ウヴェ・ペルクゼン『プラスチック・ワード』(藤原書店)を読んだ。

著者はレゴブロックのように、あらゆる組み合わせが可能で自由に(恣意的に)文章を構築できる言葉というイメージを持たせるために、本当は「レゴ・ワード」と命名したかったらしいが、商標に触れるので断念し、「プラスチック・ワード」と命名したそうである。

本書の帯には「日常を侵食する便利で空虚な言葉たち」と書いてあるが、適切な表現であると思う。

本書で取り上げられているのは「情報」、「コミュニケーション」、「発展」といったよく聞く言葉たちである。いわゆるバズワード、例えば、「ユビキタス」とか「Web2.0」といった言葉たちと似ているが、バズワードは一過性のものであるのに対し、プラスチック・ワードは長期にわたってわれわれの思考を支配してしまうというところに違いがある。

ウヴェ・ペルクゼンはプラスチック・ワードが日常言語から科学用語の世界に入って権威を帯びた後、当たり前の概念となってわれわれの思考を支配する(停止させる)プロセスを示してくれる。プラスチック・ワードは具体的に何を指し示しているのか良くわからないにもかかわらず、われわれを急き立て、どこかへ導こうとする。

「発展」は常に正しいことなのか?「コミュニケーション」は促進しなくてはいけないのか?プラスチック・ワードの持つアウラ(雰囲気)にだまされずによく考えることをこの本は要求している。

プラスチック・ワード―歴史を喪失したことばの蔓延
プラスチック・ワード―歴史を喪失したことばの蔓延ウヴェ・ペルクゼン 糟谷 啓介

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2007.11.02

科学とトンデモ科学の選別基準

科学とトンデモ科学(疑似科学)をどのように選り分けるのかという難題がある。

科学哲学の分野でこの難題に対する一つの解答例を示したのがカール・ポパーである。ポパーが示したのは「反証可能性」もしくは「論駁可能性」という基準である。

ある科学的理論について、その理論を構成している諸命題が整合的な全体をなしていいるとして、その全体から、その理論を論駁できる経験的証拠を支持するような、少なくとも一つの単称言明を演繹できるとき、その理論は科学的であると言われるだろう。(ドミニック・ルクール『科学哲学』(文庫クセジュ))

この基準の基盤になっているのは、科学が「帰納的なもの」あるいは経験法則の束ではなく、「仮説演繹的なもの」であるという考え方である。

理論Aから導き出される現象Cが現実において否定される場合、理論Aは否定される。そういうような「急所」を堂々と曝す形の理論体系になっていない限り、科学とはいえないというわけである。逆に言えば、どんなことでも説明できると称する科学はトンデモ科学というわけである。

この「反証可能性」は多くの人の支持を受けた。しかし、実際の科学はそんなものじゃないと異論を挟んだのがポパーの後継者ラカトシュであるが、その話は別の機会に・・・。

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2007.11.01

パースの「アブダクション」について

読書の秋というか、最近は「科学哲学」とか「エピステモロジー」に関する難しい本や論文を抵抗無く読んでいる。いったい何事だろう?

今日読んだのはパースというアメリカの科学哲学者が提唱した「アブダプション(仮説形成)」という考え方を検討しなおした論文

Harry G. Frankfurt, Peirce's Notion of Abduction, The Journal of Philosophy, Vol.55, No.14 (Jul. 3, 1958), pp.593-597

である。科学の論理として「演繹 (deduction)」と「帰納 (induction)」の二つがあることが知られているが、パースは「アブダクション(=仮説形成や推論と言い換えられることが多い)」を第三の論理として取り上げている。アブダクションの形式は以下の通りである:

1. The surprising fact C, is observed
2. But if A were true, C would be a matter of course
3. Hence, there is reason to suspect that A is true

1.驚くべき事実Cが観測された
2.しかし、Aが正しいとすれば、Cは当然のことである
3.ということで、Aが正しいと思う理由がある

フランクフルトの解釈にもとづいて補足すれば、次のように直すことができるだろう:

1. The surprising fact C, is observed
2. But if the proposition A, which accounts for C, were true, C would be a matter of course
3. Hence, we accept the proposition A as an hypothesis

1.驚くべき事実Cが観測された (これは同じ)
2.しかし、Cについて説明する主張Aが正しいならば、Cは当然のことである
3.ということで、主張Aは仮説Aとして受け入れてよい

アブダクションによって仮説として認められた主張Aの正しさは、こののち、帰納法によって検討されるわけである。

フランクフルトの解釈の要約は以下のファイル(パワポ)にまとめておいたので、興味ある人は見てください:
「PeircesNotionofAbduction.pdf」をダウンロード


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